第40話:迫る影と、崩壊する日常
カリスの冒険者ギルドで素材の売却を済ませた二人は、自由都市フリージアを目指し、魔族領の森の中を順調に進んでいた。
木漏れ日が心地よく差し込む広場にキャンピングカーを停め、束の間の休息をとる。
「ねえ智君。魔族領って聞いてたからもっと凄いの想像してたけど、人族領とあんまり変わんないね」
「な。国境の警備もガバガバだったし」
「ふふ、まあ穏やかなのは良いことだよね。……あ、そうだ。ずっと運転してくれて疲れてるでしょ? ちょっと良いもの作ってあげる」
「何だよ急に」
澪はすっと息を整え、頭の中にしっかりイメージを思い描く。
智矢を労おうと、地球で話題だった疲れがとれるモノを思い浮かべた。
魔力が持っていかれる感覚と共に、澪の手の上にポコッとそれが現れる。
シリコン製のウネウネとした何本もの足がついた、まるで小さなタコかクモのような電動マシン。
ポチッとスイッチを入れると、何本もの足がうにうにと怪しく蠢き始めた。
「……なにこれ」
「頭皮マッサージ機! 疲れに効くかなと思って……」
そこまで言って、澪はうにうにと動くマシンをまじまじと見つめた。
魔力で作ったからか無駄に性能が良すぎて、蠢く足の質感も動作も妙にリアルで不気味だ。
「……うわ、なんか……出しておいてなんだけど、気持ち悪い……」
「お前が作ったんだろ」
智矢はひょいっとマシンを手に取ると、躊躇なく自分の
頭にポンと乗せた。
ブーウィン ブーウィン ブーウィン
「……あー、これ、めちゃくちゃ気持ちいいわ」
思わず澪は、ドン引きの視線を送ってしまう。
「えぇ……本当? 見た目かなりアレだけど……」
「見た目以上にできるヤツだぞこれ。澪もやるか?」
「私はやらない!疲れてないし!智君持っててね」
澪はその隣に並べた椅子に腰かけ、ぼんやりと風に揺れる木々を眺めながら智矢に声をかける。
「お昼、何食べたい?」
「んーパスタ?」
ブーウィン ブーウィン
「なんで疑問形なのよ……じゃあミートソースとかどう?」
「ん、俺が好きなの知ってんのか?」
ブーウィン ブーウィン
「知らないよ。ただ私が食べたかっただけだよ」
「じゃそれ食いたい」
「うん、わかった」
ブーウィン ブーウィ――
気が済んだのか、智矢は頭からマッサージ機を外してストレージに収めた。
澪はクスッと笑って立ち上がると、キャンピングカーの中へと入っていった。
車内のキッチンで小鍋を取り出し、挽き肉とトマトのソースを煮込み始める。ぐつぐつと音を立てる鍋から、ハーブの香ばしい匂いが漂い始め、実家の台所にいるような心地いい錯覚に包まれた。お玉でソースを混ぜながら、窓の外へ目をやる。智矢は折りたたみ椅子に深く腰かけ、ゆったりと煙草をふかしていた。
(平和だなぁ……)
そう思って口元を緩めた、まさにその時だった。
上空数千メートルの雲海に潜み、ドレイクとバルザックは地上で煙草をふかす智矢を見下ろしていた。
「……キールの報告にあった男か。本来なら正面から組み伏せたいところだが」
「ああ。だが、あの領域の猛者相手に正面から挑めば、戦いに巻き込んであの女を死なせるか逃がすかになりかねん。魔王様への絶対の忠誠を果たすには……」
「不本意だが、上空からの奇襲一択か。武人の矜持を捨ててでも、確実に任務を完遂する」
「魔王様から賜ったこの宝玉を使えば、魔力を何十倍にも増幅できる。あの男だけを狙い撃ち、一撃で骨も残さず叩き潰すぞ」
「了解した。……行くぞ」
二人は宝玉を掲げ、極限まで殺気と気配を殺したまま、ありったけの魔力を流し込んだ。黒い輝きが膨れ上がり、空気が激しく歪む。
「——放て!!」
「はぁぁぁっ!!」
ズドドドドドォォン!!!!
はるか頭上の死角から、大気を引き裂く凶大な衝撃波が襲いかかった。
「——っ、な……!?」
あまりに完璧な奇襲に、智矢は煙草をくわえたまま目を見開くのが限界だった。瞬時に魔法を展開して威力を削ぎ、腰の剣を抜き放って刃で受け止める。だが、初動の遅れと上空から叩きつけられた極大の質量までは殺しきれず、着弾と同時に周囲の地面がクレーター状に爆砕した
凄まじい衝撃波でキャンピングカーがグラリと大きく横転しかけ、コンロの上の鍋が盛大にひっくり返った。
「きゃっ……!?」
熱々のトマトソースが床に飛び散ったけれど、そんな熱さを気にする余裕なんて一瞬で吹き飛んだ。
外から漂ってきたのは、焦げ臭い煙と、異質な魔力の残滓。そして、強烈な、生臭い鉄の匂い。
「智君……!?」
心臓が嫌な跳ね方をした。澪は慌ててドアを押し開けて外へ飛び出した。
「智君! 今の音なん——」
声が、喉の奥で凍りついた。
吹き荒れる土煙の中、折りたたみ椅子は木っ端微塵に砕け散り、その数メートル先で泥の上に倒れ伏す男の背中。
「あ……が……っ、は……」
「智君……!?」
駆け寄り、その身体を抱き起こそうとして、澪は自分の目を疑った。
直撃を受け止めた右腕が、肩の根本近くから酷くねじ曲がり、肉と骨が潰れて千切れそうになっていた。傷口から、尋常じゃない量の鮮血が溢れ出し、地面を赤黒く染めている。
「嘘……嘘でしょ、腕が……腕が……!!」
ヒッ、と喉が引きつり、激しい絶叫が口から漏れた。




