第37話:産声
〈ルミエール国軍女子寮〉
アンジェはドアをノックする音で目を覚ました。
「…………どなたでしょうか」
収穫祭も終わりを迎えており、窓から映る街では撤収作業が行われていました。
ドアを開け、尋ね人を確認する。
目線は自然と下へ向きました。
「少し早いが、誕生祝いだ」
白い箱に小箱、書類を抱えたアメッサさんが立っていました。
「……………………ありがとうございます」
私の誕生日は25日、1週間以上先ですね。
「これは何ですか?」
「貴官は以前アップルパイが好きだと言っていただろう」
確かに私はネージェ姉の作ったアップルパイが好きです。
ですが、そんな事アメッサさんに言いましたっけ。
アメッサさんからケーキを受け取るとずっしりとした重さを感じました。
「それともう一つ。先日の君の功績を讃え、この度アンジェ一等衛生兵を上等衛生兵へ昇格する」
「えっ……はい?」
「渡すのが直属の上司で無くてすまないな」
昇進を理解する前に、書類と小箱を渡されました。
「誕生日おめでとう、アンジェ上等衛生兵」
要件が終わるとアメッサさんはさっさと帰って行きました。
先程の出来事が嘘かのように、部屋は静かになりました。
何でしょう、すっっっっごく複雑な気分です。
ケーキは嬉しいです。
階級が上がったのも実感はありませんが嬉しいです。
贈り主がアメッサさんでなければ最高の一日です。
…………少し、言い過ぎでしょうか。
「はぁ〜………………」
渡された物を机に起き、ケーキの箱を開ける。
少し焦げ目の付いた美味しそうなアップルパイでした。
テディ君のことは百歩譲って、相手が爆弾を持っていたので鎮圧するのは理解できます。
シナモンの香りが鼻を抜けていきました。
ですが、その為に動物を利用したが本当に許せません。
あんな可愛いわんちゃんに怪我でもあったら、どう責任を取るつもりなのでしょうか。
皿とフォークを棚から取り出せば、食べる準備は完了です。
「………………まぁ、ケーキに罪は無いですよね」
〈ルミエール国軍、司令室〉
アンジェの元を離れたアメッサは司令室に戻っていた。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい〜。階級バッチはきちんと渡せた?」
「はい」
入室するとマイ副総司令官が両手に資料を抱え、よろよろと歩いていた。
「ローズマリー? アメッサが帰って来たから会議、始めるわよ〜」
「今行きます!」
司令室の奥、部下のローズマリーはぴょんと立ち上がり紅茶の準備を初めた。
会議の内容は昨日起きた首都襲撃についてだ。
「検死の結果、リラ軍曹とアンジェ上等衛生兵が対峙した相手は西国軍の幹部、ショロンで間違いありませんでした」
ローズマリーが数枚の写真を机に並べる。
隣には幹部名簿の複製が置かれており、ショロンと顔が一致していた。
「副総司令官。今後大きな問題に発展する恐れはありますか?」
ローズマリーはスケジュールを確認し、マイ副総司令官は紅茶に角砂糖を4つ入れていた。
「身元を引き渡しをこちらがどうするかによるわね〜、今回、外交官の応接は総司令官がするとの事よ」
総司令官と西国の外交官とのやり取りは今年の春から劇的に増えていた。
総司令官の元へ向かうと、備えの机に手紙が日に日に積み上がっていたのを覚えている。
ならば、停戦しなかった場合を考えたい。
「ローズマリー。ガスは後、どれ程散布し続ける?」
ローズマリーは待っていましたと言わんばかりに、化学兵器の分析結果を並べる。
「冬が来れば、大気中の空気を雪が吸って化学兵器の影響は弱まるとのことです!」
「分かった」
「例年通りでしたら、冬入りは12月下旬でしょうか?」
ローズマリーが首を傾げ、マイ副総司令官と静かに首を縦に振る。
「西国が進軍し続けたとしても、悪天候の中リネア川を越えて攻める迄の戦力は無いでしょう〜」
マイ副総司令官は紅茶を片手に地図をなぞった。
「山脈を上り猛吹雪の中、ノイを攻めるなんて自殺行為ですね……」
異常気象で常に雪が降るノイは森林に囲まれている。
更に居住区も狭く、道も検閲所への道しか整備されていない。
「ならばいっその事停戦し。東国が内戦で疲弊しきった後、ヴァッサを攻め込む方が得策だろう」
「時間を惜しまないのであれば、相手にとってその方が勝機があるわね〜」
地図を睨みつけ、
「停戦すれば壁は完成し、続ければ撤退は必至……いずれはヴァッサを捨て、リネア川で防衛を強めると……?」
「負け続けてしまえばそうなるわね〜。平和のための最善を尽くしたいけれど」
「だから私達はノイを植民地にしていないでしょう? ちゃんと自国の責任をもって育ててきたつもりよ〜」
マイ副総司令官はぼんぽんと私の頭を撫でた。
ローズマリーはあわあわとした様子で視線を泳がせている。
「私含め寛大な措置だと思います」
紅茶を一口飲み、マイ副総司令官は地図に印を付ける。
そこはノイの北にある港だった。
「そうね〜でも砕氷船。あれは今後一つの選択肢になる。アメッサには頑張ってもらわないと」
「アメッサさんは確か海路の担当でしたよね」
ローズマリーは手を叩いて納得したそうだ。
「私は後にノイとの仲介役になる。ノイの航路局とやり取りをし砕氷船を通行可能にする必要があるからな」
「利用しているみたいで嫌よね〜」
マイ副総司令官は泣く真似をし、おもむろに抱きしめてきた。
「……そうですね、産まれだけで此処に身を置いていますから、よっぽどローズマリーの方が仕事が出来ます」
視界の端のローズマリーに目配せで合図を送る。
「こほん。冬までには軍を整えなければいけませんね」
ローズマリーが咳払いをし、話を軌道修正する。
マイ副総司令官は名残惜しそうに離れていった。
「そうね〜。向こうも停戦を望んでいるとはいえ、備えるに越したことはないわ」
その後、会議は9杯目の紅茶が冷めるまで続いた。




