第42話:貧血の勇者と、気まぐれな魔王
「死んじゃうかと思った……」
放心状態のまま、澪はぽつりと呟いた。
智矢はキャンピングカーのベッドで身体を休めていた。傷自体は澪の魔法で綺麗に塞がったものの、一瞬で大量の血を失った身体は重く、貧血が残っている。
「……おかげで助かった。……心配かけて悪かったな」
ベッドの上で苦笑いを浮かべ、智矢はどこか申し訳なさそうに言った。
「……っはぁーーーーーーー……治って良かった……ほんとに良かった。……私、がんばったんだよ?」
澪は泣きそうな顔でベッドの縁にぐったりと頭を乗せ、深い深いため息をついた。無事に助かったのだと改めて実感し、張りつめていた緊張が一気に解けていく。
智矢は目元を少し緩めてフッと笑うと、大きな手でその頭を優しく撫でた。
「ありがとな、澪」
澪は、まるで褒められたみたいで嬉しくて、思わず笑顔になった。
智矢の手が離れると、澪はベッドの縁に肘をついてその顔を覗き込んだ。
「……ねえ、あの時何があったの?智君が倒れるなんて、今まで一回もなかったのに……」
「……俺もよく分かんねぇんだよな。気配すらない距離からいきなりデカいの飛ばされてさ。魔法で威力を殺して剣で弾こうとしたんだが、押し切れなかった。どこから撃たれたかも分かんねぇわ」
「……あいつらが、智君を……」
「ん?」
「……よく覚えてないんだけど、智君が倒れた後に出てきた奴がいたの。『トドメを刺す』って言ってた気がする……あいつらが犯人だよ。頭に血がのぼってて、気がついたら吹き飛ばしてたけど……」
「……お前、よく無事だったな。怪我はないか?」
「うん。大丈夫だったよ」
「……そっか。よかった」
「あんな卑怯なことしてきて……ほんと許せない。……体辛いだろうから暫くゆっくり寝ててね」
「ああ、……そうするよ」
智矢は青白い顔のまま、どこか力なくハハッと笑った。
「……見たかったな。澪が暴れてるとこ」
「そんなの見なくていいの!っていうか、自分でも必死すぎて頭真っ白だったんだから!栄養のつくもの作ってくるから大人しく横になってて」
智矢に毛布をかけ直してから、澪はキッチンへ向かった。
(血を補うなら……やっぱり鉄分とタンパク質だよね。レバーに、ほうれん草に、ひじきに、あさり……あとお肉も食べてほしいな)
とにかく身体に良さそうな食材を頭に浮かべ、楽珍マーケットの画面を操作して一気に取り出した。
大学時代から忙しい両親に代わって料理をしてきた澪は、慣れた手つきで調理していく。
そうしてあっという間に出来上がったのは、ご飯に豚レバーとほうれん草の炒め物、ひじきと豆の煮物、あさりの味噌汁、そして香ばしく焼き上げた鶏胸肉のハーブソテー。
(見た目はちょっとまとまりないけど……いいよね?……これで鉄分もタンパク質も完璧だし!早く元気になるといいな……!)
お盆に豪華でめちゃくちゃな組み合わせを乗せて、澪は智矢の待つベッドへと運んでいった。
一方、遥か遠くの魔王城。
「……それで逃げ帰ったわけね。あっははッ、君たちボロッボロだねえ」
豪華な玉座に浅く腰掛けたルシアンは、ズタボロになって膝をつくドレイクとバルザックを見下ろして笑っていた。
「も、申し訳ございません、魔王様……っ!勇者には……確実に致命傷を……っ、ぶほっ……!」
ドレイクが折れた肋骨を押さえ、血を吐きながら激しく咳き込む。隣のバルザックは、ズタズタに切り刻まれた腕をだらりと垂らし、虚無の目で佇んでいた。
「使えないハゲと大男だしー!アホだし!」
ペトラが嘲笑うように舌を出した。
「なっ……言わせておけば……っ、痛たたた……っ!」
「まあまあ、ドレイク。言い返す余裕もないようですし、見苦しいですわよ。勇者を警戒して奇襲を選んだ判断はともかく、実際のところ人間の女一人に吹き飛ばされて逃げ帰ってきたのは事実ですわ」
ヴァレンティナが、冷ややかな視線で溜息をつく。
「く……っ!だが魔王様!あの娘の力は本物……ッ!放っておけば必ず後々恐ろしい脅威となりますぞ……ッ!」
激痛に顔を歪ませながら熱弁するドレイクに、ルシアンは「ふーん」と気のない返事をして、どこかウキウキとした様子で顎に手を当てた。
「まあいいさ。僕が直接、澪を迎えにいくとしよう♪」
「なっ……魔王様自ら!?我らが不甲斐ないばかりに、お手を煩わせることになるとは……!」
大真面目に恐縮するドレイクの横で、バルザックは深くうなだれていた。
「我々もご一緒します!」
「あーいいよ。君たちは休んでて。僕も気が向いた時にのんびり出かけることにするよ」
ルシアンはひらひらと手を振ると、玉座の背もたれにゆったりと身体を預け、澪の美しい魂や珍しい美味に思いを馳せながら、愉しげに瞳を細めるのだった。
そこへ、カタカタとお盆を揺らしながらセバスが歩み寄ってきた。
「ふぃ、ふぉーふょん(ポーション)……ふぁへ(持って)ふぃ(来)まふか……?」
「え、ほんと?君たち、セバスがポーション持ってきてくれるって!良かったねぇ」
「あ、あふっ……お気持ちだけで、十分でございます……セバス殿!じ、自分で……取りにいきますゆえ……っ!」
ドレイクが激痛に顔を歪め、必死に手を横に振る。セバスの驚異的な速度だと、地下の調合室からポーションを持って戻ってくるまでに間違いなく日が暮れる。
「ふぁい……っ」
だが、セバスはドレイクの言葉などハナから耳に入っていない様子で嬉しそうに深々と頷くと、カメのような歩みで一歩一歩、出口に向かって歩き始めた。
「あ、あの……セバス殿……?ほんと、に……大丈夫ですので……ぐはっ……!」
全身傷だらけのバルザックが血を流したまま、消え入りそうな掠れた声で言った。
「……む、無駄だ……ドレイク……。セバス殿の耳には……魔王様の言葉しか、届かん……」
「なっ……!じ、自分で取りに行った方が……絶対に早いのに……っ!お、俺たち日没まで……この激痛に……っ、ま、魔王様ーーーっ!!」
「ふふ、気をつけて行ってきてね〜♪」
ルシアンが笑顔で手を振る横で、ボロボロの二人は遠ざかる老執事の背中をただ絶望的な目で見送るしかなかった。




