第9話 ミュンネイの心配
ネスタの広場には幾台もの馬車や旅人が集っていた。
その馬車の1台に乗り込んだアンジェリカとミュンネイは見送りにやって来たアルケー達と話していた。
「そんじゃ行って来るわ! あ、お土産何が良い? 木彫り? 木彫りでいい⁉ アラクネの木彫りとかエグいよ! マジで!」
「いらない。そんな事より早く帰って来て」
今日も今日とてアンジェリカはテンションが高い。彼女にとって喋る事が呼吸なのではと思ってしまうほど馬車が出発するその時まで、楽しそうに喋り込んでいた。
やがて馬車が動き出すと今生の別れの様な寸劇をしてアルケー達を呆れさせた。
アンジェリカ達を乗せた馬車は商隊と合流し山向こうの目的地に向かった。
商隊では傭兵や冒険者を雇っているので、道中のモンスターや野盗に襲われても彼等が守ってくれる。だから旅行者や個人行商人達もそれに便乗して一緒に移動する事が多いのだ。
そんな景色流れる馬車の中でミュンネイは聞いた。
「ねえ、本当に女神様のパーティーに入る気? アンジェはそれで良かったの?」
不安そうと言うより心配そうといった顔で相棒に問う。
アンジェリカは元々、戦いが怖くなって魔王討伐から逃げた勇者だ。絶対魔王討伐になんて戻りたくないに決まっている。
問われたアンジェリカは参った様に笑った。
「んー、ぶっちゃけ大分流された感はあるよ。でも戦わなくていいって言ってたし、元から魔王討伐から逃げちゃった事や笑亜りんの事も心配だったからまあ良いかなって。それに――」
そこまで言ってアンジェリカは急にぴょんと跳ねた。
「朝比奈三郎! あの朝比奈三郎が居るんよ⁉ 神の如き壮力をあらわし、敵する者は死することを免れず! 歴オタとしてその力は見なきゃっしょ!」
いつもの様なハイテンションで鎌倉知識皆無のミュンネイに語る。それはまるっきりオタクの趣味語りだ。
「アンジェってホント、いつも楽観的だよね。三郎さんの力を見るって事は戦いに巻き込まれるって事だよ?」
「まあそーなったらアタシも覚悟決めっから大丈夫大丈夫!」
心配するなとでも言う様にアンジェリカはニッコリとVサイン返した。そして次は彼女の方がミュンネイに聞いた。
「それよりミュンミュンの方こそ嫌な事とか無い? 言ってみ?」
「私はアンジェと居られるならそれでいい。奴隷だった私を助けてくれた貴方は私にとって勇者だもの。何処へでも着いて行くよ。例え冥界へでも」
「重い〜! ミュンミュンそれ激重な! アタシそんな事の為にミュンミュンを攫ったんじゃないからね⁉ もっとラフに楽しく行こうぜ〜!」
そう言って寂しい事を言う彼女にすりすりと頬ずりをする。
するとそんな態度が気に触ったのか、ミュンネイに突き飛ばされそのまま床に押し倒された。
目を開けるとそこには怒っているのか顔を赤くさせてジッと無言の圧を放つ相棒の顔がある。
「おっと〜、ミュンネイさんまだ日は高いぜ〜?」
「バカっ……」
これだけやってもくだらない冗談を言うアンジェリカに向かってミュンネイが平手をかざした時だった。
急に馬車がガタンと揺れ、ミュンネイはアンジェリカの上に倒れ込む。
「うえぇ⁉ 何⁉」
急に襲って来た揺れと好きピの身体にアンジェリカは叫ぶ。
すると御者の男が謝った。
「すみませんね。これから峡谷に入りますんでちょっと道が悪くなるんですよ。だから喧嘩は止めて座ってて下さい」
御者の男に言われて2人は気不味そうに椅子に座り直す。
「ごめん、アンジェ。でも私、貴方が心配で……」
「ミュンミュンは優しいからね。心配してくれて嬉しいよ」
落ち込むミュンネイをアンジェリカは優しく慰める。その時、また強く馬車が揺れた。
「いやマジで道悪いな――、ってうわっ⁉ めっちゃ高ぇ崖!! めっちゃ青い川!! ミュンミュン見てみ! 超絶バエポ来たー!!」
外はいつの間にか森の中から岩と川が織り成す美しい峡谷の景色が広がっていた。
それを見た瞬間、さっきまでの湿っぽい雰囲気なんて何処かへ行ってしまった。ミュンネイもその絶景に口を開けて驚いている。
アンジェリカはそんな彼女を見て「うんうんそうでなくちゃ」と小さくで呟いた。
峡谷は商隊を飲み込む巨大な口の様にそびえている。左右を見れば絶壁の崖、前と上と後には青空が広がっている。
アンジェリカは何処までこの壁が続くんだろうと首を伸ばして前方を眺めた。
「ん? 何か空に光るものがあるような……」
一瞬、峡谷の間にチラリと光る線が見えた気がしたのだがすぐに見えなくなってしまった。
きっと気のせいだろうと片付け、そんな事よりアンジェリカは機嫌を取り戻してくれたミュンネイとこの景色を楽しんだ。
◇
一方その頃、ネスタの街に居たアルケー達の元には、ギルド支部長のロイドが血相を変えてやって来ていた。
彼は息も絶え絶えになりながらも、呼吸を見出しながら急報を伝える。
「ギ、ギルドマスターが……! 菊子様が! 魔人の襲撃を受けました!」
気が付かぬ内に暗雲は着々と近付いていた。




