第20話:適正価格でお買い上げ
澪と瀬尾は再び冒険者ギルドの重い扉をくぐった。昼間の大立ち回りでぶち破られた観音扉は、すでに突貫工事で真新しい木板が打ち付けられている。
店内に入ると、昼間とは打って変わって静まり返っていた。二人が姿を現した瞬間、呑み助の冒険者たちが一斉にギクッと体を強張らせ、道を開ける。
「お、帰ってきたな。無事でなによりだ」
カウンターの奥から、豪快な笑みを浮かべたギルドマスターのガゼルが出迎えた。
「で、どうだった? 特別依頼の成果は」
「サッサと片付けてきた。買取は素材だけで頼む」
瀬尾が気だるげにそう言うと、澪のカラフルなナイロン製のエコバッグの口を広げた。
直後、小さなバッグの口からあり得ないサイズのアーマーベア一頭分の毛皮と希少部位がズシリと溢れ出てきた。さらに上級オーク三体分の肉や素材、大量のウルフの毛皮やゴブリンの角が手品のように次々と吐き出され、広いカウンターを埋め尽くして床にまで溢れ出していく。
「な……なんだその鞄は!? 空間拡張のマジックアイテムか!? ていうか、なんだこの量は……!? たった一回の探索でどんだけ狩ってきたんだお前ら……!?」
ガゼルが目を見開き、驚愕の声を漏らす。周囲の冒険者たちからも「おいおいマジかよ……」「あの小さい袋からなんでそんなデカいのが……!?」「あの量、大型パーティでも一週間かかるぞ!?」とどよめきが上がった。
ガゼルはゴホンと一つ咳払いをすると、眼鏡をかけて素材を手際よく検分し始めた。
「ふむ……これだけの量と質か。……そうだな、新人への特別査定も含めて、素材全部でまとめて金貨80枚でどうだ?」
提示された金額に、澪は「金貨80枚! すごい!」と目を輝かせかけた。しかし、瀬尾はピクリとも表情を変えず、冷ややかな視線をガゼルに向けた。
「ギルドマスター、あんま人をナメない方がいいと思うぞ」
「……あ?」
「あ、じゃねぇよ。損する取引なんて受けるわけねぇだろ」
「は……?」
「アーマーベアの希少部位と上質な毛皮だけで相場は金貨80枚だ。そこに上級オーク三体分、さらにこの山のような魔物の素材全部を合わせりゃ、どう計算したって金貨200枚は下回らないはずだが?」
「なっ……!?」
ガゼルの顔から一瞬で余裕が消え去り、滝のような冷や汗が吹き出した。
瀬尾が新しく覚えた『鑑定』で弾き出した正確な金額を叩きつけられ、ぐうの音も出ないらしい。
「な、なぜそんな正確な相場を知っている……!? お前ら、昨日ギルドに登録したばかりの素人の新人のくせに……!」
「素人とタカくくって買い叩こうとしても無駄だぞ。ここで『手数料誤魔化そうとしてまーす』って叫ばれたくなきゃ、適正価格で買い取れよ」
瀬尾がニヤリと笑って言い放つと、ガゼルは青ざめた顔でガシガシと頭をかきむしった。
「くっ……! 分かった、分かったから大きな声を出すな! 俺が悪かった! 素人とタカをくくってギルドの手数料を多めに取ろうとした俺の負けだ!」
ガゼルはカウンターの奥から、ずっしりと重い金貨の詰まった大きめの革袋を、青すじを立てながら差し出した。
「正真正銘の適正価格! さらに詫び料も乗せて金貨210枚だ! これで勘弁してくれ!」
「最初からそうしておけばいいんだよ。毎度あり〜」
瀬尾は満足そうに笑うと、金貨の袋を受け取ってそのままエコバッグへと放り込んだ。
気まずそうに奥へ引っこんだガゼルを横目に、カウンターに残っていた受付嬢に瀬尾が声をかけた。
「なあ、ついでに教えてくれ。この街で一番美味い店ってどこだ?」
「え、あ……それなら『赤獅子の亭』でしょうか。ギルドの冒険者さんもよく利用されていて、この街では一番美味しいと評判のお店ですよ」
「へぇ、まあ行ってみるか」
ギルドを出ると、すっかり陽は落ちて街は暗くなっていた。人通りのない路地に出たところで、瀬尾はエコバッグから重い金貨の袋を取り出し、自身のストレージへと放り込んだ。
「はぁ……完全にただの詐欺師じゃないですか。私の思ってた頼れるギルドマスター像が台無しです……」
「だから言っただろ。あの目の奥、最初から一切笑ってなかったんだって」
瀬尾は呆れ気味に肩をすくめた。
「まあ、この世界じゃ新人を買い叩くなんて普通のことなのかもな。どのみちこの街に長居するつもりもねぇし、嫌なオヤジのことはサッサと忘れろ」
「そうですね…… 悔しいからスッキリ忘れちゃいます!」
「おう。手元に資金も入ったことだし、気を取り直してメシでも食いに行くぞ」
「いきましょー!」
夜の街並みを歩きながら、二人の足取りはすっかり軽くなっていた。




