第10話:冒険者ギルドと、静かな威圧
大通りをまっすぐ進むと、門番の言葉通り「剣と盾」の重厚な看板が掲げられた大きな石造りの建物が見えてきた。
「ここですね、冒険者ギルド」
「おう。外観からして、いかにもって感じだな」
瀬尾が重い木製の扉を押すと、カウベルの乾いた音が響いた。
扉をくぐると、広々とした酒場のような空間が広がっていた。昼間だというのに、あちこちのテーブルで酒を飲む厳つい冒険者たちの姿がある。二人が足を踏み入れた途端、何重もの視線が一斉に突き刺さった。
「……なんか、アウェイ感がすごいですね」
「そりゃそうだ。見るからに浮いてんだろ、俺たち」
動きやすさ重視のアウトドアウェアを着た二人は、ゴツゴツした鎧や革装備に身を包んだ周囲の冒険者たちの中で明らかに浮いていた。
買取窓口を目指して歩き出そうとした、その時だった。
「おやぁ? 見ない顔じゃねぇか、お嬢ちゃん」
ドスン、と下品な足音がして、澪の前がいやな影で遮られた。
立ちふさがったのは、横にみっちりと太った、酒臭い息を吐き散らす大男だった。
頭頂部にはド派手なオレンジ色のモヒカンがそびえ立ち、剃り上げられた頭の横から首筋にかけて、気味の悪い刺青がぎっしりと刻まれている。肩には使い込まれた大斧を担いでいた。
「こんな可愛らしいお嬢ちゃんが、こんな場所に何の用だ? 迷子なら俺様が優しく案内してやろうか?」
男が下品な笑みを浮かべ、澪の肩に手を伸ばそうとする。
その瞬間、澪は恐怖するどころか、ぱぁっと目を輝かせた。
「わあ……! すごい、これが噂に聞くギルドのお約束ですか!? 本物だぁ……! ちなみにどちらから来られたんですか?」
「は……? ど、どこからって……なんだお前……」
いきなり観光名所でも見つけたかのようなテンションで食い気味に質問され、モヒカン頭の大男は毒気を抜かれたように気圧された。
「おい相沢さん、お前は何に感動してんだよ」
瀬尾が呆れたように間に入ると、ぬっと伸びた手が大男の肩をがっしりと掴んだ。
「な……んだと……!?」
男が顔を歪めて振り返る。そこには、背の高い体躯で男を上から見下ろし、貼り付いたような爽やかな笑みを浮かべる瀬尾が立っていた。
「うちの連れですが、何か御用ですか?」
瀬尾はニコニコと営業スマイルを浮かべたまま、掴んだ男の肩にぐいぐいと尋常じゃない力を込めていく。
「痛っ……! ぐっ、あ痛たたたっ!?」
ミシッと骨が悲鳴を上げる音に、男の顔がみるみる赤から蒼白へと変わっていく。痛みに耐えかねて膝がガクガクと震え出したが、瀬尾は一切容赦なく、悠々と見下ろしたまま肩をさらに締め上げた。
「な、なんでもねぇ……! なんでもねぇから手を離せっ……!」
「そうですか。勘違いだったみたいだな」
瀬尾がパッと手を放すと、男は肩を押さえてその場にうずくまり、荒い息を吐きながら逃げるように自分の席へと戻っていった。
静まり返るギルド内。
「……ふぅ。どこに行ってもこういうベタな奴はいるんだな」
瀬尾は何事もなかったかのように新しいタバコを取り出し、火はつけずに口にくわえた。
「ちょっと瀬尾さん、せっかくのギルド名物だったのに、すぐ追いはらわないでくださいよ」
「名物じゃねぇよ。変な奴にまた関わる前にサッサと換金終わらせるぞ」
「あ、そうでしたね……。 名物にテンション上がって忘れてました。瀬尾さん、あそこに案内カウンターがありますよ。ちょっと聞いてみましょう」
二人は中央にある案内カウンターへと足を進めた。カウンターの奥には、制服を着たおっとりとした印象の若い女性スタッフが座っており、二人が近づくと優しく微笑んだ。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
丁寧で親切な対応に、澪は密かに胸を躍らせた。
(やっぱり受付嬢さんもイメージ通り……!)
「あの……私達、田舎から出てきたばかりで、ギルドの仕組みとかお金の価値がよく分かっていなくて」
「まあ、そうだったのですね! 当ギルドでは初めての方にも丁寧にご案内しておりますよ。この国の通貨は『リル』といいまして、銅貨1枚が100リル、銀貨1枚が1,000リル、金貨1枚が10,000リルとなっております」
「100リル……! さっき外の露店で見た肉串が100リルでした!」
「ええ、まさに肉串1本やパン1個が銅貨1枚程ですので、日常の買い物は銅貨が基本になりますね。あ、ちなみにその上に白金貨や、滅多に流通しない大白金貨というのもあるのですが、国家間の取引や大貴族様が使うようなお金ですので、私たちが普段目にする機会はまずありません。冒険者登録の手数料は銀貨1枚になりますが、もしお持ちでなければ、先に素材の買い取り窓口で換金していただくことも可能ですよ」
丁寧な説明を聞きながら、澪は頭の中で素早く計算した。
(肉串が100リルで100円くらい……。銅貨が100円、銀貨が千円、金貨が1万円札って考えると、めちゃくちゃ分かりやすい!)
「わかりやすい説明、ありがとうございます! 瀬尾さん、まずは素材を売ってお金を作ってから登録しましょうよ」
「そうだな。案内助かったわ」
「いえいえ! 買取窓口はあちらの奥になりますので、どうぞ行ってらっしゃいませ」
受付嬢にお礼を言い、二人は奥にある「素材買取」の看板が掲げられた窓口へと足を進めた。




