第8話 ガールズ in 風呂
ギルドの宿舎にはありがたい事に風呂が設置されている。日本からの召喚者である菊子のギルドだからこその設備だろう。しかもアルケー達が泊まっている宿舎は上級冒険者用であり、各部屋の風呂の他にも、大勢で入れる浴場もあった。
それが今日は他の上級冒険者が出払って貸切状態だと言うのでアルケー達は喜んで向かった。
「いや~大きいお風呂ってやっぱり良いわ~。何だかんだ言ってギルドに入って良かった~」
ついこの間までギルド登録に文句を言っていたのに、予想以上に好待遇の現状にアルケーは掌を返した。
「きくりんのギルドはそういうので人気だからね~。まあそれで人取られて潰れていったギルドも多いけど」
「もうアンジェったら。クライアントをあだ名で呼ぶの止めなよ」
誰に対しても距離を詰め過ぎるアンジェリカを注意するミュンネイ。今さらだが彼女は相棒と違いかなり常識人だ。
「え~、良いじゃん。アタシときくりんは同じ勇トモだよ?」
「2人共、逃げてくれたけどね」
「やっば、やぶ蛇だった」
余計な事を言ったとアンジェリカは舌をぺろっと出す。
そこへ湯気の向こうから笑亜が現れた。
「やっと説得出来ました~……」
何故か疲れた様子で入って来る笑亜。不思議に思ったアンジェリカが聞いた。
「おー笑亜りん遅かったじゃん。どったの?」
「師匠を説得してたんですよ」
「さぶちん? どゆこと?」
「三郎ってば風呂嫌いでね。いつも掛け湯だけで済ませてるらしいのよ。さすがにそれだけじゃ不潔だから今日はお湯に浸かりなさいって説得してもらったの」
風呂嫌いとアルケー達は思っているが実はそんな事ない。単に鎌倉時代の風呂事情がお湯に浸かる入浴ではなく、サウナのような熱気浴と掛け湯だっただけだ。
当然アンジェリカはそこら辺の行違いは察せられたが、坂東武者にお節介をかく2人の方が面白くてついからかってしまった。
「やだぁ、めがみんも笑亜りんも優しい~!」
「だからめがみんって何よ? 変なあだ名付けないで」
「そうだよアンジェ。不敬でしょ」
聞く度にヘンテコな呼び方をされ、遂にアルケーは文句を言う。
ミュンネイも女神を崇拝するこの世界のエルフらしく、相棒の不敬さを指摘した。
けれどアンジェリカは気にした様子はない。
「えー。でももう仲間じゃん。親しみを込めた名前で呼んでも良いじゃん」
「だからって女神から取る? 私は女神である事を隠してるの。めがみんなんて如何にもそれらしいあだ名で呼ばれちゃ都合が悪いわ」
「じゃあアルち」
「アル、ち……。まあ良いわそれで」
三郎みたいに「ちん」じゃないだけ良しとした。
本当にアンジェリカは人との距離がバカみたいに近い。よく言えばフレンドリー、悪く言えば礼儀知らず。それでも何となく嫌な感じがしないのは彼女元来の愛くるしさだろうか。
「にしても驚いたよ~。まさかあの朝比奈三郎義秀が異世界転移とか。アルちよくさぶちんの事知ってたね」
「別に知ってて召喚した訳じゃないわ。たまたまあいつが召喚されたのよ」
「マジか!? 強者ガチャSSR引いてんじゃん! いやLRだよ!」
アンジェリカはバシャバシャお湯を叩きながら興奮する。まるで嬉しい事で飛び跳ねる子供だ。
「やっぱり師匠って凄いんですね。私、鎌倉時代で強いって言ったら弁慶くらいしか知りませんでした」
笑亜は自分の無知を誤魔化すようにテヘッと笑う。だがそれは仕方のない事だ。何せ悲しいかな朝比奈三郎義秀という人物はマイナーだ。
するとアンジェリカはとある言葉を紹介した。
「『朝比奈と首引き』って言葉知ってる?」
朝比奈と首引き――、
首引き――、
聞いただけで現場がイメージ出来てしまう。
「なんて恐ろしい言葉なの!?」
「初めて聞いたのに意味が分かります!」
「言っておくけど、さぶちんに首を引っこ抜かれるって意味じゃあないからね!?」
勝手に非ぬ意味を想像してる2人を現実に戻した。
「首引きっていうのは首に紐を掛けて引き合う、簡単に言えば綱引きみたいな遊びね。さぶちんみたいな最強とやっても勝負にならないって意味」
「へ、へ~。……でもそれ首持ってかれるわよ絶対」
「うん、アタシも自分で言ってて途中からそんな気がしてたわ……」
その諺がどういう意味であれ、首にヒヤリとしたものを感じた。絶対三郎と首引きはしないでおこう。
「そう言えばミュンネイさんとはどういう縁で一緒に活動されているんですか」
身体を洗い流し、お湯に入って来た笑亜が聞いた。
森で暮らすエルフが人間の街までやって来る事は珍しい。勇者を辞めた後のアンジェリカがどのような経緯でミュンネイと一緒にいるのかずっと気になっていたのだ。
「お! 聞く? 聞いちゃう? アタシとミュンミュンの馴れ初め」
何だか勿体つけて、凄く語りたそうにアンジェリカは詰め寄る。
しかしそんな彼女の耳をミュンネイが引っ張って、止めてとばかりに無言で首を振った。
「あー、そだね。これはアタシ達だけのヒミツ。笑亜りんにも教えられないな~」
「いえいえ、良いんですよ。気にしないでください」
何やら彼女達の出会いには何かしらのドラマがあったようだ。だが知られたくないのならこれ以上の詮索は失礼と思った笑亜は話題を変えた。
「そう言えば明日は他の街でライブでしたっけ?」
「うん、ちょっくら3日くらい遠出して来るわ。それが終わったらカルカスに行けるから、もうちょい待ってて」
「やっとね。結構長く滞在してしまったわ」
「そう言う割にはアルちも楽しんでたよね~?」
「そ、そんな事ないわよ」
アルケーは顔を赤らめて否定するもそれは図星だった。
菊子の時とは違いアンジェリカがすんなり協力を約束してくれた事もあり、アルケー達も心に余裕が出来ていた。
いやそれだけじゃないだろう。
アンジェリカの人との距離を飛び越えて来る性格がかなりこの数日間を賑やかにしてくれた。居るだけで周りを明るくする太陽の様な少女だ。彼女が人気者なのも分かる気がした。
まあ多少ぐいぐい来すぎな感じはあるが。
「じゃあ先に上がるわ」
身体が温まったアルケーは湯から上がる。
「え~。もうちょいガールズトークしようぜ~」
「ちょっとアンジェわがまま言わない」
「私はもう少し浸かって行きます~。はぁ~久しぶりの大きいお風呂だぁ~」
そんな年相応の無邪気さを見せる彼女達を微笑みながらアルケーは脱衣所に向かおうとした時、湯気の向こうからガウンを着た髭面が現れた。もしかしなくても三郎だ。
「キャアァァーーーーッ!!」
鉢合わせしたアルケーは悲鳴を上げて湯に飛び込んだ。
他のレディ3人達も飛沫を立てて自分の身体を隠す。
文句を言ってやろうと思った矢先、その変質者が声を上げた。
「何で素っ裸で湯に入ってんだバカが!!」
「ええ!? 何で私達が怒られてんの!?」
この状況、明らかに悪いのは女湯に入って来た三郎なのに何故かこちらが怒られる。
レディ側も負けじと言い返した。
「なに女湯に堂々と入って来てんのスケベ!!」
「そんな人じゃないと思ってたのに見損ないましたよ!!」
「なに言ってんだ!! 嫁入り前の娘が裸で風呂に入ってる方がおかしいだろ!! 淫売か!?」
「はあ!? 何逆ギレしてんの!? 意味わかんない!!」
どちらもヒートアップし話しが纏まらない。
と、ここでアンジェリカが大声を上げて仲裁に乗り出した。
「アーアーアー!! 3人共落ち着きな~。これたぶん文化的相違ってやつだからさ」
そう言うとアンジェリカは後ろに隠れるミュンネイを庇いながら三郎に目を向けた。
「さぶちん実はさ。アタシ等の時代じゃ風呂は男女別々で、しかも裸で入るのが普通なのよ」
「え? そうなのか? 湯帷子着ないのか?」
「いやそれ湯帷子じゃないから」
三郎は何故か風呂上がりに着るはずのガウンを着ている。
実は鎌倉時代の風呂は湯帷子という単衣を着て入るスタイルなのだ。
だから部屋にあった着替えのガウンをそれと勘違いしたのだろう。
そして日本は江戸時代まで混浴文化だ。
850年も時代が違えば風呂一つ取ってもここまで変わるのだ。
「これ……もしかして俺が悪いのか?」
うん、とアルケーと笑亜が頷く。ついでにミュンネイも。
「だいたい入り口に『女湯』って書いてあったでしょ。字読めないの?」
「読めん」
「そーだったわ~」
三郎はこっちの世界の文字が読めない。
一応少しずつ勉強はしている様ではあるが、まだまだと言った所だ。
「とにかく師匠。早く出てって下さい」
「そうよ出てって」
「出てった方が良いよさぶちん」
「アンジェに同じ」
出てけ出てけとレディ達の合唱が始まる。
邪険な扱いをされた三郎はそれに従って大人しく出て行く事にした。
だがふと思い出した様に振り返ると二拍一礼を行って一言。
「眼福でした!」
「出てけ!!」




