第4話:異世界2日目の朝と、巨大な悪夢
異世界で迎えた、二日目の朝。
固い地面と冷気、そして絶え間ないお腹の虫の音で何度も目を覚ました澪は、バキバキに痛む体をなんとか起こした。
隣を見ると、瀬尾が焚き火の灰の横で、シャツの袖をまくったまま腕を組んで座っていた。相変わらずダルそうな顔をしているが、宣言通り一晩中見張りを続けてくれていたらしい。
「あ……瀬尾さん、おはようございます。寝てないんですか?」
「ん……おう。身体が勝手に警戒してんのか、全然眠くならねぇわ。ステータスのおかげかもな」
瀬尾は首をゴキゴキと鳴らすと、自分の前髪を乱暴に掻き上げた。
「朝飯は……まあ、我慢しろ。川の水で腹膨らませるくらいしかできねぇわ」
「うぐ……お腹と背中がくっつきそうです……」
胃が空っぽで力が入らない。川の水で喉をうるおすことくらいしかできないのが虚しかった。
「よし、落ち込んでても腹は膨らまねぇ。川沿いを下ってみるぞ。水があるところには、だいたい街道か人里があるもんだろ」
瀬尾が立ち上がり、地面の灰を足で踏み消す。澪もボロボロのパンツスーツの泥を払い、重い足取りで瀬尾の後を追った。
川沿いのぬかるむ足元に気を配りながら歩みを進める中で、澪は前を行く背中に問いかけた。
「……ねぇ、瀬尾さん」
「なんだ?」
「私達をここに呼び出したのって……一体誰なんでしょうね」
「誰、ねぇ……。あのステータス画面が出たってことは、召喚魔法みたいなやつか?」
「そうですよね。でも普通、ファンタジーの小説とかだと、王様とか聖女様が『ようこそ勇者様!』みたいに豪華な部屋で迎えてくれるんじゃないですか? なんでこんな、誰もいない森のど真ん中に放置なんですか?」
「それな。俺もそこが一番納得いかねぇわ。呼び出すだけ呼び出しておいて、説明会もなしで放置プレイとか、どんなブラック組織だよ」
瀬尾は心底嫌そうにフンッと鼻で笑った。
「考えられるとしたら、二つか。一つは、召喚の儀式とやらが失敗して、変な場所に落ちたか。もう一つは……」
「もう一つは?」
「召喚した奴らが、俺たちを人里から遠く離れた場所に意図的に捨てたか。あるいは……国同士の戦争とか、魔王討伐のための兵器として勝手に引っ張ってこられたかだな」
瀬尾の冷ややかな推測に、ぞくっと背筋が寒くなった。
「……それ、最悪じゃないですか。もし街に着いたとして、召喚した人たちに見つかったら、強制的に戦わされたりするんですかね」
「さあな。だが、もしそんな奴らが現れたら、俺は全力でブチ切れる自信があるね。だいたい、労働契約書も交わしてねぇのにタダ働きさせる気なら、勇者の力でその城ごとぶっ壊してやるよ」
「……瀬尾さん、発想が悪役側です」
「ハッ、召喚しておいて放置する奴らが悪役に決まってんだろ」
吐き捨てるように言う瀬尾を見て、まあ言ってることは一理あるか、と心の中でこっそり同意した。
「……とにかく、まずは情報収集だ。街に着いたら、誰がどんな目的で俺たちを呼んだのか、探りを入れながら動くぞ。下手に『勇者です』なんて名乗ったら、ロクなことにならねぇからな」
「はい……! 隠密で行きましょう」
二人で深く頷き合った、まさにその時だった。
『ピロロン! ピロロン! 危険を検知しました! 危険を検知しました!』
「うわあああっ!? なに、何事!?」
静寂に包まれた森の中に、突如として電子的な音が爆音で響き渡った。まるで緊急地震速報か最新型の防犯アラームのような甲高い音が、耳を刺す。
「なん……これ!? アラーム!? 電波入ったんですか!?」
慌ててポケットに手を突っ込み、自分のスマートフォンを取り出したが、画面は真っ黒のままでウンともスンとも言わない。隣の瀬尾も舌打ちしながら携帯を取り出したが、同じ状態だった。
「スマホじゃねぇ! こっちだ!」
瀬尾が指さした先——二人の目の前の空間に浮かんでいたのは、あの半透明の『ステータス画面』だった。画面全体が禍々しい赤色に明滅し、大きな警告マークが点滅している。
『近隣に敵対生物の接近を感知。警告レベル:低』
「ステータス画面にアラーム機能なんてあんのかよ! 音がでかすぎるんだよ!」
「瀬尾さん! 早く音消してください! 逆に何か引き寄せちゃいます!!」
「どこで消すんだよコレ! 設定ボタンどこだよ!?」
焦る瀬尾が画面を雑に叩いていると、川の向こう岸の草むらがバキバキと大きく揺れた。
次の瞬間、風向きが変わり、腐った肉とドブが混ざったような強烈な臭いが鼻をついた。
「うっ……! 何この匂い、臭い……っ!」
思わず鼻を覆った視界に、草むらを押し分けて姿を現した『それ』が飛び込んでくる。
「嘘……でしょ……大きすぎる……」
そこにいたのは、軽トラックほどもある巨大なトカゲのような怪物だった。
赤黒いゴツゴツしたウロコ、耐え難い悪臭、人間の体ほどもある太い首。
ズシン、ズシンと巨体が地面を揺らすたびに、絶望的な威圧感が押し寄せてくる。
「ひっ……!」
自分のステータスが「筋力G、HP80」であるという事実が生々しい恐怖に変わり、足がすくんで一歩も動けない。心臓がドクドクと激しく鳴り響いていた。
「……おい、しっかりしろ。後ろに下がれ」
瀬尾が自分を庇うように一歩前に出た。
だるそうにしていた声が、聞いたこともないほど強張っている。
二人の目の前に現れたのは、武器も何もない今の二人にはあまりに巨大で、圧倒的な死の気配を纏った生物だった。




