第13話:神殿と奪われた意識
活気あふれる中央広場を抜け、緩やかな石畳の坂道を上っていくと、街の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
高台の頂上にたどり着くと、目の前には巨大な白い神殿がそびえ立っていた。高く伸びる円柱と、太陽の光を反射して輝く青い屋根。その厳かな佇まいは、街の露店街とは明らかに一線を画す静けさを纏っている。
「……すごい。すごく綺麗ですね」
澪が見上げてぽつりと漏らした。
「そうだな。周りの建物と比べても破格のデカさだし、かなりデカい組織っぽいな」
隣に立つ瀬尾も、見上げてフッと小さく笑った。
「大きい建物見ると自然と背筋伸びません? なんかこう、場の空気に呑まれるっていうか」
「別に伸びねぇけど。まあ、かなり儲かってんのは伝わってくるな」
「そこ、財布目線なんですね」
「信者と書いて儲かるだからな」
「……あっ、ほんとだー!きっと昔からわかってたんでしょうね」
「さあな。まぁ個人の自由だしな」
適当に流された返しに、澪はふふっと笑って本堂へと視線を戻した。
神殿の大きなアーチ状の門をくぐると、手入れされた花々が咲き誇る静かな庭園が広がっていた。庭園の随所には水路が引かれており、澄んだ水が音を立てて流れている。時折、白い服を着た神官と思しき人物が静かに通り過ぎ、二人に丁寧に一礼していった。
二人はそのまま庭園を抜け、神殿の本堂と思われる重厚な木製の扉を静かに押し開けた。
静かな空気が二人を包み込む。
天井は遥か高く、美しいステンドグラスから差し込む七色の光が、磨き上げられた石の床に綺麗な模様を描いていた。壁沿いにはいくつもの燭台が置かれ、微かに甘い香りが漂っている。
本堂の中では、祈りを捧げる人々だけでなく、壁際に設置された大きな石板の前で案内を受ける市民の姿がチラホラ見えた。二人は探るような素振りを避けつつ、自然な足取りでその一角へと近づく。
「……こちらが『測定の石板』となります。ご自身のステータスを確認したい方は、この石板に手をかざしてください。一般成人の能力値はおおむね『E』評価とお考えください」
若い神官が、旅装束の若者に穏やかな声で説明しているのが聞こえてきた。二人は足を止め、さりげなくその会話に耳を傾ける。
「筋力や耐久が『C』を超えれば一人前の兵士やCランク冒険者レベル。『B』を超えれば精鋭の領域です。また、スキルにつきましても生涯で一つ目醒めれば御の字とされております」
(なるほど……普通は自分のステータス画面なんて見えないから、ここに来て石板を使わないと自分の能力すら分からないんだ……)
澪は最初から自分たちの視界にステータスが表示できることを思い出し、そっと隣の瀬尾を見上げた。
物理特化の勇者スキルを持つ瀬尾の能力値は、最初から常人を遥かに超えた異次元のランクを示している。もし瀬尾がこの石板を使ったりすれば、一発で測定不能な規格外の存在だとバレてしまうだろう。
「アレに触ったら大変なことになっちゃいますね」
「そうだな。間違っても触るなよ」
「触るなって言われると、余計に触りたくなりますね」
笑って見上げると、瀬尾も「……まあ、わからんでもないな」と口角を上げた。
さらに二人は、柱の影で話し込む冒険者たちの会話に耳を澄ませる。
「……最近、王都の騎士団が妙にピリついてるらしいな」
「なんでも上のほうの指示で、極秘で誰かを捜し回ってるとか……」
「へぇ、だから国境警備もやけに厳しくなってんのか。どこもかしこも検問だらけで嫌になるな」
ヒソヒソと交わされる冒険者たちの噂話を耳に挟み、澪と瀬尾は静かに視線を交わした。
(王都の騎士団が誰かを探している……きっと、私たちのことだ。この国にずっと留まるのは危険かもしれない……)
一通りの情報を拾い終えた二人は、本堂の奥へと視線を巡らせる。
最奥には、翼を広げた女神と思われる巨大な石像が静かに鎮座していた。その圧倒的な存在感に、澪は自然と背筋を伸ばす。
「この国について少しわかりましたね。やっぱり王国側の動きは怪しそうです」
「ああ。長居してもロクなことにならんな。……まあ、せっかくここまで来たんだし、無事に街まで来られたお礼くらいは言っておくか」
二人は静かに女神像の前まで歩み寄ると、ひんやりとした石の床に膝をつき、胸の前で手を合わせて静かに目を閉じた。
(無事に街に着けました。これからどうなるか分からないけど、無事に元いた日本に戻れますように……)
心の中でそう問いかけた、次の瞬間だった。
——ズキンッ!!
頭の中を、まるでガラスが割れるような鋭い衝撃が貫いた。
「っ……!? あ……っ!?」
「相沢さん!?」
頭を抱えて急に苦しみ出す澪の異変に、瀬尾がすぐさま目を見開く。
視界が激しく歪み、全体が眩い白い光に覆われていく。頭の中に直接、理解の追いつかない膨大な情報と、熱い魔力が雪崩のように流れ込んできた。
身体の奥底、詰まっていた何かが無理やりこじ開けられるような感覚。全身の力が一瞬で抜け落ち、立っていることすらできなくなる。
「ひぁ……っ、あ……」
「おい、しっかりしろ! 相沢……!」
膝から崩れ落ちる澪の身体を、瀬尾が慌てて両腕で受け止めた。抱きかかえる腕に強い力がこもるのが分かったが、澪の意識は急激に遠のいていく。
「おい……っ、返事しろ、相沢……!」
焦ったように名を呼ぶ瀬尾の声も、どこか遠くの水中に沈んでいくかのように薄れていく。
(え、ちょっと……これって、例の……イベ……ン……ト……)
心の中で呟く言葉すら途切れ途切れになり、澪の意識は完全に引きちぎられ、深く暗い闇の中へと沈んでいった。




