第36話:守りたい人達
〈ルミエール国軍女子寮〉
収穫祭の騒動から一夜が明けた昼、リラの元に来訪があった。
「折角来てくれたのに、ごめんねレイチェル」
「街で起きたことは耳に入れています。軍はさぞかし忙しいでしょう」
収穫祭の二日目、レイチェルと街を散策する予定だったが、昨日の事で午後に事情聴取が入っていた。
「うん、今日のお出かけはまた後日でも良いかな」
「分かりました。リラさんもお忙しいとは思いますが、ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう」
レイチェルは軽く会釈をすると静かに去っていった。
部屋に戻ると昨日の事が頭に流れてくる。
あの時の判断は間違っていなかったはずだ。
敵はテロリストで、国民にも被害が出ていた。
時間を無駄には出来なかった。
当日、妹のリーナは会場の見回りをしていて、そのまま避難誘導に当たったそうだ。
国民だけじゃない、リーナも危ない目に遭っていたかもしれない。
天文学的な確率だとしても、たらればだとしても、もう、敵を逃すなんてこと絶対にしない。
写真立てを手に取りベットに横たわる。
写真の中の家族は皆んな笑顔だ。
「………………ごめんなさい……」
後悔は尽きない。
あれは私が18歳の時、入隊して2年目の春だった。
〈1921年ヴァッサ南西戦線〉
「嫌だ! 殺さないでくれっ!!」
私の目の前にボロボロになった西国兵が武器を捨て降参していた。
「皆、死ぬ時は同じことを口にするな」
過酷な冬を乗り越え、不衛生な塹壕で過ごした私にとって、敵は的か人形にしか見えていなかった。
降参するならば捕虜として連れて帰らなければならない。
だが、そんな時間すら我が軍にとっては惜しい。
刀を振り上げると西国兵はより、焦りを見せた。
「待ってくれ、た、頼む……今度妹が産まれるんだ!」
ドクンと心臓が鳴り、振り下ろす手が止まる。
家族……。
当たり前だ。
敵にも家族が居てその帰りを待ってる人がいるだろう。
私にも当然、大好きな家族が居る。
「お願いだ、合わせてくれ……まだ死にたくない、」
そんなこと許される訳が無い。
お前もこれまでに何人も人を殺して来ているだろう。
お前だけが許されるのは不公平だ。
頭が揺らぐ。
私も家族が何より一番大切だ。
心が揺らぐ。
私がもし逆の立場だったら……?
剣先が揺らぐ。
そうなってしまえばもう相手の思惑通り。
殺意は離散してしまった。
目の前で武器を捨て必死に懇願する兵士、その胴を切り付ける事が、私には出来なかった。
「……この先の外れに獣道がある。見張りが少ない比較的安全な道だ」
人の目に光が宿った。
「もう二度と私の前に現れないでくれ」
引腰で逃げていく西国兵が見えなくなると少しの後悔に襲われた。
〈同年、春〉
春季休暇を貰い、実家のあるテクネへと帰った。
列車と船での長旅も家族に会えると思うと心が踊る。
「ただいま!」
家に着くとぶっきらぼうな父がリーナとティナが学校がもうすぐ終わる時間だと教えてくれた。
学校へ向かう道は体が覚えていたようで、目をつぶって歩いても畑に落ちない自信があった。
「前線と全然違うなぁ〜」
変わらない風景、懐かしい道を今は妹達が歩いていると思うと穏やかな気持ちになれる。
学校に着き、妹達を待っていると下の妹のティナが学舎から出てきた。
「ティナーっ!」
「リラちゃん! 帰ってたの!」
ティナは嬉しそうに飛びついてきた。
「そうだよー! 少しの間お姉ちゃんお仕事お休みなんだ」
「やったぁ! 帰ったら一緒に遊ぼ!」
ぐいぐいと服を引っ張り抱っこを迫るのも、何故か懐かしく感じてつい甘やかしてしまう。
「勿論。リーナ来るまで少し待ってようね」
「リーナちゃん、友達と遊ぶから先に帰ってて良いよって言ってたよ?」
「ありゃ、そうなの? んー、リーナ私が帰ってたの知ったら怒りそうだけど……先に帰る?」
「帰る!」
ティナを抱っこしながら帰る。
畑の向こうには青い海が広がっていた。
「今日の空きれい!」
「そうだねぇ〜、あの雲オムライスみたいだよ」
「ほんとだー!」
目線を海に落とすと、波打ち際に小型の船が一隻止まっていた。
あそこの海岸は本来なら船を止めてはいけないはずだ。
静かにティナを地面に降ろす。
「……ティナ、先にお家戻れる?」
「なんで?」
肩を優しく掴みティナの顔を見つめる。
少し不安そうなティナを安心させるように優しく、笑顔を作る。
「お姉ちゃん大切なお仕事を思い出したから、それを終わらせたら走って家に帰るから……ね?」
「…………分かった」
岩に身を隠しながら近づくと、二人、船へ物資を運び込んでいる様だった。
船の柄や形は西国の物だった。
「あれは、西国兵? こんな島に何でまた…………」
刀を掴み考える。
捕らえて東国軍に引き渡すべきだろう。
物資を持ち上げたタイミングを見計らい突撃する。
「抜刀——!」
物資を持っていた西国兵に刀の柄でこめかみを叩きつけ無力化。
もう一人には懐に入り込み腹、顎、鼻と打撃を入れた。
「ふぅ……砂浜に足が取られなくて良かった」
船に何名居るかは不明瞭。
殺してしまって人的証拠を失う訳にはいかない。
慎重に船内へ侵入する。
船内は木箱が積み上げられていて視界が悪かった。
小さな船だ、物資の量を考えると二人で定員なのかもしれない。
「お姉ちゃん……?」
名前を呼ばれ、振り返るとティナが立っていた。
迂闊だった。
ティナは私のことが気になったからか、後を着いてきていた。
外にいた西国兵を倒す所を見ていたのだろう、今にも泣きそうな顔をしていた。
「ごめんねティナ、すぐに帰ろうね」
ティナを抱きしめようと近づいた突如発砲音が鳴り響いた。
弾はティナの体に当たり、私が叫ぶより前にティナは倒れた。
「ティナ!!? なんで……?!」
隠れていた西国兵の一人が銃をティナに向けて撃っていた。
意味が分からなかった。
武器を持つ私じゃなくて、なんでティナが撃たれたのか。
私の戦意を失わせるため?
馬鹿だろう。
家族を撃たれ、その場に崩れ落ちる者が居るだろうか。
「……あぁ……あ、あああああああふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな! 許さない殺………………っ……ぅああ……」
初めて、家族を守るためでは無い、粗末な刀を振るっていた。
「ティナ……ッ!!」
妹は体を撃たれていて、服が真っ赤に染まっていた。
止血しようと傷口を抑えてもティナはどんどん顔色が悪くなっていく。
「誰かっ! 誰か、誰でも良いから! ティナを助けて!!!」
脈を測るのが怖かった。
もしも息をしていなかったらと思うと出来なかった。
心臓マッサージをしていたら変わっていただろうか。
ティナの体を圧迫し、血を流す姿に私は耐えられない。
「そうだ、病院? お医者さん、診てもらおう……?」
ティナを抱き抱えて走った。
痛がる声一つもあげないティナは強い子。
そう、ティナは心配させないように我慢してるだけ。
子供は大人の顔色をよく伺っているから、だから……。
「非常に残念ですが……」
叫ぶ看護師を無視して診察室に駆け込んだ私は、医者にそう告げられた。
父と兄が駆けつけるまで私は病院で暴れていたそうだ。
でもそこからは早かった。
あっという間にティナの葬儀が終わり、家の墓石が一つ増えた。
休暇明けには首都に戻り、前線に駆り出される。
殺す理由を復讐では無く、家族を守るためと思い直すにはそれなりに時間がかかった。
逃がした西国兵がティナを殺した奴だとは言わない。
でも、もう私が感情に流されることはない。
そして誰一人、敵は逃さないと誓った。
だけど実際はどうだ。
冷静、論理を口にするばかりで行動には表れていない。
写真を枕元に置く。
涙で髪も枕も濡れていた。
どうか許して欲しい。
一生許さないでくれ。
ティナは私に失望しただろうか。
かっこよくて優しくて、頼れるお姉ちゃん。
何一つ出来なかった私を好きでいてくれるだろうか。
「……………………違うだろ」
1911年12月13日。
誕生日ケーキを前に嬉しそうに笑っているティナを撫でる。
「私はティナのことが大好き、家族が大好き………………独りよがりなんかじゃ無い、沢山の愛を嘘にするな」
机の上には新しい階級バッチが置かれていた。
テロの主犯者を鎮圧した功績を讃えられ、階級が一つ上がったのだ。
「ごめんね、お姉ちゃん……頑張るからね」




