第5話:初戦闘と輝く石
「……なんなんだあの化け物は、相沢さん、俺の後ろに隠れて」
低く囁く瀬尾の顔は、自分でも分かるほど引きつっていた。
「グオオオオンッ!!」
直後、トカゲのような怪物が低く唸りを上げ、太い四肢で地面を蹴った。見た目に反した恐ろしいスピードで、二人のもとへ一直線に突進してくる。
「走れっ!! 逃げるぞ!!」
「ひっ……はいっ!!」
瀬尾は瞬時に澪の手首を掴むと、猛スピードで森の奥へ向かって走り出した。
戦うなんて選択肢は最初から存在しない。武器もない、お腹もペコペコ、相手は軽トラサイズの怪物。逃げる一手以外にあり得なかった。
「はぁ……はぁ……っ! 追ってきます瀬尾さんっ!」
「ちっ……しつこいな! 腹減ってんのはこっちも同じなんだよ!」
だが、ボロボロのパンプスで足元を取られる澪と、極限状態の二人の体力では、巨体で木々を倒しながら迫る怪物から逃げ切れるはずもなかった。背後から嫌な風と地鳴りが凄まじい勢いで迫ってくる。
「きゃっ!?」
湿った木の根に足を取られ、澪が派手に転倒した。
「構うな!そのまま伏せてろ!」
瀬尾は振り返るなり、澪を飛び越えるようにして立ちふさがった。もはや逃げ切れないと悟り腹をくくる。
「グギャアッ!!」
直後、怪物が口を大きく開け、鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってきた。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ……!」
瀬尾は襲いかかる顎を紙一重でかわすと、怪物の首元にしがみつき、そのまま全身の体重を込めて、力任せに拳を叩き込んだ。
何度も、何度も。
「っらぁえ!!」
バキッという嫌な音が森に響き渡り、怪物の巨体がぐらりと傾く。瀬尾はそのまま頭部へ思いっきりの右ストレートを叩き込んだ。
ドスッと鈍い音がして、怪物はビクツついた後にベタリと地面へ崩れ落ち、動かなくなった。
「ハァ……ハァ……ハァ……っ! 死ぬかと思ったわ、マジで……」
瀬尾は膝に手をつき、肩で激しく息をついた。泥と汗、そして飛び散った返り血でドロドロになり、右拳は赤く腫れ上がっている。
「瀬尾さん……っ! 大丈夫ですか……!?」
木陰から起き上がった澪は、半ば泣きそうな顔で瀬尾のもとへ駆け寄った。
「無茶しすぎです……! 私を庇ってあんな大きなのに素手で挑むなんて……怪我、痛みますよね!?」
動揺して声を震わせる澪に、瀬尾はだるそうに手を振りながら、ハァと大きな溜息をついた。
「おう……なんとか生き延びたわ。……最初は全力で逃げる気満々だったんだけどな。まあ、後輩の前で格好悪く食われるわけにもいかねぇだろ。っつーか、くっせ……はーちょっと洗ってくるわ」
瀬尾は腕についた怪物の血を嫌そうに見つめると、すぐ近くの川辺へ向かい、ジャブジャブと冷たい水で返り血を洗い流した。
その時、二人の目の前に浮かぶ画面から、ピコーンと電子音が響いた。
(――条件を満たしました。固有アビリティ『勇者の加護』により、スキル『ストレージ』を獲得しました)
「……あ? ストレージって……収納か?」
腕を拭きながら戻ってきた瀬尾が画面を操作し、転がっている怪物の巨体に手をかざすと、一瞬で死体が消えた。
「うわっ、本当に消えた……。あ、画面に『ヴェノムラザード(1)』って入ってるな」
「丸ごと入っちゃうんですね……!」
「でさ……これ、画面の中に『解体する』ってボタンがあるな。試しに押してみるか」
瀬尾が画面の『解体する』をタップすると、ポーンと軽い効果音が鳴り、画面上の表記が『皮』『肉』『骨』といった素材の一覧に変わった。
そして、そのリストの一番下に一つだけ気になる項目を見つける。
「『魔石』……? なんだこれ」
瀬尾が画面を操作して魔石を取り出すと、その手に手のひらサイズの綺麗な結晶が現れた。深みのある澄んだ青色をしており、内部からほのかな光を放っている。
「うわ……なんですかそれ。すごく綺麗な石ですね」
「おう。解体したらこれが出てきた。……ちょっと持ってみろよ。なんか温かいぞ」
瀬尾から手渡された青い結晶を、澪は両手で包み込むように受け取った。冷え切っていた澪の手の中で、魔石はぽかぽかに優しい温もりを伝えてくる。
「あ……本当だ、温かい……」
澪がその温もりにほっと息を吐き、魔石をぎゅっと握りしめた、その時だった。
『ピコーン!』
澪の頭の中に、今まで一度も聞いたことのないアナウンスが響き渡った。
『条件を達成しました。【魔素の吸収】を確認』
『スキル【通販魔法】が解放されます』
「……え?」
突如頭の中に流れた音声に、澪はフリーズした。
「おい、相沢さん? 急に固まってどうした?」
「せ、瀬尾さん……いま、何か聞こえませんでしたか……?」
澪の手の中で、青い魔石が淡く輝きを増していた。




