第33話:挨拶は基本です
国境近くに設置された厳重な検問所。その周囲を埋め尽くすように、レオンハルト率いる追撃隊が陣を構えていた。
澪はキャンピングカーの陰から様子を窺いながら、隣に立つ智矢の背中を見上げる。
「本当に一人で行くの?」
「おう。澪は車の中で待ってろな。すぐ終わる」
軽い調子で言うと、智矢はポケットに手を突っ込んだまま、堂々と検問所の中央へと歩いていった。
頑丈な丸太の柵の前で警戒していた騎士たちが一斉に色めき立ち、槍を構える。だが智矢は気にも留めず、営業スマイルを貼りつけたまま片手を挙げた。
「やあやあ皆さん、こんにちは〜」
しん、と辺りが静まり返った。誰も反応しない。
困惑した顔で見合わせる騎士たちを見て、智矢はにっこりと笑ったまま、地面に向かって容赦なく拳を振り下ろした。
ズドドォォォオオン!!!
「「うわああああっ!?」」
爆発じみた衝撃で土煙が舞い上がり、検問所に集まっていた騎士たちが数人まとめて空へ吹き飛んでいく。悲鳴と怒号が交差する惨状の中、智矢は腹の底から大声を張り上げた。
「挨拶には——、挨拶で——、返すんだろッ!!?」
ズドドォォォオオン!!!
「「ギャアアアアッ!?」」
(えっ、理不尽すぎない……!?)
草陰から見ていた澪は、あまりの理不尽さに思わず口元を押さえた。笑いそうになるのを必死でこらえる。
「あ、あれはやばいやつです……!」
奥のほうで誰かが震えた声を上げた。
吹き飛ばされた騎士たちを見下ろし、智矢は悪びれもせずに言葉を重ねる。
「俺になんか用があんのか?」
「え、えーと……えーと……」
たじろぐ騎士たちを見て、智矢はさらに笑みを深める。
「あるんだろ? 追っかけて来てたもんなー!!?」
ズドドォォォオオン!!!
再びの豪快な一撃に、検問所全体が完全にパニックへと陥った。慌てて後方へ走り出した騎士たちが、奥に設営された豪華な本陣テントの中へとなだれ込んでいく。
その奥では、レオンハルト、アラン、サイラスの三人が、外から響く爆音と悲鳴にガタガタと震え上がっていた。
「ど、どうしましょう殿下!」
「あれはダメです、まともに相手しちゃダメなやつです!!」
悲鳴を上げながら逃げ込んできた騎士たちの叫びに、レオンハルトたちは顔を見合わせる。
「おい二人が先に行け! 私は実務担当だ……!」
怯える部下たちの背後で、当の三人は互いの服を激しく掴み合い、見苦しく押し付け合いを始めていた。
「な、なにを怯えている! 勇者なれば我が一言でひれ伏すはずだ! おいサイラス、お前が盾になれ! アラン、お前は後ろからあの束縛魔法を唱えろ! さあ! 行け! 今だ!」
「ふざけないでください第二王子殿下! 私は騎士団長であって肉盾ではありません! そもそも殿下こそが——」
「おい、待て待て、出番だぞアラン!! 早く魔法を使え!! 今だ!!」
「ええっ、今ですか!? ――我、契約の地に眠りし大地の精霊たる導きに乞う! とか言ってる場合じゃないですよ! あんな爆撃の中で詠唱なんて無理です!!」
「いいから唱えろ! 私の完璧な美貌に傷がついたらどうする! 行け!」
「私の命の次に大事な前髪だって吹き飛びます! サイラス、早く前へ!」
「誰が行くか! 私の胃の限界はとうに突破しているんだぞ!」
押し付け合いは収まるどころか、あまりの恐怖でパニック
を起こした三人の口からは、ついに日頃の鬱憤まで噴出し始めていた。
「そもそも殿下こそ、いつも無駄に派手な鎧をガチャガチャ鳴らして口ばっかりじゃないですか!」
「なっ、なんだと愚か者め! 騎士団長なら黙って私を護れ!胃の心配より私の心配をしろ!!」
「だいたいアラン! お前の前髪なんて誰も見てないんだから、鏡なんか捨てて早く呪文を唱えろ!!」
「はあ!? 前髪になんてこと言うんですか! サイラスこそ 同い年のくせに老け込みすぎて見ていられませんよ!!」
「老けてるとはなんだ! 誰のせいでこんなに気苦労が増えたと思ってんだ!!」
「お前が行け」「いやお前だろ」「鎧がうるさい」「老け顔」「前髪」「私は殿下だぞ」「知るか」と、見苦しく罵り合いながら揉め散らかしている間にも、外からは容赦のない声が響く。
「おいおいおい無視かよ〜悲しいな〜」
ズドドォォォオオン!!!
(全然悲しそうじゃない……。むしろめちゃくちゃ楽しそうなんだけど、この人……)
口元をニヤつかせながら爆発を連発する智矢の姿は、澪の目にはどう見てもただの愉快犯だった。
だが、ふと智矢は自分の拳を見つめ、真顔でぼそりと呟いた。
「加減、難しいな……」
その声だけは、そこそこ真剣そうだった。
「おーい。ここの代表どいつだー」
「「「お前が行け!!」」」
絶対に前へ出たくない三人は、互いの肩を力いっぱい押し引きした。そのせいで「お前が行け!」「いやお前だ!」「お前だ!」と、奇跡のチームワークで円陣のままグルグル回転し始める。
そのままもつれ合い、最終的には逃げ腰のまま背中合わせでガッチリ腕を組み合い、綺麗な三角形でピタリと固まってしまった。
「時間は有限ですよ〜」
ズドドォォォオオン!!!
「ほんとにあれは勇者なのか!? 悪魔ではないのか!?」
「残念ながら……勇者なのです……」
目を回しながら変な体勢のまま手鏡を落としたアランが、顔を真っ青にして呟く。
そんな酷すぎる惨状を見かねたのか、テントの奥から一人、若い青年が静かに幕を押し分けて歩み出てきた。
「お、なんか出てきた」
「はじめまして、勇者殿」
「勇者言うな」
礼儀正しく一礼した青年に、智矢はじろりと目を細める。
「見ない顔だな」
「私、ルヴィニア王国第4王子、エリオット・フォン・シャウエンブルクと申します」
丁寧に名乗る青年の裏側では、別の思惑が冷ややかに渦巻いていた。
(兄上たちに任せていたら、いつまで経っても事態は解決しない。……私がどうにかして、この隠し持った『隷属の首輪』で勇者を縛り上げ、手柄を総取りしてやる)
皮肉な笑みを心の奥に隠し、エリオットがさらに一歩踏み出そうとした瞬間に、智矢の視線が、彼の腰に下げた小さな箱に落ちた。
「ほう、無害そうに見えて物騒なもん持ってんな」
「……っ!?」
一瞬で顔が青ざめたエリオットを見て、智矢は心底うんざりしたように、大きなため息をついた。
「ほんっと、ろくな奴いねえな。お前の国はよっ」
ドッゴォォォオオオン!!!
本日一番の豪快な衝撃波が吹き荒れ、地響きとともに検問所そのものが激しく吹き飛んだ。
豪華な本陣テントも一瞬でビリビリに破れ飛び、エリオットはもちろん、後ろで変な体制で組み合っていたレオンハルト、アラン、サイラスまでもが空中へ打ち上げられる。
「「「「ぎゃあぁぁぁあああああっ!!!???」」」」
悲鳴を上げて綺麗に重なり合いながら地面へ転がっていく重鎮たちを一瞥し、智矢はくるりと澪の方へ振り返った。晴れやかな笑顔だった。
「っと♪ 話す価値なしっ! 帰るぞー澪」
「はーい!」
澪はキャンピングカーに乗り込み、智矢はもう一度だけ崩壊した検問所の方を振り返った。
「あーそうそう! これ以上付きまとうならお前の国の城粉々にぶっ潰す!!! って言っといて? じゃっ!」
ポケットに手を突っ込んだまま乗り込んできた智矢に、澪は引きつった笑いを向ける。
「お疲れ、智君……。これで追っ手が来なくなるといいけど……」
「ほんとな。おし、行くぞー」
「……ねえ、あの人たち本当に大丈夫なの? めちゃくちゃ吹き飛んでたけど」
「加減したから、大丈夫だろ」
アクセルを踏み込むと、キャンピングカーは検問所を置き去りにして滑らかに走り出した。バックミラーに映る騎士たちの惨めな姿は、あっという間に小さくなって遠ざかっていった。
一方、ボロボロの姿で命からがら城へと逃げ戻ったレオンハルトたち。
謁見の間で報告を受けた王と重臣たちは、長い沈黙のあとに結論を出した。
「力ではどうすることもできない」
そう判断した末に彼らが選んだのは、なんと今更の懐柔作戦。
これほどの大差を見せつけられておきながら、そんな策が今更通用するはずもない。相手の感情や立場を考えるというごく当たり前の感覚すら、この王国の重臣たちには欠落している。
自分たちの都合しか見えていない身勝手な愚者たちが手遅れの策を捏ねくり回す中、ルヴィニア王国の未来は、一体どうなってしまうのだろうか。




