第24話:疑惑
強制収容所から脱出した後、アンジェ達一同はチャイファルの軍病院に移動していた。
アンジェは一日大部屋に寝泊まりする事になり、借り物の衣服に身を包む。
その間、移動前アメッサ少佐に伝えられた言葉を思い出していた。
「暫く前線に赴くことは無くなるだろう」
「捕虜になったからですか?」
「それもあるだろうが、今前線は化学兵器の影響で両軍近づくことが出来ない」
「つまり、えっと…………?」
「冷戦状態になるだろうな」
アメッサは真っ直ぐアンジェを見つめた。
「…………戦争が終わる?」
「不確定な未来を部下に告げる事はできない……まぁ、君は休暇を有意義に過ごしてくれ」
「はい、ありがとうございます」
もしかして国境を超えなくても、戦争が終わればシユに会える……?
アンジェの行動の根源はシユにある。
物心ついた頃から戦争が身近にあったアンジェにとって、冷戦や終戦した時の事は考えに無かった。
着替え終わり、アメッサ少佐に手渡された資料を手に取る。
「第4中隊で少数の人員追加があった。目を通しておくように」
第4中隊にもかなりの負傷者や死者が出ていた。
死者の中には、以前よくしてくれたクラム一等兵の名前も記されていた。
「オルゲ伍長とフォルン上等兵のお二人が増えたんですね……」
オルゲ伍長は頭部を火傷し現在は首都の軍病院に、フォルン上等兵は西国の強制収容所で亡くなっていた。
クラム一等兵や会ったことのないフォルン上等兵を想像し、短く敬礼をする。
第4中隊と再会出来るのは、争いが始まった時になるのかと思うと、アンジェの心境は複雑だった。
「アンジェちゃん、おはようございます」
「レイチェルさん! どうされましたか?」
病室にレイチェルが静かに入ってきていた。
「休暇を貰ったと話を聞きまして、本日ご予定はありますか?」
「いえ! 実家に一度顔を出しに行こうとは思っていますが……」
レイチェルの目的がハッキリとは読めずアンジェは曖昧に答えた。
「では、その前に温泉に行きませんか」
「温泉ですか?」
「はい、疲労回復など効能がありますよ」
「行きます!」
第一防衛ライン崩壊後、何日も徹夜をしないといけない程の激務。
その後捕虜となったアンジェは長い事ゆっくりと体を流す事が出来ていなかった。
「軍病院の近くに銭湯があると教えて頂きました」
「温泉……ってことはプロスのお湯をチャイファルまで運んでいるんですか?」
「いえ、ノイの地下から湧き出ている源泉を運んでいるそうですよ」
アンジェとレイチェルは軍病院からタオルを数枚借り、銭湯に向かった。
銭湯に行くとお婆さんが店番をしていた。
机の上には看板猫が籠の中で包まっていて、アンジェは思わず声をあげた。
「猫ちゃんだぁ〜! 撫でても良いですか?」
「撫でてあげてぇ、この子撫でられるの好きだからさぁ」
お婆さんに許可を貰い優しく撫でてあげると、猫は気持ちよさそうに尻尾を揺らした。
「良かったねぇ」
とお婆さんは猫に語りかけた。
猫は気まぐれに尻尾を揺らしていた。
「お風呂、行きましょうか」
「はい! またね猫ちゃん〜」
風呂場はこじんまりとしていて広くは無かったが、幸運にも貸切状態だった。
アンジェは桶にお湯を注いで頭から被った。
温かいお湯は知らないに固まっていたアンジェの緊張を溶かしていった。
何回か髪の毛を洗う内にレイチェルは先に湯船に浸かっていた。
アンジェが湯船に浸かる頃にはレイチェルも気分が良さそうにくつろいでいた。
お湯は透き通って綺麗だった。
「ちょっとレイチェルさん!」
「……はい?」
アンジェはレイチェルの体を見て思わず叫んだ。
彼女の体には無数の傷があったからだ。
「怪我してるじゃないですか!」
「あぁ……ほぼ毎日前線にいるんです、怪我は絶えませんよ」
レイチェルは傷を隠すように肩までお湯に浸かっていた。
「傷、しみないんですか?」
「しみますよ。ですがあまり気にした事はないですね」
「ちゃんと手当して貰って下さい!」
アンジェはずんずんとレイチェルに詰め寄った。
「うん……そうですね、野戦病院は軍の方のための施設、私のような傭兵がお邪魔する訳にはいきません」
「そんな事ないです! 前線なら第4中隊、それかヴァッサの中央野戦病院に来てください! 私がレイチェルさん治療しますから! 絶対ですよ!」
アンジェはいつに無く真剣な顔をして更に詰め寄っていった。
「そうします……ね」
半ば強引に返事をしたレイチェルに満足し、アンジェは湯船にゆっくり浸かり始めた。
〈同刻、チャイファル軍病院〉
アメッサは病院内を見渡しながら歩いていた。
「アメッサ少佐お疲れ様です!」
「あぁ、ご苦労」
レイチェルに直接確認したい事があったアメッサは、当の本人を見つける事が出来ず院内を行ったり来たりしていた。
傭兵であるレイチェルを知っている隊員はそれ程多くはなく、聞くより自分で探す方が良いという判断だったが。
すれ違う隊員、皆が立ち止まりアメッサに敬礼をする。
軍人として当たり前の行為だが、何回も前を通り過ぎる様では他の隊員の気が休まらないと考え始めた時。
「アメッサ少佐、少しよろしいですか」
「構わないが…………場所を移動した方が良いか?」
振り返るとリラ伍長が少し俯いて立っていた。
アメッサはリラよりも背が低いが、それでも少し目線が合わない。
手を仕切りに気にしていて落ち着かない様子で、何か相談事だろうかと気を回したが故の提案だった。
「ありがとうございます。応接室を借りているのでそちらまでお願いします」
「分かった、案内してくれ」
リラが案内したのは軍病院の角部屋。
応接室の中には簡易的な椅子と机が置かれていた。
「本作戦の責任者及び、立案者がアメッサ少佐だと聞き及びました」
「あぁ、そうだ。それがどうかしたか」
リラは応接室に入ると直ぐにアメッサに対し質問をした。
アメッサは答えながら椅子に座り、リラにも座るようジェスチャーを促したが、リラが座る気配は無かった。
「少佐は、いつ作戦を考えたのですか?」
「大使館でリラと別れた時だ」
「職員の方とお話されていたのはほんの数分でした、その間に作戦を考えるなんて不可能です」
アメッサはその言葉に眉をひそめた。
「私が他人の功績を奪っていると?」
「いえ……ただ、虚偽であるのであれば、少佐が立役者になっている理由を聞かせては貰えませんか」
「君は、私が責任を無理やり負わされた、覚悟のない哀れな者だとでも言いたいのか?」
アメッサは立ち上がりリラの目の前に立ち塞がった。
「お前は私と交流関係があるという理由だけで、少佐である私の目の前に立ち進言している。少しは立場を弁えたらどうだ」
「珍しく感情的になるのは、肯定しているようなものでは? 伝書鳩で大量の作戦内容を送れない事は少佐なら分かるはずです」
「失言されて黙れる訳がないだろう!」
ピシャリとしたアメッサの声は部屋の中で反響する。
アメッサがこれ程大きな声を出すのを、リラは初めて聞いた。
「お前は私を勝手に想像するだけでなく、挙句の果てには同情の目を向けようとしている。いいかリラ、お前は私の行動と結果だけを見ていろ」
「それが出来ず、命令や書類に無駄な思考を割くようなら、軍人など辞めろ」
リラはアメッサの言葉に歯を食いしばった。
アメッサは深く呼吸をした後、鞄から自身が署名した作戦内容の紙を取出し、現実を突きつけるようにリラに差し出した。
だがそれがリラの手に渡ることはなく、乾いた紙の音が床に静かに響いた。
「どうした」
「いえ、すみません」
リラは慌ててしゃがみこみ拾おうとしたが、紙はリラの手から何度も滑り落ちた。
焦りか、顔は青ざめていて明らかに様子がおかしかった。
「リラ、今、私の目の前で一度でいい、刀を抜いてみろ」
アメッサは先程までの怒りなど無かったように、落ち着いた声で命令した。
リラは立ち上がり恐る恐る刀を抜いた。
刃先が鞘から離れた瞬間、刀は音を立てて床に落ちる。
それを目にするなり、アメッサの脳内では多くの考えが頭をよぎった。
リラの手の痺れは治っておらず、むしろ悪化していること。
大使館への護衛時には問題は見えなかった。
その時から既に無理をしていたのではないか。
足りない武力として、大使館へ連れていったリラは、そもそも療養のために早くに首都へ戻っていたこと。
第一に任務遂行可能か確認を怠ったこと。
常に合理的に、感情に流されないように気をつけなければならない筈が。
リラの妹に対する情に、アメッサ自身が流されたのだと認めなければならなかった。
それからのアメッサの行動は早かった。
「すまない私の判断が間違っていた。……君を大使館へ連れていくべきでは無かった」
アメッサは軍帽を脱ぎ、リラへ一度、深く礼をした。
先程までの態度の違いにリラは困惑し、何を言うべきか考えている間にアメッサは顔を上げていた。
「今すぐ軍医に診てもらえ」
「……分かりました」
リラはアメッサに刀を納めてもらい、応接室を後にした。




