第22話:魔法の理と夢の車
朝日が高級宿の客室に差し込む頃、澪はふかふかのベッドから起き上がり、両腕をぐっと伸ばして息を吐いた。
昨夜、自力で生み出せた『ストレージ』の感覚は、一晩経っても手に残っていた。
身支度を整えて隣の部屋の扉を叩くと、まだ眠そうに目をこすっている瀬尾が出てきた。
「んー……おはよう、澪」
「おはようございます。今日はいよいよ出発ですね」
二人は荷物をまとめ、ギルドで得た十分すぎる資金を手に宿を出た。市場の露店には朝早くから多くの人々が行き交い、賑やかな声があちこちから聞こえてくる。
通販魔法を使えば日用品は何でも手に入るが、あまり地球の物ばかり使っていては周囲の目が目立つ。周りに溶け込むためのシンプルな麻袋や、珍しい異世界の果物を冷やかしがてら買い歩くのは、ちょっとした観光気分で楽しかった。
露店を巡りながら歩いていると、瀬尾がポケットから煙草を取り出し、おもむろに声をかけてきた。
「なあ、澪。昨日、創造魔法で自分用のストレージ作っただろ」
「はい。 バッチリ活用してますよ」
「ならさ、創造魔法で直接うな重とか出せたりしないのか? それならポイント使わずに済むだろ」
瀬尾の言葉に、澪はハッとして手をポンと叩いた。
「あ! 確かにそれがありましたね! 魔法でご飯が出せたらポイントの節約になりますし、大助かりですよね」
「だろ? 試してみろよ」
「やってみますね!」
澪は意気込んで立ち止まると、右手を出して目を閉じた。
頭の中で、タレの染みた白いご飯や、香ばしく焼き上げられた鰻のタレの照り、匂いまで完璧に思い描く。
(完璧にイメージできてる……いける!)
だが、魔力を集中させて手の中に具現化させようとした瞬間、手応えが異様な滑り落ち方をした。
ポフン、と頼りない音がして現れたのは、重箱ではなく、透明なぷるぷるした謎の物体だった。
「……あれ?」
「なんだそれ。寒天か?」
「おかしいですね……ちゃんとイメージできてるのに。……うーん、魔力は食べられないってことですかね」
「まあ、魔力の法則には勝てないってことか。素直に通販頼みだな」
瀬尾は可笑しそうに片方の口角を上げると、露店に並ぶ木彫りの家具を眺めながら続けた。
「じゃあさ、移動手段はどうだ? バイクとか車みたいなのなら作れたりするのか? これからの旅、徒歩だけじゃキツそうだしな」
その言葉に、澪は悪戯っぽく目を細めた。
「車が作れるなら……もっと最高なもの、出してみたくありませんか?」
「ん? 最高なもの?」
「お楽しみです。 街の外に出たら、さっそくお披露目しますね!」
「ほー、期待して待ってるわ」
二人はそのまま街の門へと向かい、頑丈な石造りの門をくぐり抜けた。
どこまでも続く青い空と、壮大な草原が広がっている。周囲に誰もいないことを確認すると、澪は広い草原の真ん中で立ち止まり、両手をかざした。
「……ちょっと下がっててください!今ならできる気がするんです!」
「おう」
(あったらいいな……快適な空間、快適なベッド、キッチン、頑丈な車体……形になれ!)
両手に力を込めると、澪の体から一気に魔力が引き抜かれていく。
視界がふっと暗くなるほどの猛烈な疲労感。澪はぐっと奥歯を噛み締め、崩れそうになる体勢を保ち続けた。
直後、眩い光とともにズシンと重厚な金属音が草原に響き渡る。
光が収まったそこには、最高級の大型カスタムキャンピングカーが堂々と姿を現していた。重厚な漆黒のボディに、上品なゴールドのラインが走り、圧倒的な存在感を放っている。
「…………マジかよ」
瀬尾が口をぽかんと開けて絶句していた。
「おいおい……お前、普通にめちゃくちゃ本格的なキャンピングカーじゃねぇか……!」
「やった……どうですか! バイクや普通の車じゃなくて、キャンピングカーです。 二人で旅するなら絶対に快適なのがいいと思って、私の『理想の車』をそのまま形にしてみたんです!」
誇らしげに胸を張る澪だったが、次の瞬間、膝がガクッと落ちかけた。
「っと……あはは、やっぱり魔力ギリギリでした……」
「おとっと、無理すんなって」
瀬尾が素早く手を伸ばし、澪の肩をガシッと支えた。
「今の私の魔力だと、これが一台限界ギリギリですね……。家一軒建てようとしたら、即倒れちゃいそうです」
「十分すぎるだろ。一台出せるだけでも大したもんだよ」
瀬尾はどこか感心したように片眉を上げ、目の前にそびえる巨大でスタイリッシュな車体を見回した。
「……よし、外で感心してても始まらねぇな。さっそく中、お邪魔させてもらうか」
「はい! 理想どうりになっているか楽しみです」
ふらつく足を瀬尾に支えてもらいながら、二人はキャンピングカーのドアへと向かった。




