第26話:城壁都市レリアと予期せぬ再会
アルトリアの街を旅立ってから、数日が過ぎた。
のどかな街道を、黒いキャンピングカーは順調に進んでいる。すっかりこの快適な移動生活にも馴染んできた頃だった。
流れる景色を眺めていた澪は、ふと思いついて運転席へ身を乗り出した。
「ねえ、そろそろこのキャンピングカーに名前つけませんか?」
ハンドルを握る智矢が、前を向いたまま眉を寄せる。
「名前? 車に?」
「はい。すっかり私たちの家みたいになってますし、愛着湧くじゃないですか。ほら、真っ黒でコロンとしてるから、おはぎちゃんとかどうですか?」
「ずいぶん硬そうなおはぎだな……」
智矢は前を向いたまま、ふっと口元を緩めた。
「じゃあ、黒豆ちゃんは?」
「普通に煮物みたいだな」
「えー、じゃあ何かいい案ないんですか?」
「カプセルホテル・ブラック」
「絶対嫌です! せっかくのマイホームを安宿みたいに言わないでください」
「じゃあ保留だな」
話をしているうちに、フロントガラス越しの景色が開けた。
街道の先に見えてきたのは、見上げるほど頑丈で巨大な石の城壁だった。
城壁都市レリア。最初に立ち寄ったアルトリアとは比べものにならない規模の大きさに、澪は思わず言葉を切り、息をのんだ。
(うっわ、高い……どこまで続いてるのこれ?)
広大な城壁の圧倒的な存在感に気圧されつつ、澪は街道の手前、人目のつかない木々に囲まれた場所へと視線の向きを変えた。そこで智矢がゆっくりと車を停車させる。
「よし、この辺でしまっておくか」
「お願いしまーす」
二人が車から降りると、智矢がひょいと手をかざした。一瞬で巨大なキャンピングカーが空間に吸い込まれるように消え、智矢のストレージへと納められる。
「やっぱり車だと移動が楽でいいですね。足も全然疲れませんし」
「だな。まあ、街の中にこのデカい車で突っ込むわけにはいかねぇし、ここからは歩きだ」
徒歩で大門へと向かうと、門の前には重厚な鎧を着た門番たちが並び、商人や旅人の長い列ができていた。周囲を見渡せば、巨大な荷馬車や見たこともない魔獣を引いた行商人たちがひっきりなしに行き交っている。
「うわ、人の数が段違いですね……うっかり離れたら一瞬で迷子になりそう」
「これだけ人が多けりゃ変に目立たなくて好都合だわ。変な奴らに絡まれるのも面倒だしな」
智矢がポケットに手を突っこみ、軽い足取りで列の後ろに並ぶ。無事に入城手続きと身元確認を済ませて門をくぐり抜けると、視界が一気に開けた。
石畳の大通りの両脇には重厚な石造りの建物が整然と立ち並び、行商人たちの威勢の良い掛け声と、色とりどりの衣装を纏った人々でごった返していた。
「どこ見ても賑やかですね……! 露店もいろんなお店が出てます」
「この辺りだと一番の商業拠点らしいな。一通り見て回るか。何か珍しいもんでも売ってるかもしれねぇしな」
「あ、見てくださいあの果物! 見た目はリンゴみたいですけど、すっごく青紫色ですよ」
「どれ……うわ、絶対酸っぱいかエグみがあるやつだろあれ。俺は遠慮しておくわ」
「食欲は湧かない色ではありますね……でも、食べたら凄く美味しいかもですよ!」
ふたりで大通りを歩いていく。異世界の雑多な市場の空気を楽しみつつ、澪はふと通り沿いに建つ一際豪華で立派な建物に目を留めた。
「あ、ねぇ、あの商会見てください。お城かと思うくらい立派ですね」
指さしたのは、大通り沿いに建つ一際大きな商会だった。建物の前には細かな装飾が施された豪華な馬車が停まり、身なりの良いお供を引き連れた少年が降りてくるところだった。
綺麗な栗色のサラサラとした髪に、透き通った翡翠色の瞳。上品な仕立ての服を着た、育ちの良さそうな男の子だ。
(……あ、あの男の子)
見覚えがありすぎるその少年の姿に、智矢も隣でチラリと視線を向けて、ふっと目を細めた。
アルトリア付近の森で、手負いの護衛たちと巨大な毒ヘビに怯えていたあの時の少年だ。
少年がふとこちらに視線を向けた瞬間、その翡翠色の瞳が大きく見開かれた。
「あッ……! お兄ちゃん! お姉ちゃん!?」
少年はお供の制止も聞かず、一直線に二人に向かって走ってきた。
「やっぱり! 森で助けてくれたお兄ちゃんとお姉ちゃんだよね!?」
「あ、やっぱりあの時の……! 無事だったんだね、よかった」
澪がかがんで目線を合わせると、少年は大興奮で何度も大きく頷いた。
「うん! あのあと怪我した護衛の人たちと無事に街に帰れたんだ! でも、ふたりにちゃんとお礼も言えないままいなくなっちゃったから、ずっと探してたんだよ!」
少年は追いついてきた男性の服の裾を力いっぱい引っ張った。
「お父様、この人たちだよ! 森で毒ヘビを倒して、僕たちを助けてくれたのはこのお兄ちゃんとお姉ちゃんなんだ!」
「テオ! 急に走り出して……えっ、本当かい!?」
男性は二人を一目見るなり、ハッと息をのんだ。智矢の堂々とした立ち姿と、洗練された澪の佇まいを交互に見比べる。
「では……護衛から報告のあった、あの巨大な毒ヘビを一撃で倒してテオを救ってくださったお方……! 背が高く立ち姿の立派な剣士様と、美しいお連れ様でございますね!」
智矢は前を向いたまま、片手を軽く振って男性の前にすっと一歩踏み出した。
「……まあ、通り道に居たから倒しただけだし、気にすんな」
「そんなわけにいきません! 申し遅れました、私はこの街でフェルゼン商会を営んでおります、クラウス・フェルゼンと申します。テオは私の一人息子なのです。あの時、動転していた護衛たちがお二人のお名前すらお伺いしていなかったと後から聞き、ずっと申し訳なく思っておりました……。命の恩人のお二人のお名前を、ぜひお聞かせ願えないでしょうか」
「俺は瀬尾。こっちは澪だ」
「セオ様、ミオ様ですね。命の恩人であるお二人には、どうか私からできる限りのお礼をさせてください!」
クラウスは恭しく胸に手を当てて深く一礼した。
(……あれ? 下の名前で通すって言ってたのに……ま、いっか……)
心の中でそう思いながら、澪はクラウスに向かって会釈を返した。
熱烈なお礼の申し出に、智矢は顎を擦ると、隣の澪にチラリと視線をやった。
「……じゃあ、魔石とかあるか?」
「魔石ですか!? ええ、もちろんです! 当商会の倉庫にある最高の魔石をご用意いたしましょう!」
クラウスは二つ返事で頷き、二人を商会の中へと案内するのだった。




