第6話:楽珍マーケットへようこそ!
「せ、瀬尾さん……! なにか出ました……! 画面見てください!」
「あ? なんだこれ……?」
息を呑んで固まる澪に、瀬尾が怪訝そうな顔を向ける。
澪は頭の中に浮かんだ『通販魔法』という項目を、半信半疑で強く意識してみた。すると、二人の目の前に、見慣れたスマートフォンやパソコンの画面のような半透明のウィンドウが立ち上がった。
そこにズラリと並んでいたのは——いつも使い慣れている、あのオンラインショップの画面だった。
画面の上部には、見慣れた赤と白のロゴが大きく表示されている。
『楽珍マーケットへようこそ!』
トップページには『お買い得品!』『新着商品』『タイムセール』といった文字が躍り、お弁当、パン、ジュースから、キャンプ用品、服、日用品まで、あらゆる商品が綺麗に画像付きで並んでいる。
「これ……これって要するに、通販サイトじゃないですか! 楽珍マーケットです!」
「は……? 通販……?」
瀬尾が顔を近づけ、画面を覗き込む。
「マジかよ……。異世界で通販使えるのかよ……」
「システムが完全にネットショッピングです! あ、見てください瀬尾さん! お弁当ありますよ! おにぎりもサンドイッチも!」
「マジで言ってんの……? 相沢さん…頼むからなんか買ってくれ……! 俺はもう腹が減って死にそうだ……」
「はいっ! えっと……カートに入れて……注文……あ」
画面を操作していた澪の手がぴたりと止まった。
画面の右上、カートの横にある『残高』の表示が目に入ったからだ。
『現在の所持ポイント:0 pt』
『※魔石をチャージしてください』
「あ……瀬尾さん、ポイントがありません……ゼロです……」
「はぁ!? ここでお預け食らうのかよ……! ……待て、チャージ?」
瀬尾はピンと来たように、先ほど解体して澪に持たせていた『青い魔石』を指さした。
「それ、画面にかざしてみろ」
「え? あ、はい!」
澪が半透明の画面に魔石を近づけると、画面がポーンと軽やかな効果音を立てた。
『魔石(中)を1個確認。10,000 ポイントに変換しますか?』
「へ……?一万……!? 一万ポイントですか!?」
「マジで!? 命がけで倒した甲斐があったな……! 相沢さん、迷わずチャージだ!」
「はいっ!」
画面をタップした瞬間、澪の手の中にあった綺麗な青い結晶が、さらさらとした光の粒となって消えていった。そして画面の残高表示が『10,000 pt』へと変わる。
「消えた……! 一気に一万ポイントになりました! これなら何でも買えます!」
「助かった……! 頼む、食えそうならなんでもいいから早めにしてくれ……!」
「はいっ! えっえっと……温かいお弁当と、お茶と……!」
澪は慌ただしく画面を操作し、幕の内弁当(450 pt)、ガッツリ系の大盛り唐揚げ弁当(500 pt)、緑茶のペットボトル2本(1本50 pt)をカートに入れ、『注文を確定する』を押した。
『ご注文ありがとうございます。商品は足元へ転送されます』
画面にメッセージが出た次の瞬間——二人の足元の地面に、ポコンと大きな白いレジ袋が現れた。
「……出た」
「……本当に出た……!」
二人は吸い寄せられるように膝をつき、レジ袋の中を覗き込んだ。
そこには、コンビニやスーパーで見慣れた、ほんのりと温かいお弁当と、冷たいお茶が入っていた。プラスチックの容器の感触、割り箸の木の匂い。過酷な森の中に突如現れた現代の味覚に、二人とも涙が出そうになる。
「瀬尾さん……これ、本物です……!」
「……食おう。今すぐ食おう」
二人は川の近くの平らな石に腰掛け、割り箸を割った。
「いただきます……!」
一口、唐揚げを口に運んだ瀬尾が、ガチッと動きを止めた。
「……うまっ……」
「おいしい……! 温かいです……! すごく美味しいです……っ!」
極限の空腹と疲労のなかで食べる、ごく普通のお弁当。味の濃い唐揚げと、ほかほかの白いご飯が、カラカラに乾いた体に染み渡っていく。澪は思わず目元に涙を浮かべながら、夢中でお弁当を口に運んだ。
瀬尾も、普段のスマートな姿からは想像もつかないような勢いで大盛り弁当をかき込んでいる。
「ふぅぁ……生き返った……マジで生き返ったわ……」
お弁当を綺麗に平らげ、お茶を飲み干した瀬尾は、石に背中を預けて空を仰ぎ見た。泥だらけのシャツ、腫れた右手、乱れた髪。けれどその顔には、ここに来て初めて心の底からの安らぎが浮かんでいた。
「相沢さん……君のそのスキル、神だな。勇者(笑)の俺より100倍役に立つわ」
「そんなことないです! 瀬尾さんがあの巨大なトカゲを倒して、魔石を取ってくれたから買えたんですよ。瀬尾さんが戦ってくれなかったら、私、今頃……」
「まあ、お互い様ってことだな」
瀬尾は胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、最後の数本になった煙草を一本咥え、ライターで火をつけた。白い煙がゆらりと立ち上り、独特な匂いが漂う。
「……これで、食料と水と道具の心配はなんとかなりそうだな。あの魔石さえ手に入れれば、通販で何でも買える」
「そうですね! 残りもまだ8,950ポイントありますし、テントとか着替えの服も売ってました!」
「着替え……マジで今すぐ欲しいな。こんな泥だらけのスーツ、脱ぎたくて仕方ねぇわ」
瀬尾は煙草を美味しそうに吸い込みながら、ふっと柔らかく口元を緩めた。
「君の『通販』と、俺の『ストレージ』……案外、いいコンビかもな」
「ふふ、本当ですね。これなら……この危険な森も、なんとか抜け出せそうですね」
木漏れ日を浴びながら、二人は温かいお茶の余韻に浸り、久しぶりの穏やかな時間を噛み締めていた。




