第29話:渡り鳥
「アメッサ、ビアンカさんからお手紙が来てるわ」
司令室で調べ事をしていたアメッサの元にマイ副総司令官が手紙を抱えてやって来た。
「ビアンカさん……申し訳ありません、即知の方ではないのですが」
「あら、知らない? 東国のレーションとか作ってる会社の女社長さんよ」
マイ副総司令官は微笑みながら手紙を差し出した。
「しゃちょっ……手紙確かに受け取りました」
レーション会社の社長なら、ハドワの交流会に参加していそうな者だが。
参加名簿にビアンカさんの名前は無かった。
ペパーナイフを使い手紙を開ける。
内容を読み進める。
首都にあるカフェ、そしてビアンカさんの娘について話があるとの事。
「すみません、マイ副総司令官。外出の許可を頂けますか?」
「ビアンカさんからのお呼び出し?」
「はい、何時でも良いとの事でしたが、なるべく早く伺いたいです」
「そう……分かったわ。ふふ、ビアンカちゃんも偉くなったのねぇ〜」
マイ副総司令官は慣れた手つきで外出届にサインをした。
「マイ副総司令官、アメッサさんおはようございます! アメッサさんはお出かけですか?」
ローズマリーがるんるんと軽い足取りで司令室に入ってきた。
「おはよう〜、ロージー」
「おはよう。そうだ、出勤早々悪いな。急用なら鳩を飛ばしてくれ」
「分かりました!」
「ここ、か?」
店内は人形やぬいぐるみで飾られていて、随分とファンシーな店だった。
軍人の私とは正反対の世界だな。
「こんにちは、ルミエール国軍の者です。ビアンカさんはいらっしゃいますか」
「ぐ、軍人さん!? い、今ビアンカさんを呼んできます……っ!」
レジにいた店員もフリルやリボンの多いワンピースで着飾っていた。
声をかけると、とたとたと慌てた足取りで店員は裏に入っていった。
暫くするとこれまた似たような格好の貴婦人が出てきた。
「はぁ〜い! こんにちは、貴方がアメッサさんね」
「初めまして、ルミエール国軍少佐、アメッサです。よろしくお願い致します」
「私はビアンカ、よろしくね」
ビアンカさんは優雅にお辞儀をした。
「スカラー? いらっしゃい!」
ビアンカさんが店の裏へ声をかける。
恐らく手紙にあったビアンカさんの娘だろう。
「今行くー!!」
元気な声が遠くから聞こえ、パタパタとした足音と共にカーテンの裏から現れたのはあどけない少女だった。
似たようなフリルの多いワンピース。
青い薔薇で衣装を着飾り頭のてっぺんからつま先まで着飾っていた。
そして何より目を引いたのは彼女自身。
こんなことを言うのは失礼だが、とても整った顔立ちをしていた。
「初めまして! 私スカラー!」
「は、初めまして」
スカラーは笑顔で手を出してきた。
無下にする訳にもいかず握手を交わす。
その後ビアンカさんに連れられたのはカフェの個室。
アフタヌーンティーが既に整えられていた。
ビアンカは紅茶を注ぐと早速話を始めた。
「ここの店の店長をこの子に任せたくてね、書類を出そうしたのだけれど、この子の住民票が無かったことに気がついたの」
「それは……軍ではなく役所に行くべきでは?」
ビアンカさんのお話は私の管轄外の事だった。
私は普段海路の仕事を中心に行っている。
殆ど知識が無いと言っても過言ではなかった。
「それが、結局軍の人が来る羽目になるんですから、見知った方を呼びたいじゃない?」
抽象的なことを少々投げやりに言ったビアンカさんは続けて。
「スカラーは西国出身なのよ」
「は!?」
とんでもない事を言い出した。
思わずスカラーから距離を取る。
その反動でガタッと椅子が揺れた。
頭の中でぐるぐると思考が始まる。
ノイの生き残りか。
本土の西国兵か。
いや、まずこいつは私より歳下だろう、西国人だが西国兵ではないのか?
不確定要素が大きすぎる。
スカラーは悲しそうに顔を下に向けた。
ハッとし状況を飲み込む。
こいつは私が西国人ということを知らないのだろう。
いや、知っていたとしても今の私の行動は幼い子供を傷つける行為だ。
「……気が動転しただけだ、差別的な意味はないが、不快な思いをさせてすまない」
スカラーに謝罪し再び椅子に座り直した。
ビアンカさんは紅茶を一口飲み、話を続けた。
「ノイ戦線の終戦時にこの子を拾ったんだけれど、当時はまだ5歳くらいの子供でね」
今も子供だけれど――。
とビアンカは娘のほっぺを突ついた。
「そうでしたか……いえ、国民調査の穴はこちらの責任ですので、難民受け入れ体制も管理方法も当時から変わっていませんし」
確か管理方法を当時のナオキ総司令官ともう一人の司令官が考えたと、昔マイ副総司令官から教えてもらった。
これは私が産まれた頃に出来たもので、当時の東国の内政も座学でしか分からない。
「私は余り詳しくは無いのですが、再度調査に伺い、本人に問題がなければ、東国民としての住民票を出せると思います」
「そうなのね……ひとまずは安心かしら」
ビアンカさんはホッとしたように薬指の指輪を撫でた。
「つかぬ事をお伺いしますが、何故私を指名したんですか?」
「そうね、この子が西国出身でしょ? 昔、ナオキさんから聞いたのよ。貴方も西国で産まれた子供だって」
「そうでしたか」
現在、私はナオキ総司令官の養子として、この国で暮らしている。
その繋がりも含めて私を呼んだのだろう。
「ごめんなさいね、私もこの子が酷い扱いを受けるのは嫌なの」
「私は決まりに従っているだけです。余罪があれば同胞でも捕まえます」
「立派な軍人さんね」
難しい話をしていたからか、スカラーはつまらなそうにしていた。
今丁度、2個目のケーキを食べ終わっていた。
紙ナプキンで口を拭くとスカラーはビアンカをつついた。
「ねぇ、お話終わった? アメッサちゃんと遊んでもいい?」
「こら、ちゃんとアメッサさんって呼びなさい」
「アメッサちゃんと私はお友達なのに?」
スカラーはこちらをうるうるとした瞳で見つめた。
「……そうだな、君は子供、ましてや一般人だ。好きに呼ぶといい」
「うん! でも私、一般人じゃないよ? ここのお店の店員で、劇団員だもの!」
スカラーは胸を叩き、どこか誇らしげだった。
「ほう、芝居ができるのか」
「うん! 見てて…………?」
彼女は目をつぶり一度呼吸を整えた。
再び目を開けた時には、先程までの幼さは消えた。
一瞬、目を奪われるような、妖艶な雰囲気を醸し出したが、瞬きをする頃には演技が始まった。
「ずっと退屈だった。だけどそれももう終わり! 私、大空を飛びたいの! あの、鷹のようにっ!!」
時間が止まったように感じた。
スカラーは夢見る少女を演じた。
目を輝かせ窓に手を伸ばすスカラーは、誇張表現されているが、とても演技には見えなかった。
「どうだった? 私の演技は見惚れるでしょ」
スカラーは自信げに言った、それ程までに本当に素晴らしい演技力だ。
目で追ってしまう求心力とカリスマ性。
オマケに美しい身なり。
今からでも大きな劇団に入り、主演女優の座を獲得できるのではないだろうか。
「……素晴らしいな。この店で公演をする時は是非立ち寄らせてくれ」
「勿論! 特等席を用意するからね!」
スカラーはぺこりと優雅なお辞儀をしてみせた。
「では、受け入れなどの申請に関しては私の上司の管轄です。一度持ち帰って、再度お伺いします」
「分かったわ、よろしくお願いね」
「もう帰るの?」
私が話を戻すとスカラーは物悲しそうだった。
「私は職務中なんだ」
「そっか、今度は仕事以外で来てね?」
「あぁ良いぞ」
二人に見送られ、帰路に着く。
平日の昼間、街を行き交う人々は想定より多かった。
頭上を見上げると飼い慣らした伝書鳩が私の周りを飛んでいた。
太陽の光に鳩は照らされ、影からはみ出る逆光が眩しかった。
普段は司令室で身の安全が確保されている。
だが一度外に出てしまえば、私は西国人で裏切り者。
何処に保守派や革新派、西国兵が潜んでいるか分かったものじゃない。
自然と手に力がこもる。
ふと、嫌な人の気配を感じ、横道を見る。
通行人が居たが、別段怪しくはない。
いや、よく見ると、その人影に見覚えがあった。
「…………なんだ、レイチェルか」
「あぁ、アメッサさん、今から帰りですか?」
レイチェルは私の格好から仕事だと分かったのだろう。
茶会の時に提案された、馴れ馴れしい呼び方をすることはなかった。
「そうだ。お前は仕事か?」
「はい。今から軍に報告書を提出しに行きます。良ければ一緒に向かいませんか」
「そうだな。どうせ向かう先は同じだ」
レイチェルは細道から大通りへ出てきた。
軍人では無いからか、剣などの目に見える武器は見当たらない。
仕事内容を聞くほど馬鹿ではないが、前線の動きが無い今。
傭兵である彼女にどんな仕事が舞い込むのか、気にはなるな。
軍に着くとレイチェルは会釈をして応接室に入っていった。
司令室は軍の最深部にある。
要所要所で検閲、持ち物検査があり、セキュリティ面では最高峰だろう。
「ただいま帰還しました」
「アメッサさんおかえりなさいー!」
「ローズマリー、擦り寄るのは後にしてくれ、私は総司令官に要件があるんだ」
「ナオキ総司令官にですか? いつも通り奥の部屋にいると思いますよ」
「分かった、ありがとう」
ローズマリーは目を丸くすると終始ニマニマしていた。
感謝を伝えるだけで機嫌が良くなるとは、扱いには困らないな。
「総司令官、アメッサです」
「入れ」
総司令官は机の上に大量の資料を並べ、一つ一つにサインをしていた。
「失礼します。難民の受け入れについて少々お話があるのですが」
「なんだ?」
ナオキ総司令官の表情が少し曇った。
「国内避難民、ノイの住民に対しての対応が10数年前から変わっていませんが、今後改正のご予定はありますか」
「それは私と私の上官で整えたものだ。時代に沿って改良してきたつもりだ」
総司令官の意見は最もだ。
一から作り上げたものを変えるのはどれ程大変だろうか。
「はい……ですが、根本的な仕組みは変わっていません。現在の西国の諜報員に知られている可能性は高いでしょう」
「今後ヴァッサの難民も増えるだろうが、すぐに変えることは難しい」
それでも総司令官は一、司令官の意見を聞き入れてくれた。
「現状は一つ一つ対応するしかない、ということですか」
「そうだな……冷戦状態が落ち着くか停戦後に速やかに対応しよう」
「分かりました。ありがとうございます」
スカラーに関してはもっと詳しく調べなくてはいけない
その年付近の行方不明者を調べあげ、該当者が居ないか絞る必要がある。
ビアンカさんについてもスカラー程ではないが、知る必要があるだろう。
「それと、レーション会社のビアンカさんについて、お話を伺ってもよろしいでしょうか」
「ビアンカ嬢か? 構わないが、アメッサと繋がりがあったか?」
ナオキ総司令官は私が思っていた以上にビアンカさんと交流があるようだった。
それこそ歳の差的に妹のように思っていたのではないだろうか。
「本日ビアンカさんの元に伺い、ビアンカさんの娘……元西国人であろう子供と対面しました」
総司令官は驚いたように顔を上げ、一瞬目線があった。
「そうか、詳しく話してやりたい所だが、生憎、私も立て込んでいる、自分で調べた後、質問事項だけ送ってくれないだろうか」
「分かりました、話は以上です。……失礼します」
敬礼をし部屋を後にする。
アメッサが出て行った後、ナオキは一人、部屋でロケットを取り出し、写真を少しの間眺めていた。




