第11話 アラクネの魔人
アルケー達はアンジェリカを追って馬を走らせた。
以前に比べて馬術に慣れた笑亜に抱えられる様にして、アルケーは必死に鞍に取り付けられた取っ手を握り締めていた。
「ほう、だいぶ上手くなったな笑亜。それだけ馬を操れれば戦場でも通用するだろ」
「えっへへ、ありがとうございます」
師匠からのお褒めの言葉に笑亜は嬉しそうにニヤける。元々運動神経が良い彼女はもうすっかり馬術を物にしていた。それに比べて……、
「アルケーも……上手くなったか?」
「なんで疑問形⁉」
運動音痴の女神様は鞍にしがみつく様に情けない姿を晒していた。
「まあ落馬しなければ良いか」
最低限、どんな格好であれ落ちなければいいやと三郎は諦めた。
3人が商隊を追って森を駆けていると、前方から憔悴しきった様子で、こちらに向かって来る人達が4人組が見えた。
三郎がどうしたのかと尋ねると、その人達は武装したアルケー達を見て安堵した表情を見せて言った。
「この先の峡谷でアラクネに襲われたんだ。まだ逃げ遅れた人達がたくさんいる。アンタ達冒険者なら助けに行ってやってくれないか?」
「アラクネ?」
「胴が蜘蛛、上半身が人間のモンスターよ。カラミティが乗っていたヴァナリウスを覚えてる? あんな感じだと思えば良いわ」
あれかと三郎は厄介そうな顔をする。『カラミティのヴァナリウス』なんて言われたものだからガトリング砲やら収束砲やら色々厄介な武器を持っていると思ったのだ。
「おい、黒髪に紫毛が混じった女と白髮の女を見なかったか?」
「いや。逃げるのに精一杯で見た覚えはないな」
どうすると三郎はアルケーに目を向けた。
「三郎は先に行って。私達もすぐ追い付く」
バイコーンである那古の方が馬より脚が速い。先ずは三郎を急行させて1人でも救おうとアルケーは考えた。
「アラクネは手下の小蜘蛛を使って襲って来る。糸に絡め取らないように気をつけてくれ」
「分かった」
先鋒を任せられた三郎は弓を携えて那古を走らせる。
途中、襲撃から逃げて来たと思われる人達とすれ違ったが、その中にアンジェリカとミュンネイの姿は無かった。
そして遂に三郎は狭い峡谷の道でモンスターの群れと戦う一団を見付けた。
商人に雇われた冒険者や傭兵が子供くらいのサイズの蜘蛛と戦っている。
「どこが小蜘蛛だ大蜘蛛じゃねえか」
そう漏らした三郎は迷う事なく矢を放った。
「朝比奈三郎、推参! 助太刀するぞ!」
馬上から矢を放ち援護する。
辺りには横転した荷馬車が横たわり、人間に捨てられた馬が混乱し嘶いている。商人や旅人達は悲鳴を上げて逃げ惑い、護衛の冒険者と傭兵達は迫り来る小蜘蛛どもを怒声を上げて迎え討つ。
まさに阿鼻叫喚の戦場模様だ。
「三郎さん!」
そんな中で三郎を呼ぶ声がした。
「ミュンネイか! 無事でよかった!」
「それよりアンジェが!」
ミュンネイに案内されて三郎は横転した馬車の影までやって来る。そこにはいつも明るさが消えたアンジェリカが身体を震わせて怯えていた。
「血の匂い、悲鳴……。い、いやだ……もう……戦いは……」
まるで発作を起こした様に息粗く、弱々しい言葉を漏らしている。元々、戦いが怖くて勇者を辞めた彼女だ。この地獄絵図に恐怖が込み上げて来たのだろう。
三郎は那古から降りると彼女の身体を強く揺らした。
「しっかりしろ、おい!」
「さ、ぶちん……? ああ、ああぁぁ!!」
目の焦点が合ったアンジェリカは助けに来た三郎に泣きながら抱き着いた。
「怖がっだ~!! 怖かった~!!」
「ああ、分かった分かった。ミュンネイ! アンジェを連れて逃げろ! 後ろからアルケーと笑亜が来てる!」
「分かりました! アンジェ立って! 逃げるよ!」
「さぶちんは⁉」
「俺はコレだ」
そう言って弓を手に戦いの意思を見せた。
だがその時、頭上から何かが降り掛かり降り掛かり三郎達を絡め取る。
それだけじゃない。戦っていた護衛や、逃げる人達も同じように捕らわれてしまった。
「これは絹か?」
降り掛かった物を確認し、自分の記憶の中にある一番近い物を推理したが違う。
彼等に降り掛かったのは絹などではなく蜘蛛の糸だ。それもとびきり強靭な。
「アハハ! 大漁大漁! こんなに大量の肉が手に入るなんて待ってた甲斐があったわ~!」
喜色に溢れた笑い声が峡谷に木霊する。
声のする方を見上げると、一体いつの間に出来たのか、巨大な蜘蛛の巣が峡谷に張り巡らされていた。
その巣中に異形の蜘蛛がこちらを見下ろしている。
蜘蛛の胴に人間の上半身を持つモンスター、アラクネだ。
「喜びなさいボウヤ達! 今日はたくさん新鮮な肉が食べられるわよぉ!」
糸に絡められた人間達が悲鳴を上げて吊り上げられて行く。
そうはいかないと護衛の1人が剣の刃を糸に押し当てるが、
「切れない切れない! 何なんだこの糸は⁉」
「無駄よ。魔王様の力を得た私の糸が剣ごときで切れるものですか。さあ大人しくこっちに来なさい。フフフ」
無駄な足掻きをする貧弱な人間を嘲笑い蜘蛛達は獲物を吊り上げると、更に糸を吐き巣に磔にした。
「ぬぅるあぁぁ!! 捕まって堪るかよ!!」
そんな中、ただ1人だけ地面に踏ん張って持ち堪える人間が居る。三郎だ。
彼は一緒に捕らわれたアンジェリカとミュンネイを庇いつつネットの隙間から手足を出して抵抗している。
その姿にはアラクネも唖然とした。
「何あの人間? 魔人化した私の糸に耐えている? いや、あの格好はまさか⁉」
そこへ1騎の馬が駆け付け、アルケーと笑亜が飛び降りる。
「三郎! そのまま踏ん張ってて! 剣の魔法!」
アーリーライフルに光の剣が備わり蜘蛛の糸を切り裂く。
解放された三郎は勢い余って転倒し、一緒に捕らわれていたアンジェリカとミュンネイは笑亜に受け止められた。
「た、助かったぁ。恩に着るぜアルケー」
「そんな事よりあそこに居るあいつが騒ぎの元凶ね」
蜘蛛の巣で目を見開いて驚いているアラクネを見上げた。
「私の糸を切る程の魔法……。そうか! そうかなるほど、貴方が魔王様に逆らう女神! そして――」
アラクネは更に三郎にも目を向けた。
「その男が、女神の侍ね!」




