第2話 勇者はスローライフしたかった
勇者、加須貝不屈――。
彼は三郎にふっ飛ばされて気絶した後、身柄をアルケー達に預けられ、ギルドにあるモンスター用の檻に入れられた。今彼は重厚な手枷足枷に加えて拘束魔法も施され、とにかくガチガチに身動きが取れなくしてある。
それは勿論、精霊に匹敵する勇者スキルを使わせない為だ。
「いやせやけど何でここに連れて来たん?」
やって来ていきなり一番丈夫な檻を貸してと頼まれた菊子は面倒事に巻き込まれたみたいにムスッとしていた。
「村には牢屋が無いそうなんです。だからギルドならモンスター用の檻があるかな~と思いまして」
「その勇者さん精霊の魔法並みの攻撃力があんねやろ? こんな檻でどうにかなる思とん?」
「まあアタシが作った枷とミュンミュンの拘束魔法、物理と魔法でガッチガチに固めてっから大丈夫。たぶん!」
「アンジェ……最後の余計だと思う」
「はぁ、壊だら弁償やで」
そう言って菊子は仕事に戻って行く。
面倒ではあるが彼女としても勇者が見つかってアルケーに協力する分には都合が良かった。その分、自分の負担が減るかもしれないからだ。
アルケー達はさてと気を取り直して不屈の尋問を始めようとする。まず三郎がバケツの水を彼の顔にぶっ掛けて気付かせた。
「ぶっ!? ……ここは?」
「気が付いたかしら? 勇者、加須貝不屈」
アルケーは彼の前に立ってその名を呼ぶ。
不屈はいきなりの女神の登場に、リモート勤務中に遊んでたのがバレた時みたいにマズく顔を引き攣らせた。
だがそれも一瞬だ。不屈はすぐにふてぶてしい顔になると、女神が相手なので一応敬語を使って喋りだした。
「何で女神様がここにいるんですか?」
「貴方達が逃げたから私自ら魔王を倒しに来たのよ」
「え? じゃあもうオレは戦わなくていいって事ですか!?」
「何でそうなるのよ! 貴方も私達と一緒に魔王討伐に行くの!」
不屈は小さく舌打ちをする。やっぱりこの勇者も魔王討伐に行きたくないらしい。
だがアルケーとしては精霊に匹敵する彼の力は是非とも欲しいところだ。この際、多少性格が捻くれていても目を瞑ってやる。
とりあえず何故、彼が魔王討伐から逃げたのか理由を聞いてみることにした。
「一応聞くわね? 貴方は何故勇者の使命から逃げたの?」
不屈はこれまたムッとした顔をする。だが言わなければこの女神納得しないと観念したのかぼそぼそとふてぶてしく答えた。
「魔王討伐なんてクソめんどくさい事より、異世界でまったりスローライフしたかった……んですよ」
「は? スローライフ?」
何だか思ったより物凄く俗っぽい理由だった。あまりにも俗っぽ過ぎて、別の真意を隠しているのかと思ったくらいだ。いやこの際隠してて欲しい。
だが不屈の方は開き直ったのか、大きな溜め息の後にめんどくさそうにぶち撒けた。
「元の世界で散々社畜としてこき使われたんですよ! だからこの世界では静かに暮らしたいんです! 何か問題ありますか? 無いですよね? 女神様にだってオレの生き方を強制する権利は無いですよね? だからもう放っといて下さいよ!」
積年の鬱憤が籠ったような訴えにアルケーは開いた口が塞がらない。
今まで菊子やアンジェリカはそれぞれ同情出来る事情があった。でも不屈は完全に責任を放棄している。見れば笑亜もアンジェリカもミュンネイも冷めた目で彼を見ていた。
「だがお前さんはアルケーから力を貰ったんだろ? ならやる事をやらねえと筋が通らねえぞ」
するとここで三郎が口を開いた。
確かにドラコフォンズを襲った時、不屈は勇者の力をバンバン使っていた。その恩恵に預かっているならアルケーに協力するのが筋と言うもの。少なくとも女神嫌いだった菊子もそこら辺は分かってくれた。だがーー、
「うるさいなぁ! 筋とかそう言うの古いんですよ! オレはやりたくないって言ってんじゃないですか! 人が嫌がる事を強制するのって人権侵害ですよね!? 戦いなんて誰かやる気のある奴に振ってくださいよ!」
「そいつがこの笑亜だ! こいつはお前ら勇者がみーんな逃げちまったから1人で戦ってたんだ! 女に戦わせてお前、恥ずかしくねえのか!?」
「はぁ!? そんなのその娘が勝手に頑張ってただけでしょ!? 会った事もないオレには関係ないじゃないですか!」
段々と三郎の目が怒りで鋭くなる。
たった1人で恨み言も言わず戦っていた笑亜を「勝手に頑張ってた」「オレには関係ない」なんてよくも言えたものだ。
だが不屈はそんな三郎の怒気に気付かないのか、さらに地雷を踏み続けた。
「もうマジで放っといて下さいよぉ! オレ魔王討伐とか興味ないんでやりません! ゆったり自由に生きていきます! それを邪魔するならそれって基本的人権の侵害ですよね!? 基本的人権が何か知らないんですか!?」
「んなモン知るかぁ!!」
我慢の限界に達した三郎は不屈の頭を鷲掴むと檻の床に強引に叩き付けた。
「うだうだ訳の分かんね事言ってんじゃねえぞ若造!! ならお前さんの頭蓋を握り潰すのも俺の自由って事だよなぁ!? あぁ!?」
「いだいッ!! いだいッいだいッ!! ギィアァァ!!」
何とか逃れようと不屈は泣き喚きながら必死に藻掻く。
だが泣こうが喚こうが無駄だ。三郎は本気でこの薄っ軽い頭を握り潰す気でいる。
逃げた勇者達の代わりにたった1人で戦っていた笑亜。それをこんな他人事のように言われて堪るか。
だがその怒りは笑亜本人やアルケー達によって止められることになる。
「止めなさい三郎! 殺しちゃダメ!」
「ミュンミュン影出して! 影!」
「分かってる!」
ミュンネイの影も合わせて何とか三郎を引き離した。
解放された不屈は顔を真っ赤にべそかきながら恐怖にガクガク震える。
「三郎! 一旦頭を冷やして来なさい!」
このままではまた同じ事を繰り返しそうだと思ったアルケーは三郎を外させる。
笑亜に引っ張られながらも三郎は憎たらしそうに不屈を睨みつけて舌打ちをした。
そんな短気な師匠に笑亜はこっそりと伝える。
「師匠、ありがとうございます」
師匠がやらなかったらきっと自分が不屈に何かしていた。それをあんなに本気になって怒ってくれた事が彼女にとって凄く嬉しかったのだ。
「別に。あいつの態度が癪に障っただけだ」
感謝の言葉に頭が冷えたのか、三郎はぶっきらぼうにうそぶく。
そんな彼の腕を引きながら笑亜は嬉しそうに笑った。




