第19話:一方その頃、サイラスの災難
一方その頃——澪と瀬尾がギルドで素材の換金や手続きに追われていた街アルトリアから、馬で半日ほどの距離にある隣町プーラ。
ルヴィニア王国から極秘裏に派遣された追撃隊の本陣では、勇者の足取りを追う男の熱弁が響き渡っていた。
「見ろ、サイラス! 探知魔導具の反応が強くなっている! ここからすぐの隣町だ!」
陣幕内で豪奢な装飾鎧をガチャガチャと鳴らし、身を乗り出しているのはルヴィニア王国の第二王子——レオンハルト・フォン・シャウエンブルクだった。
手元にあるのは、禍々しいオーラを放つ『隷属の首輪』
レオンハルトはそれを満足げに眺め、己の完璧な計画に深々と頷いている。
「父上に報告する前にあの男を捕らえ、私の専属護衛にするのだ! 国に連れ帰って見せつければ、私を後継者として認めざるを得まい! お前たち、死ぬ気で探せーー!!」
幕舎の隅で、騎士団長のサイラス・グランディスは無言で痛む胃を押さえた。その隣では、宮廷魔導士のアラン・シルフィードが小さな手鏡を覗き込み、前髪の角度を微調整しながら心底だるそうにため息をついている。
「……レオンハルト殿下、幕舎の中で大声を出さないでいただけますか。耳に響きますし、唾が飛びそうで嫌なんですけど」
「黙れアラン! お前も探知魔導具の精度を上げろ!」
身分を笠に着た野心と痛い妄想癖ばかりが膨らんだ王子に、極度のナルシストで身勝手な美形魔導士。幼馴染として子供の頃から嫌というほど付き合わされてきたサイラスにとって、このふたりの暴走と身勝手さは今に始まったことではない。
手柄欲しさにこのふたりが私兵を率いてしゃしゃり出てきた時点で嫌な予感しかしていなかったが、嫌な予感はだいたい当たる。
そこへ、駆け込んできた部下が気まずそうに報告した。
「……団長。この町での聞き込みの件ですが」
「どうした」
「『異国風の珍しい身なりの男』という条件で探させておりましたところ、先発隊の一組が町の医者を強引に連行しようとし、住民や自警団と揉めて大騒ぎになっております」
「……何だと」
「身分も明かせず、怪しい武装集団として現在完全に包囲されております……」
サイラスは無言で胃薬代わりの薬草を口に放り込むと、数名の部下を引き連れて重い足取りで幕舎を出て行った。
取り残されたレオンハルトとアランは、部下たちの失態など意にも留めず、青く光を増した探知魔導具を覗き込んでいた。
「ふむ、ギルドのある大きな街に留まっているようだな。あの召喚体、このレオンハルト・フォン・シャウエンブルクが直々に迎えに行ってやるのだから光栄に思うがいい!」
「はぁ……砂埃で服が汚れるのも嫌ですし、さっさと終わらせて綺麗な高級宿に泊まりたいですね」
そのままレオンハルトは自ら馬へと向かうと、控えていた騎士たちに堂々と命じた。
「ノロマなサイラスなど置いていくぞ! 全軍、私を護衛しつつ追撃だ! 遅れる者は厳罰に処す! ハイヨーッ! ハッ! ハッ! 進めぇぇっ! 」
大威張りで街道へ爆走していく王子と、「え、待ってください。馬に乗るとお尻が痛くなるのですが……」と不満を漏らしながら従うアラン、そしてそれに必死で付き従う騎士たち。
一方、町中の広場で自警団への泥沼の謝罪と揉め事の処理に追われていたサイラスの元へ、青ざめた伝令が馬を飛ばしてきた。
「だ、団長! 殿下が本陣を引き払い、すでに隣街へ向けて出発されました!」
「……何だと!?」
自警団への対応を部下に丸投げし、大急ぎで本陣へと馬を走らせたサイラスだったが、到着した頃にはもぬけの殻だった。
街道の遥か遠くに、猛烈な砂塵を巻き上げて爆走していく大部隊の後ろ姿が残されているだけだ。
サイラスは胃の痛みに顔を歪めながら、残された馬に飛び乗った。
「……先が思いやられるな」




