第12話:タレとピアスと剣
香ばしい肉の焦げる匂いに吸い寄せられるようにたどり着くと、露店では大ぶりの肉串がジュージューと音を立てて網焼きにされていた。見た目は完璧で、ツヤツヤとした脂が落ちていかにも食欲をそそる。
瀬尾がさっと銀貨を差し出し、焼き立ての肉串を二本受け取ると、そのうちの一本を澪に手渡してきた。
「ほら」
「わっ、ありがとうございます! いただきまーす!」
目を輝かせ、さっそく熱々の肉に豪快にかぶりつく。肉汁が溢れ、噛み応えも抜群――なのだが。
「……あれ?」
「どうした」
「あ、いえ……すごく美味しそうなのに、薄味?ってか味なくないですか?」
「どれ……あー、ほんとだ。素材の味そのままっていうか、塩気すらろくにねぇな」
瀬尾も一口かじり、眉をひそめる。見た目が完璧だっただけに、ただ焼いただけで全く味付けがされていない素っ気なさにはがっかりしてしまう。
「これってもしや、小説でよく見る『飯の味が薄い』ってやつですかね……。肉がこれなら、パンとかもカチカチでパサパサなんじゃ……」
「まじかよ。それがホントならキツイな」
「ですよね。でも、私にはアレがあるので大丈夫です!」
周囲の目を盗んで手元で空を軽くタップし、通販魔法で焼肉のタレを取り出した。
「これつけて食べましょう」
「お、 それがあったな!」
澪は肉串にタレをたっぷりと絡め、気を取り直してもう一度かじりついてみる。
「……あ、やっぱりタレがあると全然違いますねー」
味がなかった肉にしっかりタレが絡んで、一気に美味しくなった。
「これ、もう肉串じゃなくてタレが本体ですよね」
「そうだな。もはやタレを舐めるための棒だな」
瀬尾も肉串にタレをたっぷり絡めて口に運んだ。
「やっぱり日本の焼肉のタレって最強ですよね。こんなに美味しくなるなら、小瓶に詰めてマイ調味料として常備しておけばよかったなぁ……」
「美味っ、いいね。次からそれ頼むわ」
「了解です。準備しときますね」
二人で肉串を平らげた後、賑やかな露店街をぶらぶらと歩く。異世界ならではの珍しい服飾品や装飾品がずらりと並んでいた。
ふと足を止めたのは、繊細な小物が並ぶ露店だった。
(うわぁ、可愛い……。日本にはないデザインかも。細工がすごく細かいなぁ)
青い小石があしらわれた小ぶりのピアスを眺めていると、隣からの静かな気配に気づいた。見上げると、瀬尾がポケットに手を突っ込んだまま、じっと無言でこちらを見つめていた。その視線に、少しだけ息をのむ。
「……さっき誕生日言ってたよな」
「え?」
「買ってやるよ。どれだ?」
「えっ、本当ですか!?」
思いがけない申し出に目を丸くしていると、露店の店主が誇らしげに胸を張って言った。
「お目が高いねぇ、お姉さん! そいつは腕のいい職人が一つひとつ手作業で削り出した一点物なんだ。露店で扱うにはちと高級品だがね……金貨3枚だ」
(き、金貨3枚……!? 露店なのに結構な高額……!)
提示された値段に、澪は思わず息をのんだ。気まずくなって辞退しようと口を開きかけた瞬間、瀬尾は何食わぬ顔で革袋から金貨を取り出し、カウンターに置いた。
「これで」
「毎度あり! 男前なお兄さんだね!」
「……いいんですか? 結構高かったですけど」
受け取った小さな箱を手に恐縮して見上げると、瀬尾は目を細めた。
「いいんだよ。また魔獣狩ればいいしな」
「……じゃあお言葉に甘えて。ありがとうございます! ピアスもいただいたことですし、これからも通販でしっかりサポートしますね。瀬尾さんも何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってください!」
「マジか。じゃあとりあえず、タバコとキンキンに冷えたビール頼むわ」
「やっぱりそこに行き着きますよね……。分かりました、バッチリ仕入れておきます」
(……てか私、ピアスひとつでまんまと買収されてない? チョロすぎない……?)
大切そうに箱をカバンに仕舞い込みながら、自分のチョロさに小さく苦笑した。
そこでふと、瀬尾の腰元に視線をやって首を傾げる。
「そういえば瀬尾さん、武器持ってないですよね? この先もずっと丸腰で魔獣狩りするつもりですか?」
「あー……言われてみればそうだな。素手と魔法だけでもなんとかなるから忘れてたわ」
「それって忘れられるもんなんですね……」
「細かいことは気にすんなって……よし、本格的に旅に出るなら、まともな武器くらいは買っておくか」
瀬尾が露店の店主に向かって声をかけた。
「店主さん、このへんに腕のいい武具屋ってあるか? ついでにあそこに見える高台の大きい建物が神殿なのかも教えてほしいんだが」
「おう! 武具屋なら、この道をまっすぐ行った角を右に曲がったところにバルドの親方の店があるぜ。武器ならなんでも揃ってるはずだ。神殿はあの青い屋根の建物さ」
「なるほど。助かった、ありがとな」
店主にお礼を言うと、二人は教えられた通りバルドの店へと向かった。
店内にはずらりと物々しい剣や槍が並んでいたが、瀬尾が足を止めたのは、壁の片隅に飾られた一振りの細身の片手剣だった。
店主のバルドが「そいつは大剣と違って一撃の重みはないが……」と説明しかけると、瀬尾は軽々とその剣を抜き、重さを確かめるように軽く振ってみせた。
「いや、これでいいわ。大きいの重くて持ち歩くのダルいし、かさばるのも邪魔だしな。軽いのが一番だろ」
スマートな剣を腰に下げると悔しいくらい様になっていた。
支払いを済ませて店を出ると、瀬尾が青い屋根の建物を見上げた。
「よし、武器も買ったし、次はあの神殿に行ってみるか」
「はい! 行きましょ。これで一通り準備完了ですね」
のんびりとした足取りで歩き出す瀬尾の隣で、澪はくすりと笑いながら後を追った。




