第25話:勇者の使い道
キャンピングカーの助手席で『楽珍マーケット』の画面を眺め、澪は一つ息を吐いた。
「……ねぇ、魔石の残量がかなり心もとないです」
「まあ、結構通販で魔石使ったからなー」
ハンドルを握る智矢が、あっさりと返す。
「中継地の街に入る前に、少し稼いでおきたいですね。買い出しもしたいですし」
「了解。じゃああの辺の森の入口に車停めて、狩るとしますか」
街道沿いの開けた場所に車を停め、外へ出る。智矢が腰の剣を軽く叩く隣で、澪はいつでも結界を張れるよう集中した。
森の浅い場所を進むと、すぐに体長一メートルほどの野犬型の魔獣が数匹姿を現した。
「じゃ、さっさと終わらせるぞ」
智矢が踏み込むと同時に、鋭い剣光が閃く。無詠唱で剣にまとわせた属性攻撃により、野犬型の魔獣はあっさりと沈む。それをそのままストレージに放り込んだ。
「相変わらず手際がいいですね」
「時間をかけても得しないだろ。ほら、次——」
智矢が言葉を切り、頭上の木々を見上げた。
ガサガサ、と葉が擦れ合う不穏な音が響く。
直後、粘着質の白い糸が頭上から勢いよく射出された。
「っと」
腕を引かれて後ろへ跳ぶ。糸は先ほどまで二人がいた地面を叩き、ジュッと草を溶かした。
頭上から、ドスンと重い音を立てて『それ』が降りてくる。馬ほどもある巨大な胴体。不気味に蠢く八本の毛深い脚。漆黒の巨大蜘蛛だった。
「いやああああああああああああああああっ!? ムリ! ムリーーーーーーーーーッ!!」
視界に入った瞬間、澪の思考が吹き飛んだ。反射的に智矢の背中に飛びつき、服の裾を両手で力いっぱい掴みながら絶叫する。
「おッ!? 近距離で叫ぶなって、耳が死ぬ……!」
不意の大音量に智矢が本気で耳を抑えて眉をひそめるが、澪には一切届かない。
「だって蜘蛛ですよ!? デカすぎ! キモい! ムリ無理むりーーーーーッ!」
パニックになりながらも、生存本能で二人を包み込む分厚い結界を展開する。
「おい引っ張るな、動きづらい……ハァ、分かったから一息つけ」
巨大蜘蛛が前脚を振り上げた瞬間、智矢が胸の前で軽く手を掲げる。次の瞬間、一切の予備動作も詠唱もなく極大の火炎槍が射出された。
閃光と共に巨大蜘蛛の胴体が貫かれ、断末魔の悲鳴を上げる間もなく炎に包まれて灰となって崩れ去る。
「はい終わり! 倒したぞ」
「……ほんとに消えました?」
智矢の背中からおそるおそる顔を出す澪の前で、智矢は手際よく残った部位を自分のストレージへ放り込んだ。巨大な蜘蛛の姿が完全に消え去ったのを見届けて、澪はようやく胸を撫でおろす。
「もう二度と見たくないです……」
「ホント苦手なんだな。……にしても、さっきの叫び声、街の外で良かったな。中だったら騎士団出動してたぞ」
「仕方ないですよね! 蜘蛛ですよ蜘蛛! 虫イヤァー」
面白そうに口元を緩めた智矢は、澪の反応を存分に楽しみながら、そのまま奥へ進んでいく。
その後も、蜘蛛のトラウマで半泣きになりながら頑丈な結界を張り続ける澪の横で、智矢は現れる魔獣をサクサクと狩り続けた。
車に戻り、エアコンの効いた車内でようやく一息つく。
「はぁ……本当に命が削られました。でも、魔石はかなり溜まりましたね」
「まあな。……あ、そういえばさっき蜘蛛倒した時、頭の中でアナウンス鳴ってたわ」
思い出したように青白い半透明の画面を開き、智矢がシートの背もたれに体を預けた。
【名前】セオ トモヤ
職業:勇者 レベル:28
体力(HP): 16000 / 16000
魔力(MP): 5000 / 5000
筋力: SSS 耐久: SSS 敏捷: SS
固有スキル:
【言語理解】
【勇者の加護(成長型)】
【剣術】
【全属性攻撃魔法】
【ストレージ】
【鑑定】
【気配察知】(NEW)
「……レベル28になってますし、またスキルが増えてますね!」
「『気配察知』か。周囲の魔獣の位置やデカさが、なんとなく頭に浮かんでくるな」
その言葉を聞いた瞬間、澪の目が一気に輝いた。
「それって……目視する前に、虫がいるかどうかも分かるってことですか!?」
「まあ、気配の形でだいたいは分かるけど」
「神スキルじゃないですか!! これで不意打ちの恐怖から解放されます! 次からは進む前に絶対にサーチしてくださいね!」
身を乗り出して力説する澪を見て、智矢は口の端をニヤリと吊り上げた。
「……そうか。じゃあさっそく試してみるか。えーっと」
智矢がわざとらしく宙を見つめ、ピタリと動きを止める。
「は、はい! 何かいますか!?」
「お前の座ってるシートの下……なんか、小っちゃくて脚の多いやつが動いてるな」
「っっっ!!!!!!」
澪は弾かれたように座席から飛びのき、運転席の智矢へダイブするようにしがみついた。
「ウソウソ!! イヤアアアア!! 取って!! 早く!!」
涙目で叫ぶ澪を見下ろし、智矢は堪えきれない様子で吹き出した。
「嘘だよ。なんもいねぇって」
「……っ! 最低!!」
「ははっ、わりぃ」
真っ赤になって抗議する澪をよそに、智矢はご機嫌な様子でアクセルを踏み込んだ。
「……もう! せっかくのスキルをそんな風に悪用するなんて最低です! 次からはちゃんと『気配察知』で周囲の確認に使ってくださいね! 虫除けセンサーとしてしっかり働いてもらいますから!」
「はいはい。専属の虫除けセンサー、了解しましたよ」
ニヤニヤしている智矢にジト目を向け、澪は胸の前で腕を組んだ。
(次またやったら絶対、晩ごはん抜きにするんだから……!)
智矢は特に気にする様子もなく、ゆったりとした速度でキャンピングカーを走らせ続けた。




