第27話:極上の魔石とお返しの逸品
クラウスに促されるまま、二人はフェルゼン商会の奥にある豪華な応接室へと通された。
重厚な革張りのソファに腰を掛け、出されたお茶に少しだけ口をつける。ほどなくして、クラウス自身が大事そうに木箱を抱えて戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。こちらが当商会の倉庫で保管していた、最高級の魔石でございます」
置かれた木箱が開けられると、そこから放たれた力強い光に澪は思わず目を見張った。
大人の拳ほどもある魔石がぎっしりと詰まっている。
(うわぁ……こんな大きな魔石、見たことない……!)
「……ねぇ、これ、ポイントに換算したら相当な額になりますよ」
澪が小声で囁くと、智矢は無言のまま口角を上げた。彼が軽く手をかざすと、木箱の中の魔石が一瞬で消え、ストレージへと納められる。
「助かるわ。これだけもらえりゃ十分だ」
「このようなものでよろしければ、いくらでもお持ちください! テオの命の恩人であられるお二人のお役に立てるなら、安いものでございます!」
だが、上質な魔石の価値を思い浮かべると、ただ貰うだけではどうにもおさまりが悪い。
(金貨で払おうとしても受け取らないだろうし……)
澪は智矢に目配せをしてから、通販魔法で購入してストレージに保管していた上品な小箱を取り出した。
「あの、たくさんの魔石をいただいたので、私からも少しお礼をさせてください。これ、私の故郷の調味料なんです」
「調味料、ですか?」
澪がテーブルに差し出した小箱を開けると、そこには濃口醤油と万能出汁、そして焼肉のタレの瓶が収められていた。
「お肉やお魚に少し使うだけで、すごく美味しくなるんです」
「ほう……ありがたく頂戴いたします」
クラウスは丁寧な手つきで小箱を受け取ると、ふと蓋を開けて香りを確かめた。
「……不躾ながら」と、耐えきれなくなったクラウスが焼肉のタレを指先に一滴垂らし、舐めた瞬間――カッと目を見開いて膝から崩れ落ちた。
「――っ!? 脳が……脳が揺れる……っ!! なんという圧倒的旨味……っ! 王宮の極上料理すら霞んでしまう……! おい、誰か料理長を呼べ! 今すぐ試食させるんだ!!」
崩れ落ちたまま激しく大騒ぎし始めたクラウスを、智矢はお茶をすすりながら面白そうに見物している。
そこへ慌ただしい足音が響き、白衣を着た商会の専属料理長が駆け込んできた。
「当主、いかがされましたか!?」
「これを見ろ……いや舐めろ! 時代の歴史が変わるぞ!!」
「は、はあ……? ――っ、んんんんっ!?? な、なんですこの神の雫のような味はーーっ!?」
応接室で大の大人が二人して膝を突き合わせ、神格化されたタレの瓶を拝むように大騒ぎし始めた。
(……タレ一滴で神の雫はオーバーでしょ。どこに向かって拝んでるのあの人たち……)
目の前で繰り広げられるカオスな光景に、澪はポカーンと口を開けて呆然とするしかない。隣を見ると、智矢はお茶を吹きそうになりながら、必死に笑いを噛み殺していた。
「……ねぇ、放置してて大丈夫ですか? 料理長さん、なんか感極まって泣き始めてますけど」
「面白ぇな、あいつら」
「ちょっと……! アレ渡して大丈夫だったんでしょうか……」
「大丈夫だろ」
涙目でタレを拝み続ける二人を前に、澪はどん引きした視線を送る。
クラウスはハッと我に返ると、涙で顔をくしゃくしゃにしながらバッと膝をついた。
「失礼いたしました……! あまりの衝撃に理性を失ってしまい……っ! これほど奇跡的な逸品、当商会の宝として生涯大切に味わわせていただきます! お二人様、もしこの街で困りごとがあれば、このクラウス、命に代えても力になりますぞ!!」
智矢はスッと立ち上がると、お茶のカップを置いた。
「よし、じゃあ俺らはこれで失礼するわ」
「あ、そうそう! 喜んでいただけて良かったです、それじゃあ失礼しますね」
澪も慌てて智矢の隣へ並び、深々と頭を下げるクラウスたちに手を振りながら、二人は自然な足取りでササッと商会を後にした。
大通りに出て、ようやく人混みに紛れると、澪はふうと息をついた。
「なんだか熱量がすごかったですね……」
「ウケたな。よっぽど美味かったんだろうな」
「笑い事じゃないですよ。私、途中でちょっと怖くなりましたもん」
「まあまぁ、未知の味を知ったんだから仕方ないだろ。……つーか、なんか腹減ってきたな」
「……実は私もです。なんだかんだいい時間ですし、お腹空いちゃいました」
「だろ。何食う?」
「今日は奮発して、お寿司にしませんか?」
ピタッと智矢の足が止まった。
「乗った。すぐ車出すぞ」
さっきまでの緩い足取りが嘘のように智矢の歩くスピードが速くなり、「ちょっと、速いですって!」と澪は慌てて隣を並び直した。
街の外に出て人目のない木陰に着くと、智矢がストレージからキャンピングカーを取り出して設置した。二人は手早く車内へ滑り込む。
鍵をかけてエアコンの効いた車内に座ると、澪はさっそく貰った魔石を『楽珍マーケット』にチャージした。画面上のポイントが跳ね上がったのを見て、二人で思わず顔を見合わせる。
ストレージから取り出してテーブルの上にどんと広げたのは、ツヤツヤと輝く特上の桶寿司と日本酒の瓶だ。
脂の乗ったトロを口にし、お猪口の酒をぐっと飲み干した智矢は、長々と幸せそうな息を吐き出した。
「はぁ……沁みるわ。やっぱり通販最高だな」
「大満足ですね。……あ、ところで手元の金貨ってどうします? 結構残ってますけど」
澪が問うと、智矢はお猪口を傾けながら言った。
「ご飯は通販で出せるし、寝床もこの車があるだろ。ぶっちゃけ、この世界で金貨持ち歩く意味があんまり無くなったんだよな」
「言われてみれば宿代も浮いてますしね。ポイントに換えた方が私も買い出ししやすくて助かります」
「だろ。明日またあの商会行って、手持ちの金を魔石に換えてもらうか。クラウスなら融通利かせてくれそうだしな」
「えっ……またあのテンションに付き合うんですか? 絶対また拝まれますよ」
「魔石出してくれるならなんだっていいだろ」
「絶対他人事だと思ってますよね……。まあ、でも次の目的地の温泉街に着いたら、たまには本物のいい宿を取って温泉に浸かりたいです」
「それ用のお金だけ残しておけば十分だろ。よし!食うか」
カチンとお猪口とグラスが軽く合わさり、二人はのんびりと箸を伸ばした。




