第41話:覚醒の魔法
「嘘……嘘でしょ、腕が……腕が……!!」
ヒッ、と喉が引きつり、激しい絶叫が口から漏れた。パニックで視界がぐにゃりと歪む。
どうしよう、どうしたらいいの、これ、どうやって止めればいいの!? 包帯? 止血帯!? いや、こんな傷、素人の応急処置でどうにかなるレベルじゃない! 死んじゃう、このままだと智君が死んじゃう!!
震える手で智矢の体をなんとか動かそうとした時、地面に付いていた智矢の右脇腹が視界に入り、澪の思考が完全に止まった。
そこは大きく引き裂かれ、肉が深く抉れ落ちて肋骨が剥き出しになっている。腕の傷だけでも限界だったのに、そこからさらに追い討ちをかけるような凄惨な傷。
「うそ……こっちも……!? 嫌だ、嫌だ嫌だよ……っ!」
目の前の光景を頭が拒否して、真っ白になりかけた。
けれど、澪は奥歯を強く噛んで自分を叱咤した。
(待って、まずは落ち着いて……! 呼吸……呼吸して……! 安全を確保しないと……!)
「けっ、かい……!『結界』!!」
叫ぶように声を張り上げた。
二人を包み込むように、空中でゆらりと空気の層が揺らぎ、結界が展開される。ほんの少しだけ外の気配が遮断された。けれど、内側の惨状は何一つ変わらない。
「誰か……! 誰か助けて!! 誰でもいいからあ!!」
見知らぬ異世界の森に向かって、虚しく声を張り上げる。涙で視界がぐちゃぐちゃになり、智矢の血で染まる地面の上に滴り落ちた。
「……っ……だっ……せ……っ……ゆだん……した……」
腕の中で、智矢が掠れた声で呟いた。血の気が完全に引いた唇が、ガタガタと震えている。
「喋っちゃダメ! 喋らないで智君!!」
「澪……逃げ……」
「黙ってって言ってるでしょ!!」
泣き叫びながら、智矢の胸元を強く掴みしめた。
「ぅぅ……っ」
何もすることができず、ただ泣くことしかできない自分が、たまらなく悔しかった。
いくら叫んだって、誰も助けになんて来てくれない。この広い異世界で、二人きりなんだ。智矢を助けられる人間は、世界中で澪しかいない。自分がどうにかするしかないんだ!!
(創造魔法……! でも、人間の体なんて作ったこともないのに……! ――ううん、迷ってらんない、やるしかない……!)
ステータスに刻まれた『創造魔法』の文字を強く思い浮かべる。魔力だけは無駄にあるのだ。
できるかどうかも分からない。だけど——絶対、絶対に助ける!!
「治って……お願いだから、お願いだから元に戻って!!」
澪は震える両手を智矢の凄惨な傷口の上にそっとかざし、狂ったように体内の魔力を注ぎ込んだ。魔力回路が焦げ付くような感覚。脳ミソが焼き切れそうなほどの熱量が、掌から溢れ出していく。
(皮膚を、 肉を、 骨を、 血を……繋ぎ止めて!!)
無我夢中でイメージを叩きつけると、掌の下で温かい光が爆発的に弾けた。
頭の中で何かが機械的に告げる声が響いたが、意味を理解する余裕なんてなかった。
溢れ出ていた鮮血の勢いが、ピタリと止まる。肉が引き寄せられ、皮膚が微かに盛り上がっていくのが見えた。
「やった……できた……っ! でも、まだまだ……足りない……!」
完全に塞がったわけじゃない。元通りには程遠い。それでも、確実に血が止まり、智矢の荒い呼吸が少しだけ落ち着いた。
安堵の涙が溢れかけた、その時だった。
「ちっ……まだ息があるか。恐ろしい打たれ強さだな」
結界の外から、耳障りな低い声が響いた。
ハッと顔を上げると、土煙の向こうから、禍々しい魔力を放つ二人の男が歩み寄ってくるのが見えた。
「全力でやったのになあ、しぶといやつだ」
「まあでも、これで終わりだな。トドメ刺すぞ、結界ごと叩き潰せ」
ヘラヘラと嫌な笑みを浮かべながら、手元に黒い魔力を集め始める二つの影。
その光景を見た瞬間、澪の中で何かがブツリと音を立てて切れた。
血管に冷たい毒が駆け巡るような、猛烈な熱が全身を支配する。頭のてっぺんがジリジリと焦げる音が聞こえる気がした。心臓が破裂しそうなほどの勢いで脈打ち、体の奥底から、制御不能なほどの膨大な魔力が暴走し始めていた。
「……あんたたちなの?」
澪の低く震えた声に、男たちが一瞬ピタリと動きを止めた。
「智君に……こんなことしたの……」
ゆっくりと立ち上がる。血に染まった自分の手をぎゅっと握り締め、冷え切った視線で二人を睨みつける。
「あんたたちかって聞いてんだよああああああああーーーーっっっ!!!!」
内側から溢れ出た凄まじい魔力が、澪を中心にドッと爆発した。一瞬で視界が真っ赤に染まり、自分でも何をしているのか分からない。ただ、智矢を傷つけた奴らを、この世から塵ひとつ残さず消し去りたいという強い殺意だけが、澪の手から目に見えない波となって放出されていた。
「なっ……なんだこの魔力は——!?」
男たちが発動しようとした攻撃が一瞬で粉々に打ち砕かれ、暴走した魔力の波が大気を切り裂いて襲いかかる。
「ごはっ……!? ぐぁぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
大柄な方の男が、まるで紙切れのように吹っ飛ばされた。頑丈な鎧がひしゃげ、胸骨が叩き折れる鈍い音が森に響き渡る。
「ひぎゃああああっ! 腕が、俺の腕がぁぁっ!!」
もう一人の男もまた、見えない魔力の波に全身をズタズタに切り刻まれ、大量の血飛沫を撒き散らして転がり回った。
圧倒的な死の圧迫感。これ以上喰らえば命はないと本能で悟った大柄な男は、折れた胸を押さえ、血を吐きながら胸元の魔道具へ必死に魔力を込めた。
「引け……ッ! 引き上げるぞバルザック!! こいつは化け物だぁぁぁっ!!」
禍々しい紫の光が二人を包み込むと、周囲の空間が一瞬で歪む。凄惨な血煙を残し、二人は逃げるようにかき消えていった。
静寂が戻ってきた森の中で、澪は肩で激しく息を吐いていた。
全身の震えが止まらない。ハァ、ハァ、と荒い吐息が白い煙になって消えていく。
「智君……!」
崩れるように再び地面へ膝をつき、智矢の傷口へ両手を重ねる。
溢れ出る魔力を全て智矢の体へ注ぎ込んだ。ただひたすらに、傷が塞がることだけを祈りながら。
(こんなとこで絶対に死なせない。絶対に、私が治す……!)
切れかけの息を必死に繋ぎ止めながら、澪はもう一度、光る手を傷口にかざし続けた。




