境界線
ハドワの交流会から帰ったアメッサは、司令室で報告書に追われていた。
各要人との会話内容、出来事一つ一つ細かに記入しなくてはならない。
ジョーカーのこともある、一刻も早く仕上げたかった。
「アメッサ、調子はどうだ」
「ナオキ総司令官、お疲れ様です。交流会の報告書はまだ出来ておりません」
「そうか」
ナオキ総司令官からの進捗確認も今日で2回目。
言葉では既に伝えたが、やはり文として読む方が理解できるだろう。
「そういえば第13小隊の伍長、かなり体調が良くなっているそうだが」
「そうでしたか」
総司令官を横目に書類仕事を続ける。
総司令官の雑談に付き合う暇もない程に忙しかった。
かくいう総司令官も第一防衛ラインが崩壊し暇な訳はないのだが、司令官の様子を見て回っているのだろうか。
「一度も見舞いに行ってないのだろう、顔を見せてきたらどうだ」
「いえ、結構です。私は今の彼女に会うべきではありません」
「ノイの歴史は知っているだろう。産まれた時に領土が西国だっただけだ」
「リラは西国人を恨んでいます」
「それでも、見舞いに来てくれるというのは、嬉しいものだぞ」
書く手を止め、総司令官を見上げる。
「考えておきます」
休憩時間、報告書を書き上げた私はルミエール国軍敷地内にある女性寮に立ち寄っていた。
ある人の部屋の前で立ち止まる。
扉を叩けばいい、ただそれだけの事だ。
熟考する姿を誰かに見られる方が相応しくない。
と、すぐさま扉を叩いた。
「リラ、入ってもいいか?」
「はい!」
想像していた声とは裏腹に、ハツラツとした返事が返ってきた。
「失礼する……起き上がって平気なのか?」
リラはベットから体を起こしていた。
「お久しぶりです、この通りだいぶ良くなりました!」
「それは何よりだ」
リラの部屋を見渡す。
机の上には見舞いの品が多く置かれていた。
「水と軽い食料だ、余るようなら訓練時にでも使え」
「ありがとうございます」
近づくとリラは読書をしていたようで、膝に本が置かれていた。
「戦況は、どうなりましたか?」
「前線は第2防衛ラインまで下がった。北西の第1防衛ラインはガスが散布していてすぐに前線を押しやることは不可能だろう」
「そうですか……」
「伍長が心配する事ではない、今は体を回復することに努めろ」
「分かりました」
リラは顔に影を落としていた。
前線が下がり無力感や後悔があるのは仕方のないことだが、隊員が無駄死にしてはこちらも困る。
「長居しても気が休まらないだろう、用は済んだ。これで失礼する」
「お忙しいのに、わざわざありがとうございます」
「伍長が気にすることではない」
無言の時間が過ぎていく。
居座る理由は無いが、見舞い時に帰る為の口実は、何を伝えればよいだろうか。
やはり仕事……いや、リラはしたくても出来ないんだ。
自分が忙しい事を伝えるのは悪いだろう。
「リラ先輩ー! 調子はどうですかーっ?」
そんな事を考えていると、扉が勢いよく開き、女性隊員が部屋に入ってきた。
「ミリー、おはよう。今日も今日とて元気だね」
「はい! ……って、ア、アメッサ少佐!? お取込み中失礼しました!」
ミリーと呼ばれた女性隊員、軍人としての冷静さに欠けているが、怪我人の前だ、見なかったことにしてやろう。
「構わない、顔を見に来ただけだ。では、リラ伍長、ゆっくり英気を養うように」
「ありがとうございます」
挨拶も程々にリラの自室を後にする。
前線では、皆平等に死んでいくが、冷静さを失った者と躊躇した者はとりわけ早く死んでいく。
リラのように多くの者と関わるのは、その分失う数も増える、気が滅入るだろう。
「司令官が前線に赴くなど、とんだ末期戦だな」
独り言を呟き軍の寮を後にした。




