第6話 鎌倉のウルトラマン
中年男性がボロ泣きしている。
そのなんともみっともない姿に笑亜は聞いた。
「泣くほど嬉しかったんですか?」
「当たり前だバカ野郎! お前も綾無殿も知らない知らないばっかりで、てっきり伝わってないと思ってたんだからな!」
「まあ本人を前にして言うのもなんだけど、マイナーっちゃあマイナーだしね。そもそも源平合戦後の歴史自体人気薄いし」
知らなくても仕方ないとアンジェリカはフォローを入れる。
日本において歴史の授業に出て来ない、ましてや教科書にすら載っていない人物の知名度なんてそんなものだ。
「あ、そうだ。ちょっと質問して良い?」
「何だ? 何でも聞いてくれ!」
気を良くした三郎は気前よく質問を受け付ける。
実はアンジェリカには、朝比奈三郎義秀を知る人であれば絶対確認しておきたい事があるのだ。それを彼女は口にした。
「貴方の母親って巴御前なの?」
「ふぁ?」
予想外だったのか素っ頓狂な声が出る。
巴御前――。
源平合戦で活躍した女性で、『女武者』と言えば真っ先に名が上がる人物。
その名はどうやら歴史に疎い笑亜ですら知っていたようだ。
「え、師匠のお母さんって巴御前だったんですか!? 凄い!」
「何でお前は鎌倉殿も知らねえのに巴様は知ってんだよ!?」
「だって有名ですもん!」
何がどう転べば武家の棟梁である鎌倉殿より有名になるのか、三郎にはさっぱり分からない。
現代で例えるなら、総理大臣は知らないけど、地方議員の奥さんなら知ってると言われている様なものだ。
「で、どうなん? マジで母親なん?」
「血は繋がってねえよ。まあ育ての親って言った所だ」
「ほぉ~! そういう関係だったんだ! いや~面白い話が聞けたな~!」
「面白くもなんともねえよ! あの人には散々酷い目に遭わされたんだ……。あ、ダメだ。嫌な思い出がぁ、ああ……」
昔を思い出したのか三郎はガタガタと震え始める。
一体どんな親子関係だったのか気になる所だが、たぶんこんな状態では答えられないだろう。
「アンジェさん、師匠って一体どんな人なんですか? 私、歴史が苦手で何も知らなくて……」
笑亜が話題を変えた。
正直、今まで歴史に残らなかった武士だと思ってスルーして来たがアンジェリカの反応を見てると気になってしまったのだ。
アンジェリカ先生は「んー」っと言葉を考えた後、朝比奈三郎という坂東武者について語る。
「朝比奈三郎はね。一言で言えば鎌倉のウルトラマンだよ」
「ウルトラマン?」
「山を一夜で切通したとか、海岸を削ってその土で山を作ったとか、歩いた跡が湖や川になったとか。そんな怪力伝説がめっちゃある」
「す、凄い……! そんな伝説が……!?」
確かにそれはウルトラマンだと笑亜はキラキラした目で尊敬の眼差しを三郎に向けた。しかし――。
「知らん……。何それ怖」
本人が一番困惑していた。
数ある朝比奈三郎伝説の中で最も有名なのは鎌倉の北東にある朝比奈切通しだろう。山に囲まれた鎌倉への交通路として山を切通した道だが、これを三郎が一晩で完成されたという伝説がある。
だが鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』によると、実際は仁治2年(1241年)北条泰時の命により作られた切通しだ。
つまり三郎が行方不明となった和田合戦(1213年)よりかなり後の事なのだ。
しかも鎌倉にある7つの切通しの内、詳しい工事記録が残っているのは朝比奈切通しだけ。
つまりどこかのお間抜けさんが、よりによって公的歴史資料のある切通しに馬鹿みたいな伝説を盛ってしまったのだ。
だが朝比奈切通しの名と言い伝えは今日まで語り継がれている。つまり――、
伝説が真実を塗り替えてしまったのだ。
その他にも朝比奈伝説は坂東はもちろん何故か東北、東海、紀伊半島にまである。
それだけ朝比奈三郎義秀の力は幕府方の御家人、鎌倉、坂東、日本中に轟いたのだ。
「いやいやいやいや、おかしいおかしい。俺はデイダラボッチか何かって伝わってんのか?」
そんな言葉が出て来るあたり『鎌倉のウルトラマン』というアンジェリカの評価も強ち間違って無いのかもしれない。
デイダラボッチは日本に伝わる巨人である。
「いやでもマジで凄かったって伝わってるから。だって『神の如き壮力』って言われてるからね?」
「神ぃ!?」
ここで初めて三郎は後世における自分の評価を知った。まあ若干内容が濃すぎて本人も胃もたれしてそうではあるが。
「ま、まあ俺、御所での戦いでめちゃくちゃ敵を討ち取ったからなあ。北条の倅の首ももうちょいで取れそうだったし」
「あ、それって北条朝時? ねえねえどうだったん? 馬に乗ろうとした所を襲われたんだよね?」
「一撃入れてぶっ飛ばしてやった。でもあいつ猫みてえに飛んで跳ねて逃げやがってよぉ。討ち損ねたんだよ。あんな逃げ上手な武者見たことねえ」
「逃げ上手ワロタ!」
「ねえ、2人は何の話をしてんの?」
「分かりません」
鎌倉談義で花を咲かせている三郎とアンジェリカに置いてけぼりにされるアルケーと笑亜。
何だか入ってはいけない様な気がしてただただ見守るだけだった。
「よおし、じゃあ今度は俺から聞くぜ。お前さん三浦だよな? 三浦義村と何か関係あるのか?」
それまでの楽しい雰囲気が一変し、いよいよ三郎は気になっていた事を聞いた。
三浦義村――。
三郎達を裏切って北条方に寝返った憎き敵だ。
もしアンジェリカがその末裔だった場合、一族の仇の末裔として彼がどんな行動をするかわからない。
だがその時代に詳しいアンジェリカはその問いだけで全てを理解した様子だった。
「あー、そゆ事。アタシ、義村流の三浦氏とは何の関係もないよ。つか族滅されたし義村流の三浦」
「え!? 三浦滅んだの!?」
予想外の答えに三郎は驚いて口をぽっかり開けて呆然とする。
「うん。義村が死んだ後、北条と戦って族滅」
「はあ~、やっぱクソだな北条。和田だけじゃなく三浦まで滅ぼすか」
あの権力の亡者共はどれ程時間が経っても変わらないらしいと、三郎のヘイトは結局北条に注がれた。
「まあまあこの世界には北条は居ないんだからさ。そう怒んないで」
「……まあそうだな。悪かったな疑って」
「因みにアタシが義村の末路だったらどしてたん?」
「首刎ねてた」
「さすが坂東武者! 容赦ねえ~!」
めちゃくちゃ物騒な事を言われてる筈なのに、アンジェリカはギャル友と談笑する様なノリで大笑いする。
そんな様子を横でアルケーが「何で笑っていられるのよ?」と彼女の図太さに呆れていた。
「あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど」
「願い? 何だ?」
「親しみを込めて『サブちん』って呼んでいい?」
「サ、ブ……?」
(ちん?)
(ちん?)
この時、アルケーと笑亜は思った。
(おいおい、死ぬわあいつ)
いや「死ぬわ」は言い過ぎかもしれない。だがそんなナメた呼称を三郎が許すとは思えない。
恐る恐る彼の顔を見ると、初めてだろうニックネーム文化に困惑の顔を見せていた。
坂東武者的にアリかナシか?
数秒目を泳がした後、三郎は口を開いた。
「良いぜ!」
((良いんだ!))
「ヤッター!! よろしくね~サブちん! アタシの事もアンジェって呼んで良いから!」
意外なノリの良さにアルケーと笑亜は驚く。
いやもしかしたら、それまでの会話で三郎の機嫌が良かったからかもしれない。
「じゃあ私もサブち――」
「テメェ調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
「ヒェッ!?」
ここぞとばかりに調子に乗った笑亜は一喝を喰らった。




