第9話 女神の印象
このダンジョンには地底から湧き出た地下水が水路を通って近くの川に流れている。
その水源地はダンジョンの中にあり、ここを訪れた冒険者達が休憩地としてよく使っているという。
アルケー達も封印モンスターの場所に着くという事で、ここで羽根を休める事にした。と言うかアルケーの体力がもう限界だった。
濡らした布で脚を拭き、笑亜にマッサージしてもらう。
こう言うと罰が当たりそうだが、だらしなく寝転ぶ彼女はまるで、波打ち際に横たわるトドかセイウチの様だ。
「笑亜ちゃん。朝比奈さんはどこ行かれたん?」
水筒に水を汲みに行って戻って来た菊子が辺りを見回して聞く。
「1人で先に行っちゃいました。私達の為に露払いしてくれるそうですよ」
「ああそう。……ところで笑亜ちゃんは何しとん?」
「見ての通りアルケー様の脚の疲れを取っています」
「凄く気持ちいいのよ。笑亜のマッサージ」
そう言って女神は自らの勇者を自慢するように褒めた。
「ほんにええ女神やこと」
菊子は冷めた目をして小声で呟く。
「何か言いました?」
「ほんに気持ちよさそうやって言うたんや。今度うちにもやってえな」
すぐに切り替えて偽りの言葉を並べた。
そして純粋な笑亜の「もちろん」という言葉を聞き、菊子はダンジョンの奥へと向かった。
笑亜が言った通り、三郎に敗れたモンスターの破片がそこかしこに散らばっている。
「ここら辺はミニゴーレムの縄張りやった筈やけどなるほど。あの人の怪力の前ではミニゴーレムも雑魚同然っちゅう事か」
岩石や土の身体を持ったゴーレム系モンスターはどんな小型のものでも恐るべき戦闘力を持っている。
何せ身体が重たいので、ちょっとした体当たりでも致命傷になりうる。更に身体が硬いので斬撃がほとんど効かず、冒険者達からは嫌われ者なのだ。
そんなゴーレム達が粉砕され地面に転がっている。ダンジョンの奥からは猛々しい声と工事現場の掘削音の様な粉砕音が聞こえた。
「オラァッ!!」
金砕棒を振り回し、三郎は襲って来るミニゴーレムを手当たり次第に砕いている。あまりにも暴れ過ぎてダンジョンの壁や像まで粉砕してしまってるくらいだ。
「あんま壊さんといて下さいよ~。一応ここ遺跡やから」
最後の1体を倒し切ったところで菊子は声を掛けた。
「お、どうした綾無殿。アルケー達と一緒じゃないのか?」
「うちに大見得切った朝比奈様の実力を見よう思いましてなあ。こっそり着けて来ました」
「そうか。見ての通りこの通りだ」
戦果を披露するように手を広げる。
菊子はゴーレム達の瓦礫の中から色の着いた石を拾い上げた。
「お、綾無殿もそれを気に入ったか? こいつらを潰してたら出て来てな、綺麗なんで集めようと思っていたところなんだ」
「これは魔力を帯びた石です。どういう仕組みかは分かりませんけど、こういう魔石を核にゴーレムは生まれるんです。結構高く売れるんですよ」
「そうか。なら笑亜の借金に充てくれ」
気持ちの良い快活な声を発し三郎はすんなり魔石を譲る。
菊子は意外そうな顔をして三郎の顔を窺った。
元々庭園で話した時から、彼に対して悪いイメージは抱いていない。むしろ男気がありなんとも気持ちの良い男だと思っていた。
そんな人間だからか菊子はついつい聞いてしまった。
「なあ朝比奈様もあの女神様に、生きて魔王討伐に行くか、拒んで死ぬか迫られた口でっしゃろ? 何かこう不満とか無いん?」
「え? お前さんの時そんな感じだったのか? 俺、いきなり雑魚呼ばわりされたからあいつ半殺しにしちまったんだけど?」
「へ?」
予想外の答えに思わず目が点になる。
女神を半殺しにした? 女神だからと人を顎で使っているあの女神を?
「半殺し? フフフ、何ですのその話しおもろ!」
ツボにハマったのか菊子は腹を抱えて笑い出す。
普通、おはぎの話し以外で半殺しなんて言葉を聞いたら嫌悪感が出るものだが、三郎みたいなただの人間が女神に一矢報いたと聞いて痛快な気持ちになったのだ。
「それやのに何でそんな女神に付き従ってはるん? 嫌ちゃいますの?」
「何だお前さんあいつの事が嫌いなのか?」
しまったと菊子は慌てて口を閉じる。
普段、本音なんて角が立つから隠しているのに、三郎の雰囲気に当てられてついつい余計な事を喋ってしまった。
だが三郎は怒るでもなく菊子の気持ちを察した様な顔をする。
「まあ分かるぜ。あいつすぐ調子に乗るし、鈍臭いし、面倒は掛かるし、しかもわがままだ」
三郎とアルケーの出会いも最悪だった。
出会ってすぐ女神の勝手でチェンジされかけ、そのまま殺し合いになったのだから。
「でも心根は良い奴なんだよ。あいつは何だかんだで苦しんでる奴を見捨てねえ。だから俺も笑亜もあいつと一緒に旅をしてる。意外と楽しいんだぜ」
その言葉を証明するように三郎は笑った。
神域で最悪の出会いを果たし、モンテドルフで厄介事に巻き込まれ、魔王カラミティを共に退け、逃げた勇者を探してここまでやって来たのだ。
艱難辛苦もあったがその中には愉快も確かにある。だから三郎は濁りのない笑みを見せる事が出来たのだ。
菊子も優しい笑顔で返す。
「……そうですか。それは何よりですなぁ」
だがそれはいつもの作り笑いだ。
「なあ一つ聞いて良いか?」
「はい?」
「お前さん何で着いてきた? モンスターを倒したかなんて首を持って帰れば済む話だ。そうでなくてもお前さんが出張って来る必要はないだろ?」
「それはうちの都合です。朝比奈様が気にするような事やありません」
真意を問い正そうとする三郎に菊子は笑みを崩さないが、目が怪しく光っている。まるで「踏み込むな」と言っているようだった。
「さあ、モンスターが封印されとる部屋はもうすぐです。頑張って頑張って〜!」
「お、おう」
その拒絶の目に三郎も深く追及はせず黙る。
菊子の言う都合が何か気になるところだが、今はただ倒せと言われたモンスターを倒すだけ。大した事ないと金砕棒を構えてダンジョンの奥へと向かった。




