第21話:あったらいいなを形に
二人はギルドの受付嬢から「この街で一番美味しい」と教えてもらった食堂へと向かっていた。
ここがダメなら、異世界グルメは諦めて通販一本に絞るという覚悟で、二人は店に入った。
「……この街で一番美味しいって言ってましたけど、大丈夫ですかね」
「まあ、異世界の『美味い』なんて一切信用しねぇけどな。どうせ泥水みたいなスープに謎の味無し肉だろ。期待値ゼロで行くぞ」
「……よし、それなら私もハードルは最底辺まで下げておきます!」
案内された席に着くと、硬めのパンとドロドロしたスープが運ばれてきた。
そっとスープを覗き込んだ澪は、思わず目を見開いた。
「見てください! スープの表面にちょっと透明感がありますよ。 異物も浮いてないです!」
「……だな。思ったより見た目がまともだ。妙な羽とか生えてねぇな」
期待値を限界まで下げていた二人は、それだけで少し感動していた。
木匙ですくって一口含んでみる。……が、直後、二人の動きが同時にピタリと止まった。
「……なるほどな」
「……はい。見事な激辛塩水ですね……エホッ」
見た目はまともだったが、ダシも旨味もなく、舌が痺れるほどの強烈な塩気だけがガツンと来る。
「……エホッ……やっぱりこの世界の料理って、これが通常営業なんですかね」
「……肉串が無味でスープが激辛って……ゴホッ、二択しかねぇの極端すぎるだろ……ダシの概念もなさそうだしな。これ、水で薄めて調味料足すか……?」
冷水でスープを薄めつつ、持参した醤油をちょろっと垂らす。どうにか和風スープっぽい味へと変化させ、二人は出された料理をなんとか完食した。
レジで代金を支払い店を出ると、夜風に当たりながら二人は深々と息を吐き出した。
「ふぅ……なんとか完食できましたね」
「おう、お疲れ。まあ、流し込めたが……やっぱりテンション上がりきらんわ。食った気が全然しねぇな」
瀬尾は胸ポケットからタバコを取り出すと、夜空を見上げてぼやいた。
「なぁ澪、もうこの世界の飯屋行きたいと思わなくね?」
「ですね。これで完全に諦めがつきました。これからは素直に通販魔法に頼りましょうか」
「だな。これ以上の冒険は胃がもたん」
すっかり気落ちした瀬尾を見て、澪はニヤッと笑った。
「というわけで……これから宿を取ったら、とっておきの美味しいもの出しますからね!」
「マジか! 一気にテンション上がったわ。早くいい宿探すぞ」
確保した高級宿。瀬尾が隣同士で二部屋取ってくれたおかげで、二人ともゆったりと寛ぐことができそうだった。
鍵をかけた瀬尾の部屋に集まると、澪はパッと表情を明るくした。
「じゃじゃーん! お疲れ様の晩酌タイムです!」
澪はまず、討伐で手に入れた魔石を取り出した。魔石を【通販魔法】の画面にかざすと、吸い込まれるように光り、ポイントが一気にチャージされる。
「ポイント補充完了だな。で、注文したのか?」
「はい! 完了ですよ」
澪が画面をポチッと押すと、ポコンという音と共に、テーブルの上にパンパンに詰まった白いレジ袋が二つ現れた。
ガサガサと音を立てながら、澪が中からテキパキと商品を取り出していく。
「はい、冷たい缶ビールとチューハイ! あとは焼きたてのピザに、揚げたての唐揚げと枝豆ポテトのおつまみセットです!」
「うわ、レジ袋から居酒屋メニュー出てくるのじわるな……。でも、やっぱり地球の飯だよな」
瀬尾は缶ビールのプルタブを押し開けると、ぐっと一口飲んでから息を吐いた。
「かあーっ! うっま……沁みるわ……」
それから唐揚げを豪快に頬張る。
「 異世界でも、これが届くなら頑張れちゃいますよねー」
二人は絶品おつまみを満喫し、お腹も心もすっかり満たされた。
食後、ベッドの端に腰かけて缶を片手に寛いでいた瀬尾が、ふと思い出したように呟いた。
「そういえば、俺のこのストレージってスキル、勇者の加護のせいで勝手に生えてきたからな。今後何のスキルが増えるか自分でも予測不能だわ」
「あ、それ便利で羨ましいなって思ってたんですよね。素材持ち運ぶのも楽ですし」
「まあな。澪は荷物持ち運ぶときバッグが必要だから大変だろ——」
瀬尾が言いかけたその時だった。
澪は「うーん……」と腕を組んで考え込んだ。
(要は、目に見えない巨大なウォークインクローゼットを空間に1個置くイメージかな。出し入れ自由でかさばらない……あったらいいな、私のクローゼット!)
澪がテーブルの上のお菓子のゴミにすっと手をかざすと、ポンッと可愛らしい音と共に、ゴミが一瞬で消え去った。画面上のストレージ欄を確認し、もう一度かざすと、元の通りテーブルの上に戻ってくる。
「……できました! 創造魔法で自分専用の無限ストレージ空間、作っちゃいました!」
「…………は?」
瀬尾は信じられないものを見る目で澪を見つめた。
「え、作れるの? スキルじゃなくて、創造魔法で?」
「はい! 出し入れできる私だけのクローゼットをイメージしたら、普通に作れました! これで私も荷物持ち放題ですよ!」
得意げに胸を張る澪に対し、瀬尾はハァーッと深いため息をつき、心底羨ましそうにぼやいた。
「……ズルいぞ。俺が必死こいて生やしたスキルを、イメージ一発で作るとかマジでチートだろ……」
「 すごいでしょー! 『あったらいいな』を形にするのが私の仕事ですから!」
「はいはい、優秀なプランナー様様だな」
瀬尾はどこか楽しそうに笑った。
夜も更けてきたところで、澪は空になったレジ袋やごみを自分のストレージに放り込んで立ち上がった。
「さてと、美味しいものも食べられたことですし、私は自分の部屋に戻りますね。おやすみなさい」
「おう、おやすみ。鍵しっかりかけろよ」
「はーい! あ、そうだ。これ渡さなきゃ」
「ん?」
澪は手元の画面をポチポチと手際よく操作すると、目の前にパンパンに詰まった大きなレジ袋をいくつも並べた。
中には、瀬尾愛用の銘柄の煙草が大量に詰まった袋、キンキンに冷えた缶ビール、小腹が空いた時用のスナック菓子が数種類、そして微糖の缶コーヒーがどっさりと入っている。
「これでしばらく足りると思いますけど、いる物あったら言ってくださいね」
テーブルを埋め尽くす物資の山を目にした瀬尾は、目を丸くさせたあと、心底嬉しそうに口角を上げた。
「……お前、マジで神かよ。助かる」
「約束しましたもんね。それじゃあ、おやすみなさい!」
「おう、サンキュ。おやすみ」
澪が隣の自分の部屋へと戻っていき、扉が閉まる。
一人になった瀬尾は嬉しそうに目元を緩めると、ベランダに行って煙草に火を着けた。




