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君たちの時代にいたい  作者: たかゆき宗也
4章 ティレーベル防衛戦
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第16話:化学兵器

〈北西第一防衛ライン〉

 

「前線を死守しろ!」

「リラ伍長! あれ……!!」


 第13小隊の伍長として北西第一防衛ラインで戦っていたリラだったが、今日は一段と敵の数が多かった。


 そんな隊員が慌てて指す方を確認すると、黄色い煙が大きな半径を描きながら落ちてきていた。


 何だアレは。


「っ撤退!!撤退!!!!」


 数秒後それは着弾し周囲にガスを振りまいた。

 




 

〈ヴァッサ中央野戦病院〉

 

『ザザッ……各隊員に伝達。化学兵器による攻撃で、北西の第一防衛ラインが決壊。各員第二防衛ラインの守備に当たってくれ』


 ヴァッサ地区中央野戦病院のラジオから響く総司令官の発言に周囲がザワつく。

 マサ軍医含め、多くの衛生兵が顔を引き攣らせていた。



 



 〈ルミエール国軍司令室〉

 

「戦況は――!」

「北方を守らないとリネア川を超えてくるぞ!」

「最悪の事態も有り得ます!」

「野戦病院の物資が持ちません!」

「化学兵器の解析はまだなのか!?」


 司令室はこれまでに無い程ざわついていた。


「北側の第二防衛ラインを重点的に固めましょう。毒ガスの影響もあります。攻めてくる敵兵の数もそれ程多くは無い筈よ」


 慌ただしい司令室で的確な指示を出したのは以外にもマイ副司令官だった。


「副司令官……!」

「南西の部隊に応援要請を送ります!」

「北ヴァッサの病院に集中し過ぎないよう各野戦病院に連絡を急げ!」


 ふぅ、とマイ副司令官がため息とつくとナオキ総司令官が身支度をして司令官長室から出てきた。


「ここの指揮は任せた」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 



 

 

〈ヴァッサ中央野戦病院〉

 

 ――第1防衛ラインが決壊した。


 アンジェは少しずつ状況を飲み込んでいた。

 

 最前線が化学兵器によって被害を受けたこと。

 これから沢山の負傷兵が来ること。

 自分達の身にも危険が迫っていることを。


「各員準備を整えて下さい。手袋を何重にもはめるように」


 マサ軍医が各衛生兵に指示を飛ばしていました。

 いち早く状況を理解し冷静に動いています。


 第4中隊の皆は無事だろうか。


「アンジェさん、君には……」


 指示を出すマサ軍医の言葉を遮り、私は口を出していました。

 

「マサ軍医、私、前線に行って第4中隊と合流します」

「……凄く危険ですよ。今までとは訳が違います。それでも良いのなら、行きなさい」

「はい!!」


 あっさり許可が降りました。

 会話する時間すら惜しいのでしょう。

 

 早速準備しなくては。




 必要な物を揃え、ヴァッサ中央野戦病院を飛び出しました。

 外は明かり一つなく真っ暗で手元のランプだけが頼りでした。

 


「おいお前こっちにこい!」

「はいっ!」


 前線に着くや否や何処かの隊の上官に呼ばれました。


「所属は」

「第4中隊所属、アンジェ一等衛生兵です!」

「第4中隊か、あいつらはここより前の塹壕に居る。、着いてこい」

「はい……!」


 上官の後を追い塹壕内のテントから外に出る。


「え…………」


 塹壕の中は亡くなった敵兵や味方で地面が殆ど見えていませんでした。

 上官の隊員はどんどん進んでいきます。

 そんな行為は些細な事だとでも言うかのように。


「……あ、あの、何処を、歩いたら……、」


 私の言葉は上官には届いていませんでした。

 

「おいそっち持ってくれ」

「はいよ」


 声がした方を反射的に確認すると、少し遠くで隊員二名がが亡くなった隊員を麻袋に詰めて居る様でした。

 一人一人弔いたい所ですが、一斉に火葬されるのでしょう。


「おい!衛生兵!早く来い!!」

「は、はい!」


 私はどうにか少ない露出した地面を踏み上官を追いかけました。


「俺はここまでだ、これを持って進め」

「で、でも……私」


 上官が差し出したのは銃剣でした。

 

「……ッ!お前はここにいる全、員がっ!条約を一から十まで全て暗記して!!頭の隅に置きながら人を殺しているとでも思っているのか!!!」


 最もな意見でした。

 人を殺すのに法律など考えて殺している人がいるのなら、それは頭のおかしい人です。

 私達は普通の人間で、頭のおかしいくなることを行っている。

 私も、衛生兵だからなんて言ってられる状況では無い……。


 

 銃剣を受け取ろうとした瞬間。

 突然燃えるような強い熱風に襲われました。



 


「…………っぐ、」



 目を開けると視界の先で火が燃えているのが見えました。

 上官は……。

 視界の隅に酷い火傷を負い倒れている隊員が目に映りました。


 私は、上官が熱風を殆ど受けたこと。

 吹き飛ばされても土嚢がクッション代わりになったようで。

 私はかろうじて生きているようです。

 

 全身が、凄く痛い。

 怪我の状態を確認しないと……。

 負傷兵を治療する筈がその前に私が死んでしまう。

 

 どうにか身を起こそうと手に力を入れますが、土嚢の中の石を押したようでバランスを崩してしまいました。

 土嚢は少し柔らかくて、所々は硬くて……。


「……う、」

 

 自分の情けなさに涙が出てきます。

 もう一度起き上がろうとすると手袋越しに、じわっと濡れていく感覚がありました。

 赤黒い……血?


「?…………ぁあっ!?」


 土嚢の破れている箇所から中身が飛び出ていて、間違いなくそれは……人の腕でした。

 目の前に積まれている土嚢全部…………?


 もう嫌だ。

 気持ちが悪い、耐えられない。

 

 なんなんだここは。

 どんどん、どんどん人が死んで。

 死んだら人じゃないかのように扱われていく。


「ぅあ、ああ……」

 

 私の声は、周囲の怒号と砲撃音でかき消されていきました。


 シェルショックになった隊員や精神がおかしくなってしまった人達は沢山見てきました。

 でもいざ自分の番になると人はこうやって壊れていくんだ、なんて冷静に観察できません。

 

 仲間は死ぬ。

 自分もいつか死ぬ。


 シユに会えなきゃ意味がない。

 何回も頭をよぎった、その度に否定してきた。

 シユはもうこの世にいないんじゃないかって。

 

 もういっそ…………私も。


 


 銃剣を引きずりながら歩き出す。

 


 素手で殴り合う兵士。

 足元に積みがる死体。

 全部無視して前に向かって歩いた。


 少しでもシユに近いところで死にたい。


 ソルジア上等兵に助けて頂いた命。

 そんなのどうでも良い。

 あれは、あの人の勝手な自己判断です。


 良い人、良い人でした。

 だから、亡くなったんです。


 私の明るい性格も、少しでも助けて貰えるようにと振舞っていただけ。

 全部シユの真似事とシユの…………大人が子供の真似をする為に得た処世術。


 フラフラと、でも足取りは前に。

 

 殺伐とした戦場で戦意損失した小柄な子供に構っている暇など敵にも無いようで、私は一向に死ねませんでした。


「何ぼっとしてんだ!」


 突然腕を引っ張られ塹壕に転がり落ちる。

 顔をあげると私を引っ張ったのはアルヴァ一等兵でした。


「死ぬのは勝手だがその前に早くこれ治療しろ」

「…………はい」


 シユとの約束なので、治療をしない訳にはいきません。

 アルヴァ一等兵は右腕を負傷していました。


「他の第4中隊の皆さんは?」

「戦闘が激しすぎてはぐれちまった」

「そうですか……」


 アルヴァ一等兵の右腕は打たれているようでしたが、弾は貫通しており難しい処置ではなさそうでした。


「お前何でこんなとこほっつき歩いてたんだよ」

「疲れたからです」

「それは今のお前がそうなだけだろ。何で戻ってきたんだって言ってんだ」

「第4中隊が気がかりでした」


 気がかりだったのは事実です。

 誰にももう死んで欲しくないと、ほんの少し前まではそう思っていました。


「あっそ。じゃあ、俺を野戦病院まで送り届けろ。それがお前の任務だ」

「ガーラン大尉達は……?」

「あの人らはそうそう死なねぇよ」


 アルヴァ一等兵は非情な人ですね。

 第4中隊が気になると前線まで来た少女に、他のやつなんて気にせず俺を守れと。

 そう言ってのけました。

 

「それに、もうクラムは死んじまったしな」


 あぁ、そういう事ですか。

 アルヴァ一等兵ももう戦う気力が無い。

 友人の死を受けて、死にたくなったのではなく、生きたくなったのでしょう。


「だから、お前が前に出る必要ねぇんだよ。その銃捨てて衛生兵の仕事しろ」

「はい……処置終わりました」


 だから、今の私には物凄くお節介です。


「その手で銃打てるんですか?」

「打てねぇからお前に野戦病院まで連れてけって言ってんだよ。俺は特攻兵なんてやりたかねぇよ」


 いいですよ。

 何て一ミリも思いませんでした。

 

 なんでこの人は、いい話みたいにして私を安全な所に連れていきたがるんですかね。

 私のシユへの思いがそんな説得で変わる訳無いでしょう。

 勝手に一人で戻って欲しいですね。


「…………」

 

 それならばと近くの手榴弾を探す。

 亡くなった兵士の持ち物を漁ると一個、手榴弾を見つけることが出来ました。

 これを持って、最後の最後に使ってやろうと思いましたが、一度座ってしまうと駄目ですね。

 もう立ち上がれません。

 

「何、してるんですか?」


 声をかけられた気がしたけれど、顔を上げる気にはならなかった。


「レイチェルです。お久しぶりですね」


 レイチェル、あぁ、あの人ですか。

 ゆっくり顔を上げると思ったより近くに顔がありました。

 

「……あぁ、はい、」

「ここに居ても直に迎えが来るとは思いますが、一度病院まで送ります」


 レイチェルさんに連れられ私とアルヴァ一等兵はヴァッサ中央野戦病院まで戻りました。

 レイチェルさんはその後すぐにまた前線へ戻り。

 アルヴァ一等兵も病院外の軽傷者の列に並び始めていました。


「アンジェ二等衛生兵、只今帰還しました。何か出来ることはありますか」

「あぁ、アンジェさん。軽傷の患者さんの対応を頼むよ」

「はい」


 私はマサ軍医の元に戻り、いつものように指示を貰いました。


 手を洗う為手袋を外す、味方の血で汚れていると思っていた手は嫌なほどに綺麗でした。

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