第15話:旅立ちの作戦会議
宿の食堂は薄暗い朝の光と暖炉の火で、どこかぼんやりと温かい。使い込まれた木製のテーブルに座ると、主人が湯気の立つマグカップとパン、分厚いベーコンが載った皿を置いて言った。
「おっ! おはようさん。昨日は倒れちまっててどうなるかと思ったが、すっかり元気そうで何よりだ」
「ご心配かけました。もうすっかり平気です、ありがとうございます」
澪が笑みを返すと、主人は「そいつはよかった。しっかり食っていきな」と豪快に笑い、厨房へと戻っていった。
見た目はとても美味しそうな朝食だ。分厚いベーコンにスープ、焼き立てのようなパン。だが、パンを手にとってみると、まるで硬い木の実か何かのようにカチカチに固い。
(あ……やっぱりだ!!)
昨日、薄味の肉串を食べた時に予感していた「異世界飯あるある」が見事に的中し、澪は不吉な予感が当たったことに謎の感動を覚えてしまった。
「瀬尾さん、見てくださいこれ」
澪は硬いパンを指の関節でコンコンと叩いてみせた。カツカツと、木切れでも叩いているかのような硬質な音が響く。
「なんかもう打楽器みたいですよ」
「……」
向かいに座る瀬尾は、能面のような無表情のまま手元のパンを見つめている。
「とりあえず引きちぎれるか試してみますね」
両手で端を握りしめ、あごに力を入れて思い切り引っ張ってみた。
「っ〜〜〜! ……ッ、んぐ……っ!」
顔を真っ赤にして必死に引きちぎろうとするものの、びくともしない。
そんな澪の必死すぎる姿に、瀬尾の眉がピクリと動いた。平然を装おうと口元を引き結んでいたが、カチカチのパンと格闘するあまりのシュールさにいよいよ限界が来たらしい。
「ぶはッ……、お前、朝から何と戦ってんの」
ついに耐えきれず、顔を背けて吹き出す声が聞こえてきた。
「これほんとに凄いです! 人に提供していいモノなんでしょうか…… 間違えてたりしてないですかね……?」
真剣な顔で訴えかけてくる澪に、瀬尾はもう耐えきれないといった様子で可笑しそうに肩を揺らす。
「貸してみろって」
笑いを噛み殺しながら手がスッと伸びてくると、澪の手からあっさりとパンを奪い、指先に軽く力を込めた。ポキリ、と乾いた軽い音が鳴って、パンが呆気なく二つに割れる。
「……やっぱり、力すごいですね、瀬尾さん」
「おう、崇めていいぞ」
差し出された半分を受け取りながら零すと、瀬尾は自分のパンをスープの中へジャブジャブと沈めた。
「超長期保存用のパンなのかもな」
「ずっと保存しておいてほしいですね……」
「違いないな。さっさとこれ終わらせて部屋戻ろうか」
思わず二人で顔を見合わせて笑ってしまった。何とか朝食を平らげると、二人は一度部屋へと戻った。
部屋の鍵をカチャリと閉めると、瀬尾が壁に背を預けて問いかけた。
「さて……言いたいことは色々あるが……まずはこれからについての相談だ。神様から聞いた『自由都市フリージア』だが、どれくらい離れてるか分かるか?」
澪はポケットからギルドでもらった『冒険者の手引き』を取り出し、簡易的な地図のページを開いた。
「この街から国境を越えて、さらにいくつか先の地域にあるみたいです。乗り物があるのかも分かりませんし、どれくらい日数がかかるのか全然予測がつきませんね……。現地に行ってみないと分かりませんけど、最終的には船に乗らないと行けないかもしれなくて」
「船か。陸路にせよ水路にせよ、乗り継ぎがどうなるかも分からんし、相当長丁場の旅になるな」
「はい。道中にはたくさんの町や村もありますし、街道を外れると強力な魔獣が出る危険地帯もあるみたいです。……あと、ルヴィニア王国の件もありますし、私たちは極力目立たないように移動したほうがいいですよね」
「ああ。万が一追手の目が光ってても撒けるように移動手段や旅の備えはしっかり固めておきたい。当面の金はあるが、長旅となると途中の滞在費や装備の買い替えも含めて、もっと余裕が欲しいところだな」
「そうですね。……あっ、そうだ」
澪は空中に【通販魔法】の半透明な操作画面をパッと出現させ、チャージ画面を開いて見せた。
「これ、魔石のランクが高ければ高いほどチャージされるポイントが跳ね上がるみたいなんです」
画面を覗き込んだ瀬尾は、フッと口元を緩めた。
「なら、ランクの高い魔獣をたくさん狩らないとな。ポイントを稼げば稼ぐほど、相沢さんの通販で快適に旅ができるってわけだ」
「はい! 美味しいごはんも日用品も取り放題です!」
「よし分かった。ターゲットは高ランクの魔石だ。出発前に街の周辺で魔獣狩りをしまくって魔石を大量確保、ついでに肉や素材を売って旅費にするぞ」
「やった! 話が早くて助かります!」
一息ついた澪は、ふと思いついて瀬尾を見た。
「それと、瀬尾さん。スマホ出してみてください」
「ん? ほらよ」
言われるがままにポケットから端末を取り出した瀬尾に対し、澪は自分のスマホを重ねるように掲げた。
「……できるか分からないんですけど、ちょっと試してみたくて」
そっと意識を集中させると、今まで滞っていたのが嘘のように、体の奥をスッと温かいものが巡る不思議な感覚が走った。ふたつの端末があたたかな光に優しく包まれる。恐る恐る画面を確認すると、アンテナマークと『通話可能』の文字がパッと浮かび上がった。
「……あ、できた!」
「おい、今何したんだ?」
「創造魔法で、二人のスマホを少しだけいじってみたんです! 私たち二人だけでしか会話できないですけど、直接話せるようにしてみました!」
「マジか。文字通り『創造』したってわけか……離れた場所から連絡が取れるのはデカいな」
「ですよね! これで万が一はぐれても安心です」
「お前が迷子になる前提かよ」
呆れたように笑う瀬尾を見て、澪は自分の手のひらをじっと見つめた。胸の奥で心地よく波打つ魔力の感覚に、じわりと高揚感が込み上げてくる。
(すごい……本当にできた。今までとは全然違う……!)
「あの、瀬尾さん……街の外に出たら、他にもできるか分からないんですけど、創造魔法で試してみたいことがあるんです」
「試す? どんなものだ?」
「ふふ、まだ秘密です。上手くいくか分からないので!」
企むような笑みを浮かべる澪を見て、瀬尾は楽しそうに肩をすくめた。
「へぇ……そいつは楽しみだな。街の中じゃ目立ちすぎるし、魔獣狩りのついでに人目のない森の奥で実験してみるか」
「はい!」
方針が決まり、二人は部屋を出て、まずは冒険者ギルドへと向かうことにした。




