第14話:女神ローザと、示された道標
神殿で祈りを捧げていたはずの意識が、ふわりと現実の輪郭を失っていく。
気がついた時には、足元も天井もなく、澄み渡るような白い光だけがどこまでも広がる幻想的な空間に立っていた。
「急にこちらへ引き込んでしまってごめんなさいね?」
頭上から降り注いだのは、耳の裏を撫でるような、驚くほど滑らかで甘い女性の声だった。ハッとして振り向くと、そこには息をのむほど美しい女性が立っていた。
身体のラインが出た綺麗な純白のドレスに、艶やかな金の髪をふわりと肩に流している。気怠げでありながら魅惑的な微笑みを浮かべたその姿は、立っているだけで周囲の空気を甘く酔わせるような存在感を放っていた。
(……うわ、綺麗な人! っていうか……え、胸元あきすぎじゃない!? どこ見ていいか困るんだけど!)
澪はその圧倒的な美しさと予想外の露出度に目を丸くしつつも、腕を組み、怪しむような視線を向けた。
「……誰ですか? それに、ここは」
「私? この世界の神の一人よ。ローザって呼んでちょうだいね。あなたたちが神殿で熱心にお祈りしていたから、ちょっとお話ししたくて意識を引っぱり出しちゃったの」
(……出たー!! イベント神だ!!)
澪は心の中で叫びつつも、まじまじと女神を見つめた。
「神様……ローザさん。なら、一つ聞いてもいいですか。……どうして私たちがこんな見知らぬ世界に召喚されて、森のど真ん中に落ちたりしたんですか?」
どこか納得がいかない面持ちで問う澪に、ローザは唇に細い指先を添え、ふふっと意味深で含みのある笑みを浮かべた。
「そうね、混乱するのも無理はないわ。……この世界に大掛かりな強行召喚術式を仕掛けたのは、ここから遠く離れた大国『ルヴィニア王国』の者たちよ。莫大な魔石を注ぎ込んで、彼らが探しているのは【勇者】……」
ローザは愛おしそうな、どこか試すような瞳で澪を見つめた。
「けれど、なぜあなたまでここに落ちてきたのか……ただの都合の良い事故に見えるかしら? ふふっ」
「え……? ちょっと待ってください、それってどういう意味ですか!?」
思わせぶりすぎる言い方に澪が身を乗り出すと、ローザは艶やかな唇に指を当て、まあまあ、と宥めるように両手を合わせた。
「まあ、焦らないで。でも、災難だったのは確かだわ。だから巻き込んでしまったお詫びに、あなたの体内の魔力回路をちょっとお掃除してあげるとするわ」
「お掃除……? 魔力回路をですか?」
「そう。あなた、自分で思っている以上に強大な魔力を秘めているのよ? その膨大な魔力が転移の衝撃で押し寄せて、回路の中で大渋滞を起こしていたの。だから【創造魔法】が全く使えない状態になっていたのね」
「えっ……!? 渋滞!? 魔力が多すぎて詰まってただけなんですか!?」
思い当たる節がありすぎる事実を聞かされ、澪はあからさまにガックリと肩を落とした。どれだけ試しても不発で、うんともすんとも言わなかった理由が『魔力の交通渋滞』だと判明し、盛大な脱力感が襲ってくる。
「……だから何回試しても出なかったんだ……! 私に魔法の才能が一切ないんだと思って、地味に落ち込んでたのに……」
「ふふっ、本当に素直で可愛い子ね。……ちょっと失礼するわ」
ローザがゼロ距離まで近づき、澪の体にそっと手をかざした。一瞬、クラッとするような甘い香りが漂うと同時に、詰まっていた管がすーっと通るような感覚が全身を駆け巡る。体内で滞っていた魔力が、一気にスムーズに巡り始めた。
「あ……なんだか全身が、すごく温かくて軽くなっていく感じが……」
「でしょう? これであなた自身の魔力を練り上げて、イメージしたものを何でも自在に作り出せるようになるわ」
ふっと満足そうに微笑むローザは、澪の顔を覗き込むと、柔らかく微笑んだ。
「これからのことは、この先にある『自由都市フリージア』を目指すといいわ。あそこなら様々な人や情報が集まっているから……あなたたちの道が見つかるはずよ。ルヴィニア王国の捜索隊も動き出していることだしね」
「自由都市フリージア……。ローザさんは、私たちがこれからどうなるか知っているんですか? それに、私がここに導かれた本当の理由って――」
澪の問いかけに、ローザは唇の前で指を一本立てて、神秘的な笑みをたたえた。
「さあ、どうかしら? ……ただ、私は愛と創造の女神ですもの」
「え、ちょっと待ってくだ――」
まだ聞きたいことが山ほどあった澪の手を遮るように、ローザが軽やかに指を鳴らす。その瞬間、白い世界がガラスのようにパリンと割れて散っていった。
「――さいっ!?」
ふっと意識が浮上した。
勢いよく跳ね起きそうになった身体をどうにか抑える。頭痛はきれいに消えており、瞼越しに感じる光はカーテンの隙間から差し込む朝光のように柔らかい。背中に少し硬いが清潔なシーツの感触を感じながら周囲を見渡すと、見慣れない使い込まれた木製の天井が見えた。
体を起こしようとして、すぐ横に気配を感じる。
ベッドの脇の粗末な木製椅子に、瀬尾が壁に背を預けて静かに息を立てて眠っていた。腕を組み、深く腰掛けた姿勢は決して心地よさそうではない。それでも、澪が目覚めた時にすぐ気づけるよう、一番近くで待っていてくれたのだと分かった。
澪が布団を動かした小さな音で、瀬尾の眉根がピクッと動く。
「……ん……あ?」
薄っすらと目を開けた瀬尾は、体を起こしている澪と視線が合うと、ゆっくりと姿勢を正して手で顔を覆い、息を吐いた。
「……気分はどうだ? どこか痛むか?」
「いえ……すっかり平気です。……ずっとここで付き添ってくれてたんですね」
「まあな。途中で放り出すわけにもいかねぇだろ」
瀬尾は椅子の背もたれに深く身体を預け直し、安息したように息をついた。
「神殿で急に倒れたから焦ったぞ。一体何があったんだ?」
澪は気遣ってくれたことに礼を言い、夢の中で出会った女神ローザのこと、魔力回路を整えてもらって【創造魔法】が使えるようになったこと、そして召喚主である『ルヴィニア王国』の狙いや、向かうべき『自由都市フリージア』についての話をかいつまんで説明した。
一通り話を聞き終えた瀬尾は、顎に手を当てて深く頷いた。
「なるほどな。ルヴィニア王国か……名前が分かっただけでも助かるな。目的地が決まったなら話が早い。……よし、とりあえず腹減ったし下の食堂で朝飯食おうか」
「そうですね!」
身支度を整えた澪は、自分の手に視線を落とした。
体に意識を向けると、以前とは比べものにならないほどスムーズに魔力が巡る感覚がある。頭の中でイメージを膨らませてみると、これまで全く使えなかった魔法が、今なら問題なく生み出せそうな手応えがあった。
(おおっ……なんか、みなぎってる感じがする! これなら何でも作れそう……! にしても、まだ聞きたいことあったのになぁ。私がここに呼ばれた本当の理由……それに、『愛と創造の女神』って……)
残された謎と女神の意味深な微笑みを胸の中で反芻しながら、澪は目の前を行く背中を追って部屋を出た。




