第24話:猛追する追撃隊と、快適な助手席
「……やっぱり、外の人たち二度見どころか三度見してますね」
助手席の窓越しに、汗だくで荷馬車を走らせている御者と目が合った。あっちの馬は泡を吹いて必死なのに、こちらは魔導サスペンションのおかげで揺れひとつない。
「今更だろ。せっかく作ったんだから堂々としてりゃいいんだよ」
「堂々としてますけど、なんだか申し訳なさすら覚えてくるんですよ。私たちはエアコンの効いた車内で優雅にドライブしてるんですから」
「じゃあ車降りて、俺等も走るか?」
「断固拒否します!」
「だろ」
智矢は楽しそうに笑うと、ポケットから煙草を取り出そうとして、澪の視線に気づき、ぴたりと手を止めた。
「……あの、言っておきますけど、この中『絶対禁煙』ですからね」
「ぐっ……分かってるよ……」
肩をすくめて煙草をポケットへ戻す智矢を横目に、ふかふかのシートへ深々と体を沈めた。
「でも本当に、我が家より快適かもしれないです」
「お前がイメージして作ったんだろ」
「作った本人が一番びっくりしてるんですって」
エアコンの効いた車内はあまりにも快適で、窓の外を流れる景色を眺めているうちに、まぶたが少しずつ重くなってくる。
——その頃、二人が後にした街アルトリアのギルドは、嵐のような騒々に包まれていた。
「おお、サイラス! 遅いぞ! 聞け、ようやく手がかりを掴んだぞ!」
豪奢な鎧をガチャガチャと鳴らしてギルドへ入ってきたのは、追撃隊を勝手に飛び出したルヴィニア王国の第二王子、レオンハルトだった。
身構える受付嬢の前で、ギルドマスターのガゼルが苦々しい顔で腕を組んでいる。
「殿下、勝手な単独行動は……」
「良いから聞け! ここのギルドで、常識外れの化け物じみた男女がいたそうだ! 荒くれ者を瞬殺し、扉を一撃で吹き飛ばしたと聞いた! 間違いない、それが捜している召喚体だ! 私自らの手で引きずり出し、二度と歯向かえぬよう我が配下に加えてやる!」
遅れて駆け込んできた騎士団長のサイラスは、胃のあたりを押さえながらガゼルへ鋭い視線を向けた。
「……その二人組、今はどこへ?」
「もう発ったよ。行き先までは知らんがな」
面倒くさそうに吐き捨てるガゼルに、サイラスがさらに問い詰めようとしたその時、後ろから優雅な足取りで男が入ってきた。ルヴィニア王国宮廷魔導士のアランだ。
アランはシルクのハンカチで丁寧に指先を拭うと、心底嫌そうにため息をついた。
「はぁ……馬の揺れで腰は痛いですし、ギルドの中は汗臭くて眩暈がしてきます。サイラス、早く終わらせて街で一番上等な宿を取ってください。……で、その二人組はどうやって立ち去ったのです?」
「それが妙な話でな」
ガゼルはアランの嫌味な仕草に呆れながら、肩をすくめた。
「街の外で見た奴がいるんだが……黒い家みたいにデカい箱が突然現れて、それに乗って走り去ったらしいぞ。馬もなしにな」
「「「箱……?」」」
突飛すぎる報告に、サイラスとレオンハルト、探知魔導具を弄っていたアランの声が重なった。
「ふむ。探知魔導具にも、この街の出口方向から未知の魔力反応が出ていますね。固有の魔導具か異世界の術式でしょうか……。フッ、ですが私を超える術式など存在しませんがね」
「よし! すぐに追うぞ! アラン、探知を怠るな! 逃がしはせんぞ!」
意気揚々とギルドを飛び出していく王子と、「ええ……また馬を走らせるのですか? 私の繊細な肌が日光で痛むのですが……」と愚痴をこぼしながら続くアラン。
ふたりの暴走と我が儘を前に、サイラスは重い胃痛に耐えかねて深く息を吐き捨てた。胃薬代わりの薬草もそろそろ底をつきそうだ。
(荒くれ者を一撃で吹き飛ばすほどの猛者だぞ……。武力で抑え込めるはずがない。本来なら穏便に接触して、慎重に交渉を進めるのが筋だろうに……)
溜め息を殺して疲れた足取りで自分の馬へと向かう。
「……全軍、殿下に遅れるな! 追撃を開始する!」
レオンハルトは必死の形相で馬の腹をがむしゃらに蹴り上げた。
「ハイヨーッ! ハッ! ハッ! 進めぇぇ! 私の栄光への第一歩だー!」
街道の砂塵を猛烈に巻き上げて爆走する。だが、そんな必死の猛追など、前方を行く二人は知るはずもなかった。
ふと窓の外へ目をやると、遥か後方の街道から小さく立ち上る土煙が視界に入った。
「後ろの方、すごい砂煙が上がってますけど……あれなんですかね?」
「ん? どこだ」
「後ろの方です。あんな勢いで砂煙上がるものですか?」
「さあな。急ぎの商人か何かじゃねぇの」
「ですかね……」
釈然としないものを感じつつも、少し開けていた窓をそっと閉めた。
外の音や砂塵は完全に遮断され、エアコンの心地よい風だけが車内を吹き抜ける。
澪はふかふかのシートに深くもたれかかり、窓の外を流れる見慣れない異世界の景色をぼんやりと眺め続けた。




