第2話 敵は源義経
「「義経!?」」
その名を知る笑亜達は仰天して聞き返した。
源義経。それは日本人であれば知らぬ者が居ない英雄の名だ。
武蔵坊弁慶との対決、源平合戦での輝かしい軍略、そして兄頼朝に疎まれ悲劇的な最期を迎えた。その物語は850年経った現代でも光り輝き語り継がれている。
「誰なのそれ?」
ピンと来てないミュンネイがアンジェリカに聞く。
「日本でたぶん一番有名な武士だよ」
「三郎さんより?」
「もうダンチよ」
その何気ない一言が三郎に刺さる。ダンチの意味は分からないが、自分の方が下に見られているという事は理解出来た。
「って言うかアルち義経まで召喚してたの!?」
「義経なんて知らないわよ。私が召喚した武士は三郎だけ」
「じゃあ何で?」
「そんな芸当が出来るのは私以外に1人だけ。カラミティよ。カラミティが私の真似をして武士を召喚したに違いないわ」
アルケーはすぐに答えに到達するが、次は笑亜が疑問を呈した。
「でも義経って頼朝に討たれたんじゃないんですか? アルケー様が召喚出来るのって生きた人間ですよね?」
「笑亜りん、頼朝じゃなくて藤原泰衡な」
歴オタの性なのかアンジェリカが訂正する。
いつも騒がしい彼女だが、義経の名前を聞いてより一層うるさくなっている。オタクモードに入っている。
笑亜が言った通り異世界から召喚出来る人間はその世界で役目を終えた人間だけだ。
世界から不要となった人間を召喚する事が神々間のルールなのだ。転生ではなく転移なのでその人間は生きていなければならない。
だから史実上、死亡が確認されている義経がこの世界に居る事はおかしいのだ。
「義経さんには北海道やモンゴルに渡りはった伝説もあるから。もしかしたら……」
菊子がよくある生存説を口にする。
平泉から脱出した義経が北海道でアイヌになったとか、大陸に渡ってチンギス・ハンになったとかいう出鱈目話だ。
「三郎。貴方その時代の人間でしょ? どうなのよ?」
アルケーに聞かれた三郎は眉間に皺を寄せた。
「九郎殿の首を検めたのは俺の親父殿だ。ただ……」
三郎は眉間に皺を寄せ困った様に続ける。
「実のところ、傷みが酷くて誰の首か分からなかったらしいんだよなぁ」
義経は匿ってもらっていた藤原氏に攻められ屋敷に火を放ち自害したという。
炎上した屋敷の中から発見された首は真夏の炎天下の中、奥州から鎌倉まで43日間掛けて送られた。
ホルマリン保存も冷凍保存も無い鎌倉時代、当然、首の腐敗は進むわけで、そんな状態の首を検めろと命じられた三郎の父、和田義盛は頭を抱えただろう。
もしかしたら「もう九郎殿の首って事にしようぜ」となったのかもしれない。
「じゃあ、本当は義経は生きててカラミティに召喚されたって事ですか?」
「その武者が本当に九郎殿ならな」
正直、当時を生きた三郎でも真相は分からない。
すると今度はアンジェリカが口を開いた。
「本当にあの義経? 山本義経の方じゃないよね?」
山本義経。源平合戦初期の頃、琵琶湖を中心に暴れ回った近江源氏の将であり、正式な姓名は源義経と言う。
「誰ですかそのパッとしない義経は?」
「パッとしないとか言わないで上げてくれる!?」
笑亜の無遠慮な言い草に思わずツッコむ。たまに彼女はこういう事を言うのだ。
ただ確かにあっちの義経と同姓同名である為、ある意味ネタにされやすい人物であるのはアンジェリカも否定出来なかった。
更に山本義経は宇治川の戦いで源義経に敗北しその後の記録は無い。
「なあ王国軍はどうやって負けたんだ?」
「降伏の使者が来て油断しとった所を夜襲されたらしいわ」
「間違いねえ九郎殿だ」
「断言するの早っ」
「そんな手を使うのはあの人くらいなもんだ」
その横でアンジェリカもうんうんと頷いていた。
「って事は源義経が敵……」
笑亜が表情を強張らせて呟く。
「ヤバいね……」
「ヤバいなぁ……」
現代組の3人がまいった顔をして途方にくれた。
歴史に詳しくない者であっても義経の強さは分かっている。
一ノ谷、屋島、壇ノ浦その日本史に光り輝く勝利の立役者が、自分達の前に弓を構えてると思うと勝てる気が全くしなかった。
「ねえ三郎、その義経って武士に勝てるの?」
「え、九郎殿に? ……勝て、るかなぁ~?」
あろう事か、普段なら一番威勢の良い三郎まで曖昧な返事をする。
「珍しく弱気ね」
「……正直、軍略で九郎殿に勝てる気がしねえよ」
義経が頼朝に追われ奥州の藤原氏を頼って逃げた時、鎌倉では義経が奥州の兵を率いて攻めて来るいう噂がそこかしこに流れた。
平家との戦いで彼の無法な軍略を目の当たりにしていた御家人達は皆困り果てて、今の笑亜達の様に頭を抱えていたくらいだ。
当時の三郎は初陣もまだな若武者だったが、そんな父達の姿を見て源義経という武者の恐ろしさを感じた。それと同時に、
「だが相手にとって不足無しだ!」
そんな武者を打ち負かすのはさぞ痛快だろうと、このまたとない機会に湧き立つ闘争心を抑えきれない。
「まあまあ頼もしい! そこでアルケーさん等に頼みたい事があるんや」
「頼みたい事?」
一体どんな事だろうと疑問に思うアルケーに菊子は新しい地図を広げた。それは元から広がっている地図より更にアンキラザの地域を拡大したものだ。その中で一際目立つ大文字の場所を示した。
「ドラス盗賊団がここ、城塞都市アンキラザシュタットを攻める動きを見せとってなあ。先の戦闘で戦力を消耗した王国軍からギルドに援軍要請があったんよ。うちはその要請に応えて現地に行くからその護衛をお願いしたいんや」
示されたアンキラザシュタットという街は正面を川と平原、背後を山地に託し、街の周囲を城壁で守る城塞都市だ。
「戦わないって言ってたのに危険な場所に行くのね」
勇者の使命から逃げて頑なに戦おうとしない菊子にアルケーは嫌味も交えて言ってやる。だからと言って菊子は気にしないが。
「ここのギルド支部長はまだ若こうてなあ。代わりにうちが行って冒険者さん等を指揮する事にしたんよ。それにアンキラザシュタットは強固な城塞都市や。城壁が突破されん限り危険な目に合うこともないやろ」
アンキラザシュタットの城壁の流さは12kmに及び塔の数は300基以上もある。軍事に詳しくない人間から見てもその堅牢さが分かった。
当然、この中で一番軍事に精通している三郎は彼女の言葉に頷いた。
「確かにこの地図を見る限り、ここを落とすなら1万、いや3万は要るな。おい、味方はどれほどだ」
「王国軍の敗残兵と街の守備兵合わせて2000程やね」
「少ねえな。そんなんじゃこの広い街を守りきれねえだろ?」
「せやからうち等に助けを求めに来たんよ」
全長12kmの城壁に対して2000人の城兵。街全体を守るには明らかに少ない。
だが攻めにくい背後の山地の兵力を正面の平野方面に集中すれば持ち堪えれない事はない。多少不安要素はあるものの、盗賊団相手に街が落ちるとは考えにくかった。
「でも敵にはあの義経が居るんですよね……。大丈夫でしょうか?」
笑亜が不安そうに聞いて来る。
何だか敵に源義経という存在が居るだけで、負けそうな感じがしている様子だ。
ぶっちゃけ三郎も同じ気持ちなのだが、彼女を鼓舞する為にそれを隠して言った。
「九郎殿は城攻めの経験が乏しい。しかもこの世界の城は日ノ本の城より大きく堅牢だ。戦の天才と言われた九郎殿と言えど、さすがに苦労すんだろう」
「九郎だけに?」
「うるせえ!」
せっかく気を使って勇気付けたのに、余計な事を言ったが為に笑亜はバチンと叩かれた。




