第35話:広がる世界と未知の種族
国境の手前でキャンピングカーを一度ストレージへと仕舞い、徒歩で検問を通り抜けた。
無事に国境を越えてから、人目のない木陰で再び車を出して走らせること数時間。車窓から見える景観は、人族の領地とは少しずつ変わり始めていた。
道幅が広くなり、街道沿いを行き交う旅人や商人の姿もちらほらと増えてきている。
「……ねえ!見て見て!あの人達!」
「ん?」
「動物の耳が生えてる……! 本当にぴこぴこ動いてるよ!」
ハンドルを握る手と思わず前傾姿勢になる身体をどうにか抑えながら、澪はバックミラーや窓越しに視線を躍らせた。
頭の上に立派な犬耳を生やした男性や、ふさふさとした狐の尻尾を揺らして歩く女性。物語や絵本でしか見たことがなかった存在が、目と鼻の先で普通に生活している。
「獣人族か。へえ、本当にいるんだな」
「うわぁ……! こっちに来てからずっと普通の人間しか見てこなかったから、なんかすごくワクワクしてきちゃった。」
人族の国では生活環境の違いからか、なぜかほとんど見かけることがなかった異種族たち。それがここでは当たり前のように共存し、楽しそうに笑い合っている。
「すごいなぁ……本当に獣人族っているんだね! なんだか次の街に行くのがすっごく楽しみになってきた!」
「まあ、変に突っかかってこねえなら何族だろうとどうでもいいけどな」
智矢は背もたれに深く体を預けたまま、煙草の箱を指先で弄びながら窓の外を眺めている。
口元を緩めながら吐き出された声に、澪は思わず笑った。
そんな会話をしながら進んでいると、前方の街道脇で一台の大きな荷車が立ち往生しているのが見えた。
大柄な男性と小柄な青年が、外れた車輪を囲んで困り果てたように頭を抱えている。大きな荷物が満載された荷車は、軸が折れかけて完全に傾いていた。
見た目は普通の人間に近い大柄な男性だが、その体に纏う魔力は人族とは比べものにならないほど濃い。
「道、塞がってんな」
「ちょっと止めるね」
澪は街道の端に車を寄せて止めた。
智矢はふぅと息を吐くと、サッと車を降りて立ち往生している二人の方へと歩いていく。澪も車を降りて智矢の後ろに続いた。
「おい、困ってんのか?」
「うわっ……! あ、いや、すまないね旅人さん。車軸がやられちまって、重くて持ち上がらなくてね……」
大柄な男性が申し訳なさそうに汗を拭う。
智矢は荷車を一瞥すると、ためらう様子もなく、片手を荷車の底へ差し入れた。
「ちょっと退いてろ」
「え? いやいや、これ大人数人掛かりでも無理な重さで――」
言いかける男性の目の前で、智矢は「ほい」と軽い掛け声と共に、数百キロはありそうな荷車を片手で軽々と持ち上げてみせた。
「「えええええ!?」」
男性と青年が同時に目を見開いて叫ぶ
驚愕する二人を余所に、智矢は軽々と荷車を持ち上げたまま言った。
「澪、車軸。できるか?」
「えっ、あ、うん……! できるかな……やってみる!」
澪は折れかけた車軸にそっと手をかざし、欠けた部分を補うイメージで創造魔法を集中させた。
亀裂を埋めるように光が収まると、車軸は元通り綺麗に補強されていた。
「よし……これで大丈夫なはず!」
「おう。じゃあな」
智矢は持ち上げていた荷車をそっと地面に下ろすと、何事もなかったかのようにくるりと背を向けた。
「あ、待ってくれ! 助かった、本当にありがとう! 俺はカリスで商売をしてるバロンっていうんだ! お礼と言っちゃなんだが……!」
慌てて追いかけてきたバロンから、見たこともない綺麗な青色の果物をいくつか手渡された。
「カリスに向かってるのかい? あそこは色んな種族が集まるでかい街だから、活気があって良いところだぞ! 気をつけてな!」
「ありがとう、いただきますね」と笑顔でお礼を言い、二人はキャンピングカーへと戻った。
再び走り出した車内で、澪は貰ってから洗っておいた果物を一口かじる。甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩んだ。
「美味しい! 智君も食べる?」
「食べる」
智矢は差し出された果物を一口で頬張り、満足そうに果汁を味わった。
「果物は美味いが……飯は期待できそうにねえなあ。カリスに着いたら、街を見るだけ見て飯は車内で食うわ」
「ふふ、そうだね。……あ、そういえばさっきのバロンさんたちって魔族だよね? 黄色とか深緑で、瞳の色がすごく綺麗だった」
「ああ。魔族って書いてあったわ。角もねぇし、目の色で分かるのは手軽でいいんじゃねぇの」
「やっぱりそうなんだ! ……人間に対する偏見とかも、全然なさそうだったよね」
「どうなんだろな」
初めて目にする種族たちの活気と、未知の街カリスへの期待を胸に膨らませながら、澪は心地よい速度で車を走らせていった。




