第11話 菊子の怒り
巨人と三郎達の激戦が繰り広げられてる横で、菊子はある物を探していた。
その顔はいつもの余裕ぶったものではなく、切羽詰まった顔だ。
床には巨人の身体の破片が散らばり、彼女の探し物を邪魔する。それらを退けながら服が汚れるのも構わず、這いつくばって探した。
(どこやどこやどこや? 女神らが相手しとる内に見付けんと、もう探しに来れんで)
あの巨人の事はよく知っている。何せ菊子自身がまだ勇者として戦っていた頃に、仲間達と戦ったモンスターだからだ。
この特別クエストはその時に失った物を取りに来る為に出したと言っていい。正直、モンスターの討伐とかもどうでもいい。
ちらりと戦いに目をやる。
いくら攻撃しても瞬く間に回復する超再生能力。あれが奴を倒せなかった理由だ。
どんなに強い冒険者でも敵にダメージを与えられなければ倒せない。だから菊子達は倒すのではなく封印したのだ。
「ちょっと菊子何やってんのよ!?」
戦場の真っ只中で不可解な行動をする菊子にアルケーが駆け寄って来て、強引に彼女を下がらせようとする。
「戦いの最中にうろちょろしないで! 巻き添え食らったらどうすんのよ!?」
「そんなドジせえへんわ! これはうちの事情ですさかい気にせんといて!」
「そういう訳にはいかないのよ! あっ!?」
その時、足を砕かれた巨人がよろめきながら、彼女達の方へと倒れて来た。咄嗟の事にアルケーは手で庇う事しか出来なかったが、これを菊子はワープを使って一緒に回避した。
ワープ先でアルケーはバランスを崩し転倒する。
「この通り、うちのスキルなら逃げるんは簡単や。せやから放っといてんか」
尻餅を付いてる情けない女神を下に見て、菊子はまた戦場に戻ろうとする。
「待ちなさい! 貴方、私の事が嫌いなんですってね!」
「……朝比奈さんから聞いたんけ?」
さっきの失言がもう本人に伝わっている。ならばもう建前の仮面を付ける必要もないと、菊子は目を大きく見開きこれまで見たことない形相を女神に向けた。
だがアルケーも負けてはいない。全く動揺する事なく強い視線を返した。
「ええ、私に何かやらかしたのかって聞いてきたわ。私の何が気に食わないか知らないけどね。戦わないなら今は勝手なマネしないでちょうだい!」
「勝手? あんただけには言われとうないわ!」
「はあ何!? 意味分かんないんだけど!?」
「ほな言うたる! あんたら神様は人が困っとっても何も助けてくれん! せやのに自分が困った時だけ人間を使こたろうやなんて勝手過ぎるんや!」
これまでの慎ましさを捨てて、堰を切った濁流の様な激しさで捲し立てる。アルケーを突き飛ばしタガが外れた菊子は内に溜めていた鬱憤を女神にぶつけた。
「うちの両親は訳の分からん酔っ払いの運転で死んだ! 残ったたった1人の妹は台風で土石流に飲まれた! その上うちも訳の分からんジジイに殺されかけた! あんなクソみたいな人生送らせといて、死にとうなかったら女神の世界を救えや!? 舐めとんけ!!」
怒りのままにアルケーに掴み掛かる。
彼女にとって神様とは自分も家族も助けてくれなかった存在だ。いや、勇者として召喚される前ならその存在を信じてすらいなかった。
それがアルケーと出会った事で神の存在を知ってしまい、それまで仕方ないと諦めてたものが憎悪となって燃え始めたのである。
「神は下界の営みに介入しないものなのよ! だからそこに生きる生命にどんな不幸が訪れようと見守るだけなの! 可哀想だけどね!」
「そんなんで! 納得出来る訳ないやんけ!」
神の事情なんて知ったこっちゃない。助けて欲しかったのに助けてくれなかった。
その怒りのままに菊子は手を振り上げた時、それより速くアルケーの平手が彼女の頬面をぴしゃりと叩いた。
「私が嫌いなら何とでも憎めば良いわ! 恨み言の百や千、喉が枯れるまで聞いて上げる! それでも足りないなら――!」
神に対する憎しみなんてアルケーにとっては崇拝と同じくらい当たり前の物だ。崇拝を光に例えるなら憎しみは影と言って良い。
この世界の女神である彼女は多くの人達から崇拝されている。だが崇拝されればされるほど、不幸に陥った者からの憎しみもまた多いのだ。
(天界に居た時の私なら憎しみを受けても何もしなかった。でも今は違う。私はここに居る。だったら!)
その憎しみをぶつけさせる事が出来る。
「――思う存分、掛かって来なさい!」
全て受け止めてやると迎える様にアルケーは構えた。
それに対し菊子も頬の痛みも加え、神への怒りを向ける。
「……望むところや。覚悟せ――!」
その時、2人の間を風切り音を立たせ黒い棒が横切り、ダンジョンの壁を砕いた。
「テメェ等この野郎何してる!? 今は戦の最中だぞ!!」
ダンジョン内に響き渡る怒号が彼女達を襲う。
見れば三郎が怒り心頭でこちらを睨んでいた。
目の前を通り過ぎた凶器と不意打ちで食らった怒声に、それまでヒートアップしていたアルケーと菊子も思わず硬直してしまった。
「あ、危うく死ぬとこやった……」
「あのバカ。私達を殺す気かしら……?」
文句を言うにしたってヴァナリウスの金砕棒を投げて来る事はないじゃないと、アルケーは逆に文句を言ってやりたかったが止めた。
「とにかく今は大人しく私達の後ろに居てちょうだい危ないから! 貴方に付き合うのはあのモンスターを倒した後よ!」
「倒す? あんな超回復能力を持ったモンスターをどう倒すん?」
「……どうにかして!」
啖呵切ったは良いが再生巨人の倒す手段なんて思いついていないアルケーは勢いで誤魔化した。




