第20話:ヘルツカイナ入国
「ローズマリー、死亡者名簿を閲覧させて貰えないか」
「分かりました!」
ハドワの交流会から帰国後。
アメッサは部下の一人であるローズマリーに話しかけた。
ローズマリーは、司令官の一人。
カメラが好きなようで常に持ち歩いていて、隙あらば写真を撮ろうとしてくるので、少し困っている。
そんなことは露知らず、ローズマリーはふんわりとした薄い金髪を揺らし、眩しいくらいの笑顔を振りまいた。
「それとこちらも……」
「行方不明者の名簿か」
ローズマリーは行方不明者の名簿も手渡してきた。
前線が崩れることでどの程度の人間が減るのか、把握しておこう。
「だいぶ、多いな」
「はい。それと、少々気になる点がありまして」
ローズマリーはバツが悪そうに編んだ髪を触っていた。
「第一防衛ラインが崩壊した時点で後方にいた第3、第4中隊の隊員の行方不明者が多く見受けられていて」
「殉職した訳ではないのか」
「戦闘後、後方の拠点で生存確認が取れています」
「……逃亡兵か?」
第1防衛ラインが崩壊した事により、前線は苛烈を極めただろう。
それに嫌気がさし逃亡するのも無理はない。
「いえ、路頭を組んでいるとの情報もありませんでした」
「この数の人間が結託するのは不可能か」
それなら、第三者による影響を受けたのだろう。
「……捕虜、か」
「そう考えるのが妥当ですね。こちらもそう考えています」
そうなると誘拐ルートを絞り出さなければならないが。
「山岳列車、ノイ、壁、国境検閲所……山脈、リネア川…………不審船」
海路の主な担当を行い、先月、不審船に対する指示を出したのは私。
更に4月の体力検定時、前線に穴がある事は分かっていた。
事前に防げたはずの事件だ。
つまり私が引き起こした事と同義。
「ははっ……最悪だ」
思わず失笑する。
一番最悪な状況にいるのは捕虜となった隊員達だろう……。
「どうされますか」
「……君は、私に考えさせるのが好きだな」
「大事なことですので!」
「一先ずルミエール大使館に迎えるか確認を取りたい、文の準備をしておいてくれ、印は総司令官か副総司令官に頼む」
「はい! かしこまりました!」
さて、私はナオキ総司令官に外出の連絡をして、西国に向かっておくべきだろう。
人手が足りないのだろう、外出の許可はあっさり降りた。
外出の準備をして司令室を後にする。
廊下を歩いていると、一人走って来る隊員が目に移る。
ここはルミエール国軍本部だ、急用とはいえ走るなど、一度叱責するべきだろう。
「アメッサ少佐!!!」
「……伍長か、余り大きな声を出すな」
正体はリラ伍長だった。
「今から……何処か、向かわれるんですか、」
「その前に要件を聞こう」
防寒具を腕に抱えている私を見て外出する事を悟ったのだろう。
リラは息も絶え絶えに聞いてきた。
「隊員が複数名行方不明になっている件ですが、その中に第4中隊も含まれています」
「そうだな、こちらも把握している」
そういえばリラの妹が第4中隊に配属されていたか。
「何があったんですか」
「現在調査中だ。教える事は出来ない」
「私も連れて行って下さい」
「君が何処に行きたいのか知らないが、勝手に向かえばいいだろう」
突き放すように言った。
いても立っても居られないと、私の元に来たんだ。
そのように興奮しているリラを西国に連れていく訳にはいかない。
「……第13小隊所属、リラ。アメッサ少佐の護衛として、今回の任務に拝命して下さい」
「何か勘違いしていないか? 私は君の妹を助けに行く訳では無い」
「それでも、お願いいたします」
リラはすぐに落ち着き、私に足りない武力と正当な理由を見つけ、自分に出来ることを提案した。
「一朝一夕で終わる任務ではない、君は前線を放棄するつもりか?」
「上層部で停戦条約の話が進んでいると聞き及んでおります」
「ほう、噂好きの人間が司令室にも居たわけか」
ローズマリーがリラに情報を吹き込んだのだろう。
元西国兵の私を西国に一人で送る事は不安材料になる。
司令室としてもお目付け役としてリラを付けたいのだろう。
「私は今からルミエール大使館に向かう。最悪、西国から出られなくなるが、その覚悟があるか?」
「はい……!」
出られなくなるというのは文字通りでもあれば、最悪死ぬということなのだが、本当に分かっているのだろうか……。
現在使用できる国境検閲所はノイにある。
ノイまでは列車が開通しておらず、馬車で向かう。
馬車の中でリラは西国の事や気をつける事を聞いてきた。
「第一関門は国境検閲だな。東国側はまだしも、西国側で咎められる可能性がある」
「大丈夫なんですか?」
「もしもの時は、大人しく殺されてくれ」
「えぇ……」
「君は停戦間際の国の、開戦理由になりたいか?」
「なりたくない!」
リラは勢いよく首を横に振った。
「直接大使館に向かうんですか?」
「いや、ついでに軽く、ノイの様子を確認しておきたい」
ノイで少し食料でも購入しようと馬車を止めてもらい降りる。
「さっむい!」
「防寒具でも買うか」
馬車から降りるとリラは寒さに首を竦めていた。
8月だというのにノイは長袖を着用している者ばかりだ。
「これくらいなら耐えられます」
「そうか? 西国はさらに冷えるぞ、寒さで動きが鈍くなられても困るんだ。なるべく動きやすい物を探そう」
適当な服屋を探し、入店する。
ノイの服は伝統的な柄の入ったデザインが多い。
少々値は張るが、試着しているリラを見ると一枚でだいぶ暖かそうだった。
「白も似合うな」
「でもこれだとすぐに汚れちゃいそうですね」
「雪景色に溶け込むならこの色がいいだろう。土で徐々に汚れはするだろうがな」
リラは白いロングコートを選んだ。
「アメッサの髪も雪に馴染む白髪だよね」
「あぁ、そうだな。リラのような綺麗なピンク髪だったら、私はノイ戦線で死んでいただろうな」
長い髪とリラの刀の腕を褒めたつもりだったが、私が10年前のノイ戦線に参加していた事はジョークにはならないらしい。
私からしたら笑い飛ばしてしまいたいのだが、リラは複雑そうな顔をしていた。
その後の馬車内でもノイの話は出てこなかった。
「お待ちしておりましたー! 時間ピッタリですね……って本当に小さいな!」
「ルミエール国軍、少佐アメッサだ」
東国の国境検閲所に着くと、にこにこと笑う国境検閲官が出迎えた。
第一声は私の身長に対する言及というなかなかに良い性格をしている。
「情報と齟齬はない……君、本当の本当に軍人なんだ」
国境検閲官はまじまじと資料と私を見比べた。
「そちらの方は?」
「護衛の者だ」
その次にリラに注目した。
「ルミエール国軍所属、伍長のリラです」
「OK、少し待っててね………………うん、特に問題は無さそうだ」
リラが来ることは急遽決まったことで、国境検閲所に申請出来ていなかったが、ルミエール国軍の軍人であることがしっかりと証明されたのか、通れるようだ。
「あ、君達にお願いがあるんだけどいいかな」
「密告は出来ないぞ」
「そんなんじゃないよ、本当に個人的な興味でさ」
東国の国境検閲官は身振り手振りで説明しだした。
「西国の国境検閲官、噂じゃ俺と瓜二つなんだって、でも実際に会いに行けないから、確かめて欲しいんだ」
「それくらいなら……だが私達の言葉を信じるのか?」
「子供の言うことなら信じるよ、というかね、ここに来る人達は頼めるような人達じゃなかったからさ」
「生きて帰れたら、伝えてやろう」
「頑張れ〜、小さい司令官さん」
東国の国境検閲官は手を振りながら私達を見送った。
「「おぉ…………」」
本当に似ていた。
違う部分があるとしたら、髪の毛を結ぶ位置。
ニコニコとしていた東国検閲官とは違い、しかめっ面をしているとこだろうか。
その違いがなければもはや同一人物のようなものだろう。
「なんだ」
「いや、なんでもない。入国手続きをしたいんだが」
西国の国境検閲官は淡々と項目を確認した。
「……そちらの方は?」
「私の護衛だ」
検閲官はリラの方をじっと見る。
「事前に申告が無かったようですが」
「護衛をつけたのはこちらの判断だ、そもそも急な申し出だ、護衛の事まで伝える時間がなかった」
嘘では無い。
「監視をつける。それで構わないか」
「行先は大使館だ。西国兵を施設内に入れる訳にはいかない」
検閲官は少し目を細めた。
「それに、大使館は常に見張っているだろう。何も問題はないはずだ」
「……分かりました。ですが、上の判断によっては早急に帰国、又は帰国予定日まで、隔離させてもらいます」
「分かった、リラもそれで構わないな」
「うん」
西国の国境検閲官は奥の扉を指さした。
「身体検査に移ります、各自持ち物を全てカゴの中に、一人ずつ部屋に進んでください」
「分かった」
先に検査をし終えリラを待つ。
出てきたリラは問題無かったようだ。
「アメッサ、武器は?」
「護衛が居るのだから必要ないと言われた」
「了解」
護身用の短剣を持っていた私に対して確認するかのように聞いてきた。
いざと言う時私は役に立たないだろう。
「さて、初めて西国に立った気分はどうだ」
「うーん、前線とあまり変わらないかも」
リラは息を白くしながら答えた。
「検閲所付近は見晴らしが良くなっているからな。中枢区にでも行けばまた違うだろう」
「見たいような、見たくないような」
「余り過激な発言はするなよ、大使館に入っても気を抜くな。なんなら帰国後近づいてくる奴にも気をつけろ」
「今のはちょっと誘導尋問じゃない?」
「ははっ、すまない」




