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第10話 菊子襲撃

 その日、菊子はカルカスの商人達との会合を終えてから気まぐれで街を散歩していた。


「アルケーさん等はまだ帰って()んの?」


 街の様子を見つつ菊子は傍らを歩く部下に聞いた。


「はい、報告だと3日後に戻って来るらしいです」

「ふぅん。えらいエンジョイしてはるんやなぁ」


 そう言って「仕事が遅い」と遠回しにケチを付ける。

 だが部下はその言葉を真に受け「ネスタは娯楽が多いですからね」と返した。


「あらぁ綾無様。ごきげんよう」


 道行く婦人が菊子に挨拶する。婦人だけではなく、他の人達も菊子の姿を見ると次々と挨拶の言葉を口にし、遠くの人達は会釈をした。


 カルカスの人達にとって彼女は英雄と言っていい。

 今でこそ冒険者達が集い賑わうカルカスだが、数年前までは小さな港町だった。そこに菊子が冒険者ギルドを立ち上げ、更にワープ輸送の拠点とする事で急速な発展を遂げたのだ。

 そこからあらゆる商売に手を広げ、この街で彼女の世話になっていない商人は居ない。

 だから菊子は冒険者だけではなく街中の人達から信頼されていた。


 そんな時、護衛の獣人がいきなり菊子の前に飛び出し、空中で何かを叩き落とした。

 キンッと高い金属音を立てて転がったのはクロスボウの矢だ。


「マスター伏せて!!」


 他の護衛が一斉に菊子を庇う。

 矢を放った人物はすぐに見付かった。


「あいつだ!!」


 フードを被りクロスボウを携えた人物が混乱する群衆の中から飛び出す。


「綾無 菊子!! よくも俺のギルドを潰してくれたな!!」


 フードを取った男は汚れた顔を見せ、恨みの籠もった目を彼女に向けた。

 菊子はその男に見覚えがあった。確か以前、別の冒険者ギルドを運営していた元ギルドマスターだ。


「変な言い掛かりは止めて下さい。うちは他所様のギルドを潰した事なんてあらしません。みーんな勝手に居らんようなっただけです」

「このクソアマァ!!」


 男は激昂しナイフを取り出して菊子に迫る。

 それを止めようと護衛達が殺到するが、男が纏う力に皆弾かれてしまった。


「ぐあっ⁉ 何だこいつの魔力量は⁉」


 まるで上級魔法士並の魔力放出に護衛は驚愕する。

 そんな彼等を見て男は愉快そうに笑った。


「クククッ! これが魔人の力か! 凄い! 凄いぞ! しかもお前を殺せばもっと力が貰えるなんて俺はツイてるぜ!」

「魔王の魔人か⁉ 何故こんな結界の内側に⁉」


 魔人となった男は地面を蹴って菊子へ疾駆する。


「お逃げ下さいマスター!!」

「死ね菊子!!」


 刹那、菊子は手をかざして自らのスキル『ワープ』を発動する。

 魔人の周囲の地面が消えた。消えたと言っても奴の半径数メートルがすり鉢状に凹んだに過ぎない。

 それでも急に消えた地面に魔人はバランスを崩して穴の中心へと転倒した。

 だがそれがどうしたというのだ。


「舐めるな!! こんな穴――⁉」


 子供騙しだと言おうとした瞬間、魔人は自分に落ちる影の正体を見る間もなく落下してきた地面に押し潰された。


 菊子はワープによって魔人の足元の地面を上空へ転移させたのだ。

 上空に転移させた地面をただ落っことす単純な技だが、地面の質量と落下速度によってその衝撃は数十トンにもなる。魔人であってもひとたまりもなかった。



 ◇



 ロイドから襲撃事件の顛末を聞いたアルケー達はその呆気なさにぽかんとしていた。


「え? 菊子って普通に強いじゃない。戦闘なんて自分には無理とか言ってたのに」


 てっきり菊子の事を戦えない勇者と思っていたので、ロイドの一報を聞いた時、最悪の事態を予想してしまっていた。


「まあ、無事で良かったんじゃねえか?」

「いやまあそうなんだけど」

「待って下さい。魔人って聖女様の結界で、王国深くには侵入出来ない筈ですよ? なのに何で?」


 魔王カラミティの力を与えられた者は魔人となってこの世界で暴れている。

 だがこのアルケア王国の聖女が自らを犠牲に張った結界の影響で、魔人は結界内において弱体化してしまう。

 だから魔人達は結界を無効化するデーモンウェッジを設置し侵攻して来るのだ。

 これが従来のやり方だった。いきなり結界深くに侵入して来るなんてありえない。


「敵も新しい手を講じてきたって事だろ。こりゃうかうかとしてられねえ。いつカラミチの刺客が襲って来るか分からねえぞ」


 どういう方法かは分からないが、とにかく魔人は結界内のカルカスで凶行に及んだ。それが事実だ。

 もう結界があるからと言って安全だとは限らない。


「アンジェさん達は大丈夫でしょうか?」

「合流した方が良さそうね。追い掛けましょう」


 何か不安がよぎったアルケー達はアンジェリカ達を追う事にした。

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