第37話:カリスの街と瑠璃色の瞳
カリスの城門前は、検問を待つ人や荷車で埋め尽くされていた。
強面な兵士たちが荷車を厳しく調べているのを眺めながら待っていたが、智矢がギルドの証明書を提示すると、あっさり通り道をあけられた。
無事に門を抜け、そのまま大通りへと歩き出す。
「いろんな種族の人がいて、歩いてるだけで楽しいね」
「大きな交易都市みたいだな。迷子になんなよ」
「もぅ。あ、見て! 猫耳の人いないかな……あの人も、あっちの人も犬耳かウサ耳だよね」
「猫か。そのへんに転がってんじゃねえの」
「転がってたら拾っちゃうよ〜」
行き交う人々を眺めながら歩いていると、すっかり防寒具を身につけている人や厚手のコートを着込んでいる姿が目についた。風もずいぶん冷たい。
「日本は梅雨だったのに、こっちはすっかり冬になりそうだねぇ」
「コート着てる奴もいるしな。この感じだと、すぐ本格的に冷え込みそうだな」
「でしょ? 最初の街で買った服だけじゃ乗り切れないし、今日のうちに冬服も買い足しておきたいな」
「じゃあ先に服屋行くか」
大通り沿いにあった大きな衣料品店に入ると、店内には様々な素材やデザインの冬物が整然と並べられていた。智矢は入り口近くにあった黒い革コートにふと目を留め、手を伸ばそうとした。
その瞬間、全身ど派手なファーを纏った店主がぬっと現れた。
「あらぁ〜! お目が高いわね! 最高じゃないそのお兄さんの体格! 素晴らしい、絶品! この黒の革コートなんて着ちゃったら、街中の人が振り返って倒れちゃうわよ!?」
「じゃ買わねえよ」
「ガハハ!冗談よ冗談! 減るもんじゃないんだから羽織ってみてちょうだい! ……って、ちょっと待って!? そっちのお嬢さんもすっごく可愛いじゃない! 肌が真っ白! このモコモコの白いマフラーと淡いピンクのジャケット、絶対似合うわ! ほら着てみて!」
店主の勢いに思わず圧倒されかけたが、差し出された服のセンスは抜群だった。
智矢は黒ベースのコートやジャケットを迷いなく次々と選び、澪もおすすめされたアウターや普段着用のニットを何着か買い込む。
「二人とも本当に素敵よ! 気をつけて行っておいでねぇ!」
おじさんなのかおばさんなのか分からない店主に見送られ、二人とも大満足の良い買い物ができた。買った服は店を出てすぐ、それぞれのストレージへと放り込んでおいた。
「ふぅー……楽しかったけど、さすがに疲れたぁ」
「じゃあ少し休んどきな。俺はちょっとそこの武器屋見てくる」
「あ、じゃあ私、近くのベンチで待ってるね」
「遠く行くなよ」
「もぅ。子供じゃないんだから! 結界もあるし大丈夫だってばぁ」
智矢は片手をひょいと上げて応えると、ずっしりとした木製のドアを押して店内へ消えていった。
その後ろ姿を見送ってから、澪は大通り沿いに置かれた木製のベンチに腰を下ろした。ここからなら行き交う人々や露店が一望できて、眺めているだけでも飽きない。
色鮮やかな布を広げた露店には、見たこともない装身具や彫刻が並んでいる。
(あの青い石の飾り、綺麗だな……ちょっと近くで見てこようかな)
ぼんやりと露店を眺めていた、その時だった。
「見かけない顔ですね……この街には旅行ですか?」
(うわ!びっくりした……!!)
すぐ隣から聞こえた声に、澪はドキッとして顔を向けた。
いつの間に座っていたのか、気配すらまったく感じなかった。
隣に腰掛けた青年は足を組み、優雅にこちらを覗き込んでいる。
さらりと揺れる美しい銀髪に、質の良さが一目でわかる仕立てのいいコート。透き通るような肌と彫刻のように整った顔立ちは、まるでどこかの貴族かと思わせるほど現実味のない美形だ。
なにより目を引いたのは、吸い込まれそうなほど深い瑠璃色の瞳だった。
「あ、はい……今日この街に着いたばかりで。連れを待ってるんですけど……」
「そうですか。この街は珍しいものが多いでしょう。もしよろしければ、おすすめの場所をご案内しましょうか?」
丁寧で物越しの柔らかい対応だった。声も聞き心地がいい。
けれど、微笑む青年の瞳の奥に、なにか底知れない冷たさのようなものを感じて、澪の背筋にゾクッと小さな寒気が走った。直感が「関わらない方がいい」と小さく告げている気がした。
「いえ、大丈夫です。もうすぐ連れが戻ってきますので」
「そうですか、それは残念だ」
青年は静かに立ち上がると、すれ違いざま、ごく自然な動作で澪の肩にポンと軽く手を置いた。ほんの一瞬、指先が触れただけなのに、一瞬息が詰まるような妙な感覚が駆け抜ける。
「……また、すぐに会えるといいですね」
そう言い残すと、青年は名乗ることもなく、そのまま人混みの中へと優雅に去っていった。その背姿を目で追おうとしたが、通りかかる人波に紛れてあっという間に見失ってしまう。
(……なんだったんだろ。綺麗な人だったけど、ちょっと不思議な感じの人だったな……)
「お待たせ。何見てんだ?」
すれ違うように武器屋のドアが開き、智矢が店内から出てきた。
智矢の姿を見た瞬間、胸の奥に張り詰めていた謎の緊張がスッと溶けていく。
「あ、おかえり! 珍しい武器あった?」
「まあまあだな。それより、さっき誰かと話してただろ」
「あ、うん。隣に座ってきた人に、ちょっと話しかけられただけだよ」
「ふーん……」
智矢は去っていった人混みの奥へ視線の向きを変えると、眉をわずかにひそめたが、すぐに歩き出した。
「ギルドで素材売りに行くか」
「うん! 行こっか」
――二人の姿が人混みの向こうへと消えていくのを、遠くの物陰から見つめる青年の唇が歪な弧を描いた。
(やっぱりね……『綺麗な魂』だ……見つけちゃったよ♪)
街の喧騒の中、誰にも気づかれることなく、青年の姿が揺らめくように空間へ溶け込んで消えた。




