第19話:韜晦
第一防衛ラインが崩壊してから2日目。
前線は少しずつ落ち着いて、野戦病院も少しの休憩が取れるようになっていました。
「おはようございます! リラさん、体調は如何ですか」
「おはようアンジェ、まだ手の痺れがあるけど、だいぶ良くなってきたよ」
朝早く、野戦病院の廊下で一夜を過ごしたであろうリラさんの様子を確認する。
普段ポニーテールにしている髪の毛は、休むためか下の方で軽く結ばれていました。
「良かったです……! 軍医に伝えておきますね、出発は何時頃に?」
「お昼辺りにしようかと思ってる」
「分かりました、近くなったらまた来ます!」
挨拶もそこそこに病院の外に出る。
太陽の光が眩しくて目を閉じたまま伸びをする。
徹夜続きで頭が回らない分、太陽の光を浴びないとやってられません。
「んー、はぁ…………あ、おはようございます」
「おはようアンジェさん」
一人で伸びているところをマサ軍医に見られてしまいました。
それを見てかマサ軍医も隣で柔軟を始めました。
「第13小隊のリラさん、手の痺れはまだ残っているそうです」
「分かりました、紹介状を書いておきます」
第一防衛ラインは西国の化学兵器の影響で崩壊しました。
リラさんはすぐに川に飛び込んだ事で、毒ガスが流れ落ち、手の痺れで収まっていますが、酷い方は皮膚がただれていたり、呼吸障害をおこしている患者さんもいました。
「この後、裏庭で亡くなった方々を火葬するそうです。私は見守ることが出来ませんが……アンジェさん、野戦病院の一人として一部始終を見届けて頂けませんか」
「分かりました」
裏庭に向かうと、大きな穴が掘られてあり、その中に遺体を運ぶ隊員の方々がいました。
「火ぃつけるから、下がってな」
「はい……」
一人の隊員がそういい火のついた棒を投げ込みました。
パキパキと音を鳴らしながら遺体は燃えていきました。
この中に私が治療した患者さんも、すれ違ったことのある隊員もいることでしょう。
火はどんどん強くなり、顔を背けたくなるほど熱くなりました。
煙か、灰が目に入ったのでしょうか。
目に涙が溜まって……乾いていきました。
「……はっ、…………は……」
息苦しさで、立っていられなくなりました。
この場に泣き崩れる隊員は数え切れない程いたので、私に駆け寄るお人好しなどいませんでした。
暫くして火は小さくなり、そして、消えました。
火を囲っていた隊員達も少しすつ解散していくのにつられ、野戦病院に戻る。
朝食を食べてから参加するべきでした。
「忙しいのに、見送りありがとう、アンジェ」
「いえいえ!」
落ち着いたとはいえ、戦争は続いています。
リラさんを見送る時間になるまで、私は慌ただしく院内を駆け回りました。
「第4中隊、皆無事だといいね……」
「誰かお知り合いでもいましたか?」
リラさんは私の所属している第4中隊を先日といいかなり心配していました。
彼氏でもいるのでしょうか。
「あぁ……えぇっと、私の妹が今年から入隊して、アンジェと同じ第4中隊に配属されててね」
「えっ、そうなんですか」
第4中隊に配属されてから約3ヶ月。
衛生兵として隊員の健康管理を行ったりもしますが、全ての隊員と仲良くなれたわけではありませんでした。
「これはお願いなんだけど、アンジェが第4中隊と合流したら、私の妹、リーナに私が無事だって伝えて貰えるかな」
「それくらいでしたら、任せてください……!」
リラさんはほっとした顔で微笑みました。
「じゃあまた、アンジェも気をつけてね」
「はい! リラさんもお大事に!」
リラさんはゆっくりと駅の方面に向かっていきました。
見えなくなるまで見守りたかったですが。
「アンジェ一等衛生兵、招集です」
「分かりました……!」
駆け寄ってきた伝令兵に声をかけられました。
マサ軍医に軽く挨拶をし、指示の通りに拠点まで向かう。
「アンジェ一等衛生兵、ただいま到着しました!」
「おう、これで全員揃ったなぁ」
ガタイのいい立ち姿に少し訛りのある口調。
ガーラン大尉がどっしりと仁王立ちしていました。
「ガーラン大尉!!……って事は」
「第4中隊、帰還するわよ」
マルティナ中尉がガーラン大尉の後ろから現れました。
それに他の第4中隊の隊員達の姿もありました。
怪我をしている隊員ばかりでしたが、なんだか安心しました。
「よしお前ら、帰ったら酒だ!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
ガーラン大尉の言葉につられて勢いよく返事しましたが、私お酒飲めないんでした。
後方から首都に帰る方法は一つ、列車で7時間揺られることです。
列車に揺られ30分、私はリーナさんを探すことにしました。
「あ、あのマルティナ中尉、リーナさんはどこにいるか分かりますか?」
「リーナ一等兵のことかしら。だったら、奥の車両に居るはずよ」
近くに座っていたマルティナ中尉はお弁当を広げていました。
美味しそうな匂いがこちらまで漂って、思わずよだれが…………じゃなくて、お昼の邪魔をしてしまったのに快く教えてくださいました。
「ありがとうございます……!」
急いで隣の車両に移動する。
女性隊員は男性隊員より少ないので、すぐに見つかるといいのですが……。
席に座る隊員をざっと見渡す。
その中に一人外を眺めている女の子がいました。
「あの……! もしかしてリーナさんですか?」
「ん? そうだよ! ……あなたは第4中隊の衛生兵さんだよね?」
「はい! アンジェ一等衛生兵です!」
「私はリーナ、同じく一等兵だよ! 隣、座って座って!」
リーナさんはリラさんと似てとても明るい雰囲気の方でした。
「私になにかお話?」
「はい……! あのリーナさんのお姉さん、第13小隊伍長のリラさんからの伝言です」
「リラ姉さんから!? リラ姉さんは無事!!?」
リーナさんはぐっと顔を近づけ、必死に聞いてきました。
「は、はいっ! 逃げる際川に飛び込んで、そのまま野戦病院に……ガスの症状も殆どなく、本日私達より先に首都に帰っていきましたっ!」
「…………良かった、」
リラさんの無事を伝えるとリーナさんは落ち着きを取り戻してくれました。
それからは、歳が近いこともあって話が弾み、すぐに打ち解けていきました。
「リーナちゃん今年で16歳なんですか! 若いのに凄いです……!」
「アンジェさんとお呼びした方がいいですか、?」
「いえいえ! タメ口でお願いしますっ!」
同じ歳に入隊したとはいえ年齢的には後輩。
少し前かがみになり上目遣いで質問するリーナさんに、思わず先輩呼びが頭をよぎってしまいました。
「帰ったらリーナちゃんは何するんですか?」
「そうだなぁ……実家に帰れるほどお休みはないから、首都で過ごす事になるなぁ」
「実家はどこなんですか?」
「プロスだよっ! アンジェちゃんは?」
「私はラントヴィルです! 東国で見たら近いですね!」
「だねだね! プロスは島だけど、綺麗な場所だからいつか遊びに来てね!」
「はい!」
本当に明るく穏やかな時間でした。
「っわあ!!?」
「なに!?」
突然、列車が急停止しました。
衝撃で体が前に乗り出す、危うく頭をぶつけるところでした。
「リーナさん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫、どうしたんだろう……事故かな?」
車内で安否の声が上がり始め少しざわつき始めた頃。
カランッと地面に何かが転がりました。
通路に複数転がったソレは、シューっと音を出し始め、瞬く間に煙を発しました。
「わ…………!!」
煙が凄くて、目を開けることすら出来ません。
バンッ!!と大きな音やドタバタと走る足音も聞こえます。
「武器を捨て、両手を上げろ!」
大きな声と共にガシャガシャと武器が床に落ちる音が響き渡りました。
「ケホッ……ゲホッ、はっ゙…………?」
ようやく目を開けると、目の前には西国兵。
銃をこちらに向けて構えていました。
私以外の隊員は煙に体制があるのか既に武器を捨て、両手をあげていました。
私も恐る恐る両手をあげる。
乗っていた列車が包囲され、私達は捕虜になってしまいました。




