第15話 武と力
ベリョーネの糸はドラゴン等の空から攻めて来る敵に対して張られた物だ。それ故に糸の密度は峡谷の中央に行く程集中しており、逆に崖の側は隙間が大きい。
だがそれにしたって、この急坂を駆け下りる命知らずのバカがどこに居るというのか。
「ははは! こりゃあ良い! お前さんに馬具を新調してもらっといて正解だったぜ!」
使い慣れた和式馬具により三郎の馬術はさらに冴え渡っている。常人ならバランスを崩して人馬諸共滑落しそうものを巧みな体重移動と体勢管理で那古を操り斜面を駆け降りた。
「きゃあぁぁぁ!! 落ちる落ちる死んじゃう!!」
「安心しろ!! こんなの三浦の馬場じゃ普通だ!!」
「佐原 義連みたいな事言うなぁ!!」
「キイィィン!!」
三郎の無茶な蛮行に那古も悲鳴を上げる。
佐原 義連とは三郎の親戚で、源義経と共に一の谷の崖を駆け下りた人物だ。
子供の頃に聞いた源義経の逆落とし。それと同じ事を自分はやっているのだと、三郎の心は歓喜に躍った。
「先ずはアルケー達を助ける! アンジェ、手筈通り頼むぞ!」
「了!」
崖を駆け下りた三郎は底無袋から黒鉄の棒を掲げる。
いつも使っている金砕棒ではない。先端に鉤爪が着いた槍程長い棒だ。
その正体は熊手。
本来は敵の衣や鎧に引っ掛けて、馬や船から落とす武器である。
以前カラミティと戦った時に取っておいたヴァナリウスの装甲を使いアンジェリカのスキルで作り出した物だ。
三郎は熊手の鉤爪を巣に引っ掛けてグッと引いた。
「バカね! そんな物で私の巣を潰そうっての⁉ ボウヤ達やっておしまい!」
ベリョーネは滑稽な真似をする三郎に自身の小蜘蛛達を差し向ける。
「アンジェ頼む!!」
「了!!」
無防備な三郎を守るべくアンジェリカはショットガンを構え、群がって来る蜘蛛に向かって引金を引いた。
ドンッ!!
瞬時にスライドハンドルを引いて弾を装填。続けざまに迫り来る蜘蛛を撃ち抜き屍に変える。
正直生きた心地はしない。襲い来る恐怖に顔を歪め金切り音の様な悲鳴を上げる。
少しでも気を抜けばたちまち腕は震え、立っている事も出来なくなるだろう。それでも――!
(皆、今助けるから!!)
誰かの笑顔を守る為に彼女は奮い立つ。
「うおぉぉー!!」
その間に三郎も力一杯に蜘蛛の巣を引き千切ろうとする。だが魔人化したアラクネの糸はそう容易くは切れない。
「無駄無駄! 私の糸は人間なんかに切る事は――」
その時、鈍い音と共に巣が揺れた。
「ッ⁉ 何⁉」
ガクンッと巣のバランスが崩れる。
何事かと見れば糸に引っ張られ峡谷の岩壁が次々と砕けて行くではないか。
「バカな⁉ 峡谷が崩れる⁉」
今が好機と見た三郎は一層熊手に力を入れる。
崩壊の連鎖は止まらず、次々と岩が岩盤より引き剥がされ、支えを失った巣は重力に従って谷底に引きずり落とされた。
「創造バルーン!!」
捕らわれた人々が地面に叩き付けられると思われた時、アンジェリカが巨大バルーンを作り出し人々を受け止める。
「よし! ようやったアンジェリカ! 後は任せろ!」
三郎は彼女を労い選手交代とばかりに小蜘蛛を蹴散らす。ここからは武人である自分の役目だ。
金砕棒を振るい群がって来る蜘蛛共を潰しまくる。糸を吐かれて拘束されようと三郎は止まらない。その蜘蛛を逆にぶん回して打ち殺した。
その様はまるで全てを吹き飛ばす竜巻の如くだ。
遂に全ての小蜘蛛を平らげて最後の敵に目を向けた。
「バケモノ……!」
その壮力を目の当たりにした魔人の口から恐怖の混じった言葉が零れる。
(何なんだあの男は⁉ 人間じゃない! 人間であって堪るものか!)
ベリョーネから見れば人間は捕食対象であり自分は捕食者だ。
その弱い人間に上位的存在である筈の自分が追い詰められている事が信じられない。
「に、人間ごときが調子に乗るな!!」
激昂したベリョーネは手から糸を出し腕に巻き付ける。
強靭な糸は逆反りの刃と成り、彼女の両腕を鎌へと変えた。
「お前達は所詮食料なんだよ!! 食料は大人しく私に食われろ!!」
鎌を振り上げベリョーネが襲い来る。
三郎は振り降ろされた鎌を鎧で受けると、カウンターの金砕棒を横っ腹に叩き込んだ。
「素人が!!」
その衝撃でアラクネの身体が石切の様に地面を跳ね転がって行く。
三郎から見れば奴の繰り出した斬撃などまるで素人だった。
それもその筈。ベリョーネは捕食者であって武人ではない。常に強敵を相手する為に武を磨いて来た三郎に対して、彼女のは自分より弱い獲物を狩る為の力である。
鍛え鍛えし『武』とただ持って振るうだけの『力』では全く勝負にならないのだ。
「うらあぁぁぁ!!」
鬨を上げて三郎は迫る。
「ナメるなぁ!!」
しかしベリョーネもしぶとく、口から大量の糸を吐き、三郎の首に巻き付けた。
「ハハハ、このまま首を落としてや――ぎゃぁ!?」
しかし勝利を確信した次の瞬間、彼女の身体は抵抗出来ない圧倒的な力によって引き倒された。
「首引き勝負だぁ!!」
三郎が首に巻き付いた蜘蛛の糸を身体全体を使って思いっきり引っ張る。すると糸を出しているベリョーネはゴムが縮むが如く、引っ張られゴロリゴロリと情けなく転がり打った。
朝比奈と首引き――。
その言葉の意味通りベリョーネは何の抵抗も出来ることなく濁流の様な力に翻弄される。
地面に、木に、岩に、幾度となく叩き付けられ、またグンッと引っ張られた。
(ふざけんじゃないわよ! 何が魔王の力よあの女狐め! こんな奴に! こんな奴に!)
遂にはベリョーネの首にも糸が絡み、引っ張られた勢いで木に巻き付けられる。木の幹と自らの糸に首を圧迫され言葉も発せず苦しみ悶える。
三郎はトドメとばかりに一層強く首を引く。
そして今際の際にベリョーネは自分をこんな事に巻き込んだ者への腹立たしさを爆発させた。
(こんな奴に勝てるかぁーー!!)
その刹那、ベリョーネは自分が吐いた糸によって自らの首を木諸共、断ち斬られて果てた。
倒れた木の側に血だらけの首が転がる。
それを掲げて三郎は高々に宣言した。
「アラクネの魔人ベリョーネ!! 討ち取ったぁ!!」




