第36話:小さな町の夜空
カリスまであと半日ほどの場所にある小さな町――ポポラに入った頃、空は綺麗な茜色に染まり始めていた。
街道沿いの広場にはオレンジや紫の魔導ランプが吊るされ、通りは屋台を楽しむ人々で混み合っている。
徒歩で町に入ると、行き交う人々は鮮やかで濃い色の瞳をした魔族が中心で、ちらほらと獣人や人族の旅人の姿も見られた。通りがかった町人が「今夜は年に一度の町の創立記念祭なんだよ」と教えてくれた。
「へえ、お祭りなんだ。ちょっと覗いてみない?」
「行くのか? ……まぁ、行くか……」
智矢はポケットに両手を突っ込んだまま、立ち並ぶ屋台の方へと歩き出した。
通りには木製の的に矢を当てる遊戯屋台があり、人集かりができている。見てみると、紫色の瞳をした男の子が的に向かって矢を放ったところだった。カチンと音がして見事に命中したものの、的はビクともしない。
「はい残念! 当たっても倒れなきゃ景品はお預けだよ!」
悪びれもせずニヤニヤと笑う店主の前で、男の子は悔しそうに半泣きで立ち尽くしている。その店主の足元に、澪は透明な釣り糸のようなものが伸びているのを見つけた。
「あそこ、糸で固定してる……ズルしてるよ、あれ」
「セッコいことしてんなぁ〜」
智矢は男の子の隣へ歩み寄ってひょいと手を出した。
「おい、一回貸してみろ」
「え……?」
きょとんとする男の子から弓を受け取ると、焦る店主を余所に、智矢は弦を引くこともなく、手にした矢をそのまま指先で弾いた。
「あ、お客さん! 横取りは勘弁――」
――バチィンッ!
弾かれた矢は一瞬で的へ届き、仕掛けの糸ごと的の真ん中を豪快に撃ち抜いた。そのまま景品のカボチャの形をした可愛らしい木彫りの細工が転がり落ちてくる。
「「「……!?」」」
呆然とする周囲を無視して、智矢は落ちた木細工を拾い上げると、男の子の手にぽんと載せた。
「ほら、持ってけ」
「あ、ありがとう……!」
男の子が嬉しそうに走り去るのを見送り、智矢は引きつった顔で固まっている店主をジロッと見ると、クルッと背を向けた。
「行くぞ、澪」
「うん!」
何事もなかったかのように歩き出す智矢の後ろを、澪は笑顔で追いかけた。
気を取り直してさらに奥へ進むと、道の両脇にびっしりと屋台が立ち並んでいた。串に刺さった青く光る謎の果物や、モクモクと煙を上げている巨大な肉塊が並び、威勢のいい呼び込みの声があちこちから聞こえてくる。
「わ、見て智君。あの果物、発光してるよ……」
「絶対お腹壊すやつだろ。あっちの肉もどうせ例の味つけだろ?」
「ふふ、そうかもね。食べるのはちょっと勇気がいるね」
露店を横目に通りを抜けると、ひときわ人集かりができている大きな屋台があった。巨大な鉄のタワーと大きな木槌が置かれている。
「いらっしゃい! 腕自慢の男たち、この木槌で台を叩いててっぺんの鐘を鳴らしてみろ! 鳴らせた奴には特製酒をプレゼントだ!」
ガタイの良い男たちが挑戦しては、半分ほどまでしか光が届かず悔しがっている。
「へぇ、力測定なんだ。智君なら一発だね」
「やらねえよ。めんどくさい」
「あら、自信ないの?」
「……お前なぁ」
智矢は呆れたようにため息をつくと、店主に銅貨を放り投げて重そうな木槌を片手でひょいと持ち上げた。
「おい、あんた片手じゃ――」
「これでいいんだろ」
智矢は澪の方を見て言い放つと、そのまま適当に木槌を振り下ろした。
――ガツンッッ!!
凄まじい衝撃音が響き、目盛り代わりの魔導光が瞬時にタワーのてっぺんまで駆け上がった。
――カーーーーンッ!!
甲高い鐘の音が鳴り響くと同時に、タワーの頂上部分が煙を上げて火花を散らし、そのままバキッと音を立てて後ろに傾いた。
「「「……!?」」」
静まり返る広場。智矢は何事もなかったかのように木槌を地面に置き、手渡された特製酒のボトルを受け取った。
「おい、壊れてんぞこれ」
「壊したのはあんただよ!?」
店主が引きつった声を上げた直後、周囲で見ていた町人、特に若い女子たちの目が一斉に輝いた。
「すごい……! 片手であんなの見たことない!」
「ねえ、どこの騎士様!? どこの小隊の人!?」
「かっこいいー! 一緒にお酒飲まない!?」
黄色い声援と共に、ワーッと女子たちが押し寄せてくる。
「っチ……おい、走るぞ!」
「えっ、うわっ!?」
智矢は澪の手首をガシッと掴むと、そのまま人波を掻き分けて勢いよく走り出した。後ろから「待ってー! 騎士様ー!」と追いかけてくる声が聞こえる。
「智君、モテモテじゃん!」
「笑ってねえで足動かせ!」
二人で必死に路地裏を駆け抜け、町外れの静かな川沿いまで来ると、ベンチに腰を下ろして一気に息を吐いた。追っ手の気配がないのを確認し、澪はストレージからキャンピングカーを取り出した。
「ふぅ……すごかったね。無事に逃げ切れてよかった」
「たく……余計な煽り入れるからだろ。あんな大群から逃げるハメになるとは思わなかったわ」
「智君が目立ちすぎるからだよ。自業自得ですぅぅ」
「壊れるような軟弱な台を作った店主が悪い」
「絶対加減間違えてたでしょ……」
二人で車内に入り、智矢は勝ち取った特製酒のボトルをテーブルにドンと置いた。澪も缶チューハイとグラスをストレージから取り出して並べた。
その時、外からヒュゥゥゥ……と空を切り裂く高い音が聞こえてきた。
ヒュゥゥゥ……ドドーーーーン!!
キャンピングカーの窓の外で、お腹に響く音と共に夜空いっぱいに巨大な光の花が咲き誇った。金色の光がしだれ柳のように下り、夜空を鮮やかに染めていく。
「あ、花火! 車の窓からでもすごくよく見えるね、綺麗〜」
「向こうの世界のと変わんねえな。結構本格的じゃん」
智矢は特製酒のボトルを開け、グラスに注ぐと一気に口へ運んだ。
「ん、これ案外美味いな。度数高めだけど」
「本当? じゃあ私にも一口……うわ、強っ! よく平気な顔で飲めるね」
「余裕。水みたいなもんだわ」
「絶対うそでしょ。喉焼けるかと思ったわ……なにこれ、顔が『いーっ』てなるやつじゃん」
思わず顔に強くシワを寄せて文句を言う澪を、智矢は可笑しそうに見つめながら、満足そうにグラスを傾けている。
「明日はカリス到着だしさ、今夜は花火見ながら宴会だね」
「おう。美味いつまみ、食いたいな」
「はいはい、お任せくださいな」
澪はストレージから、お酒に合いそうなおつまみを次々とテーブルに並べ始めた。
「お、酒が進むやつ〜」
満足そうにおつまみをつまむ智矢と並んで、二人は窓の外に上がる大きな花火を眺めた。




