第1話 勇者の嫌がらせ
村の北側の塀が燃え上がる。
ここは盛土の上の村だから井戸なんて物はなく、火を消すためにはせっかく作った塀を壊して延焼を防ぐしかない。
「スピリットレイン!」
だがそこに水の精霊であるマリリンが水の魔法で一気に火を消し止めた。
「ようやりましたマリリン!」
「ちぃ様! 褒めて下さるなんてエヘヘ~」
親衡に褒められ蕩けた顔でふにゃふにゃになるマリリン。
だが事態は収束していない。騒ぎの元凶は未だそこに居るのだ。
親衡は追いついたアルケー達にそれを指し示す。そこには1人の青年が多数の傭兵達に取り囲まれていた。
青年の格好はそこら辺の農民と変わりなく、武器らしき物も持っていない。しかし彼の周囲には赤い魔力のマフラーが靡いている。
「ご覧下さい。あれが例の勇者です。名を加須貝不屈と言うそうです」
瞬間、不屈と呼ばれる勇者は赤い残影を引いて目にも止まらぬ速さで傭兵達を翻弄する。あまりにも速い動きに誰一人捉える事が出来ず右往左往するばかり。瞬く間に全員がふっ飛ばされた。
傭兵達を全滅させた不屈は空中へとジャンプすると、纏う魔力が手足のリングとなる。そして手から超圧縮された魔弾を放った。
その向かう先には建築中の家々が――、
「やらせない……! スピリットプラント!」
次に花の精霊ローズが手を着くと、地面から植物の壁が現れ魔弾と相殺した。
だが見れば無表情が特徴の彼女が鋭い目付きで歯を食いしばっている。
精霊が操る魔法は人間はおろか魔族ですら基本太刀打ち出来ない。それが一撃で相殺されたのだ。
「ひゅう~。ローズの防御を砕くなんてやるね~」
砕けた壁から風の精霊ネイルが飛び出し勇者に肉薄。勢いのまま蹴りを食らわそうとしたが、今度はマントの様に魔力が勇者を包みそれを防ぐ。
だがそれではネイルも終わらない。手の平に風を収束させてすぐさま二の矢を放った。
「スピリットゲイル!」
放たれた風が渦を巻いてとなって不屈を襲う。本来なら堅牢な城壁さえも貫く超圧縮の一撃だ。
だがその一撃さえも魔力のマントを突破する事は出来ない。
「あの勇者、精霊と互角に渡り合ってる!?」
アルケーはその戦闘力に啞然とする。
女神の力を与えられた勇者でも、果たして精霊の魔法と同格、もしくはそれ以上の能力を発揮できるだろうか?
少なくともアンジェリカや菊子は無理だ。笑亜だって通常状態では出来ないだろう。
「我々もあれには苦労しておりましてな。だからアルケー殿にご相談したのです」
「でも何故かしら? 強いけど……何か手を抜いてるように見えるのよね」
「お気付きになられましたか? そう、あの勇者は不可解な事に我々を殺そうとはしないのです。いつも村の一角を破壊するだけで、少し暴れたら立ち去ってしまう」
「それってどういう事かしら? 何で襲って来といてそんな中途半端なの?」
あれだけ強いなら死者が出てもおかしくない。それをやらず中途半端な妨害や破壊で止める意味が分からなかった。
すると笑亜とアンジェリカが推測を述べた。
「きっと人を殺すまでは踏ん切りがついてないんじゃないですか?」
「そーそー。勇者つっても元は日本人なんだし。器物破損はギリ良くても人殺しはちょっと……って人もいるっしょ」
笑亜とアンジェリカの推測にアルケーはそう言えばそうだと納得行く。
自分の周りが物騒だから忘れていたが、そもそも勇者達は元の世界で人を殺した事のない人間達なのだ。だからどこか本気を感じない動きに見えたのだ。
「ボス! 千曲の用意が出来ました!」
そこへ傭兵達が1体のユニコーンを数人がかりで連れて来た。これはアンキラザで親衡が乗っていた角が折れたユニコーンだ。
親衡は千曲と名付けられたユニコーンに跨がると、アルケーに一瞥し駆けて行く。恐らく「ここまでされたからには貴方の勇者と言えど、ただでは済まさない」という事だろう。
親衡は天に鏑矢を放つとよく通る大音声で名乗りを上げた。
「ドラコフォンズ団長、泉小次郎親衡、推参!!」
彼が駆る千曲は敵との間をあっという間に詰める。
元より武士の騎馬弓術は必中の距離まで馬で接近し、矢を射掛けるものだ。飛び道具を持ってるからと言ってちまちま遠距離射撃なんてしない。
親衡は弓を構え一気に不屈の目の白黒が分かる距離まで接近しびゃっと射掛けた。
彼の弓は軍船を沈めたと言われる鎮西八郎と同じ8人張りの強弓だ。並みの盾なら胴ごと貫かれてしまうだろう。
だがそんなバケモノの如き矢も勇者のマントに突き刺さっただけで防がれてしまった。
しかも親衡はその勢いのまま不屈に背を見せてしまう。ここで後ろから攻撃されれば防ぐ手段はない。だが――、
「へん! バーカ! ザーコ!」
不屈は親衡の背に罵声を浴びせただけで攻撃しなかった。
びゃっ――!
だがそれを許しておかないのが武士と言うもの。自分を侮辱した男に、親衡は身体を押し捻って真後ろに矢を射て見せた。
だがこれもマントで軌道を変えられて外れてしまう。
「ホント無駄な事をするな。たかが矢でディフェンスフォルムの俺に効くわけないだろ!」
マント状の魔力を翻し不屈は余裕の顔でラミの方を向く。
そして周りからの攻撃なんて全く気にせず、彼女の元までやって来た。
「何? 何の用?」
それまで丁寧だったラミの言葉使いが刺々しい物になる。たぶんこっちが素の彼女なのだろう。不屈に対し閉じた目の間に皺を寄せて睨みつける。
対して不屈はポケットに手を突っ込み、高圧的な態度で言った。
「帰って来い。今帰って来れば許してやる」
まるでラミが悪いような物言いだ。
当然、ラミはそんな不屈に反発する。
「嫌よ! 誰がアンタの所になんか帰るものですか!」
「わがまま言うな! ほら来い!」
「いや! 離して!」
不屈はラミの腕を引っ張り力尽くで連れて行こうとする。
周りの傭兵達はラミが近くにいるものだから迂闊に攻撃出来ない。直接取り押さえようとしても魔力で出来たマントに阻まれて近寄る事すら出来なかった。
不屈にとってそこら辺の人間の攻撃や魔法なんて物の数ではない。このまま周りの攻撃を無力化しつつラミを連れ去れば彼の目的は達成される。
だがそんな時、不屈の視界に見覚えのある顔が映り込んだ。
「な!? 何で女神がここに!?」
自分に魔王討伐を命じ、この力を与えた張本人が軽蔑した目を向けている。その顔を認めた瞬間、彼はギョッとした表情で慌て始めた。
アルケーには彼とラミの事情は分からない。けれどとりあえずこの事態をどうにかしようと三郎に命じた。
「三郎! やっちゃいなさい!」
「応!」
散々女神に「待て」を言い続けられた坂東武者のボルテージは既にMAX状態だ。誰でも良いからやってしまいたい。
腰の太刀を抜くなんてまどろっこしい。もう素手で行ってやる。
「何だこの侍男は? 素手でどうにかなると思ってんのか?」
女神に一瞬驚いた不屈だがすぐに余裕を取り戻して防ごうとする。
しかし彼の余裕とは裏腹に、三郎の拳を受けたマント状の魔力はガラスの様に砕け、不屈の頬面に拳が突き刺さった。
「ぶりぇだっはっ!?」
潰れた悲鳴を上げて不屈は数メートルふっ飛ばされる。
今までの攻撃ダメージでマントの防御力が落ちていたか、または不屈が油断してたからなのか、とにかく朝比奈三郎の前では大した障害ではなかったのだ。




