第38話:魔王城の謁見と、魔王の思惑
魔族領の奥深くにそびえ立つ魔王城。
静かな謁見の間で、重厚な玉座に腰掛けたルシアンは、冷えた紅茶のカップを静かに揺らしていた。
「ふ、ふしあんはまぁ……おふぁわりを……ふはふ、ふは……っ」
「ありがとう、セバス。ゆっくりでいいよ」
「ふぁい……っ」
ガタガタと震える手でティーポットを持ち、お茶を注ぐ古参の老執事セバス。
大柄なドレイクは不機嫌そうに腕を組んだ。
「……魔王様。先ほど街で見かけたあの男が、本当に勇者なのですか? 大した魔力も感じられませんでしたが……」
「そうだよー! 人間の男ひとりに何ビビってんのルシアン? アタシが頭からドカンと潰してくれば一発じゃん!」
大ハンマーを肩で担ぎ直したペトラが退屈そうに叫ぶ。参謀役のヴァレンティナが冷ややかな視線を向けたが、ルシアンは気にした様子もなく柔らかく目を細めた。
「ふふ、無理もないよ。勇者召喚なんて二百年ぶりのことだからね。まだ君たちが生まれる前の話だ」
ルシアンの言葉に、隣で控えていたセバスが深く深く首を縦に振った。
「ほほ、うむうむ……ふはふ、あふ(あの)ひ(時)も……ふしあん(ルシアン)はま(様)に……ふかえふぇ(仕えて)おりふぁふぃ(おりました)……ふは……っ」
「うんうん、そうだね。あの時も僕に仕えてくれてたよね」
「ふぁい……っ」
なぜか完璧に聞き取れるルシアンは静かに微笑みながら、優雅にカップに口をつけた。
「本来、この世界は人族、獣人族、僕たち魔族、そしてエルフ族がそれぞれの大陸を分け合って平和に暮らしてきた。表向きは、って部分もあるけれどね。それで上手くいっていたんだ。……ただ、勇者が現れた場合は別なんだよ」
ルシアンの瞳の奥にスッと冷たい光が宿る。その雰囲気に、ペトラも思わず口をつぐんだ。
「まあ、人族同士はいつも醜く争っているみたいだけどね。どこかの私利私欲にまみれた誰かが、勝手に勇者召喚なんて行った証拠だ。世界征服か、全てを思い通りにしようとした驕りの証明のようなものさ。……召喚された勇者個人に恨みはないよ。でもね、あんな存在に力をつけられたら、何よりもたちが悪くなる。放置すれば、いずれ全種族が束になって戦っても勝てなくなる可能性だって出てくる。……だから、早く芽を摘まなければね」
「さすがは魔王様! この世界の安寧までも見据えておられるとは……!」
知性派のバルザックが感銘を受けたように頷く横で、ドレイクが自信満々に胸を叩いた。
「なら俺が今すぐ行って、その勇者とやらを叩き潰してきます!」
「待ちなよ、ドレイク。いきなり襲撃するのはナシだよ」
「……何故でございます? あの程度の男、俺がひとひねりにしてみせます!」
「あの男と一緒にいた『澪』という彼女……少し触れてみたけれど、彼女の魂はね、僕がずっと求めていた稀有で美しい色をしていたんだ。……そういえば昔も、綺麗な魂の側には、ああいう男がくっついていた気がするけれど……まあいいや。とにかく、彼女は僕のそばにいるべきだと思うんだよね」
ルシアンはうっとりと自分の胸に手を当てて酔いしれている。
「……魂、ですか?」
「そうさ! 君たちには見えないのかな、あの息をのむほど綺麗な色が。……ん、はぁ……思い出すだけでゾクゾクしてくるよ……っ! だから絶対に無傷で連れてきたいんだ。まずは僕が直接出向いて、彼女を連れて帰るとしようかな♪」
「魔王様自らお出ましになるなど! その役目、ぜひこのドレイクにお命じください!」
ドレイクはフンッと鼻を鳴らすと、太い両腕の力こぶを強調するような決めポーズをとった。
「あの男を仕留め、そのお嬢さんは傷一つつけずにお連れしてみせます!」
「え〜? でも君、力任せに壊しちゃいそうだしなぁ……」
「滅相もございません! 乱暴など一切働かず、無事にお連れいたします!」
「ふーん……。まあいいや、そこまで言うなら任せるよ。あ、でも彼女がどんなものを好んでいるのかも調査して報告しておくれよ。僕の城に、彼女を閉じ込めて甘やかす『豪華な箱庭』を作るためにさ」
「御意。尾行には気配を消すのが得意なキールに向かわせます。彼女の嗜好、しっかりと探らせましょう」
ヴァレンティナが静かに一礼すると、ルシアンは嬉しそうに両手を頬に添え、部屋づくりの構想に浸り始めた。
「頼んだよ。……ふふ、どんな部屋にしようかな♪」
「ふはふ……わふぃも……かふぁいい(可愛い)おへやふくり(作り)……てふだ(手伝)いまふぉ……ふぁぐ」
「ほんと? 『可愛いお部屋作りを手伝う』って言ってくれてるんだね。嬉しいなぁ、ありがとうセバス」
「ふぁい……っ」
「ねーねーねー!!アタシもその小娘見に行きたいー!」
「ペトラ、静かにしなさい」
ヴァレンティナがペトラを嗜める横で、ドレイクがニヤリと笑う。
「吉報が届き次第、すぐにでも打って出ます。あの勇者とやら、骨の一本も残さず叩き潰してみせますよ」
――謁見の間を退出し、静かな廊下へ出たところで、ドレイクは拳をグッと握りしめた。
「早く報告を持ち帰ってくれよ、キール。届き次第、あの勇者を血祭りにあげてやる」
「命じられるまでは大人しく待っていろ、ドレイク」
並んで歩くバルザックが、呆れたように肩をすくめる。
「魔王様のご命令だ。抜かりなくこなすぞ」
「分かってるさ。……腕を鳴らして待つとしよう」
ドレイクはフンと鼻を鳴らすと、重厚な足取りで廊下の奥へと歩き出した。




