第15話:平和の土地
〈1925年2月〉
ルミエール国軍司令室の一角。
アメッサは机に向かって悶々と考え事をしていた。
ヴァッサの国境線での戦争が始まってから4年。
当面の目標としては、
現在建設しているチャイファル方面へ鉄道を完成させ。
ノイの港に砕氷船の部品を運搬可能にする事で新たに北方の海路を開通する事。
その為にはノイの航路局に申請も必要なのだが……。
何かと交渉を先延ばしにされている。
西国にとって東国に最も近く、北極海の情勢を保ってきたのはノイだ。
海路の仕事を割り当てられたのも、私がノイ出身だからだろう。
「アメッサ、珍しく手が止まっているわね?」
「マイ副司令官、おはようございます。少し考え事をしていました。何かありましたか」
ホットミルク片手に声をかけてきたのはマイ副司令官だった。
総司令官とは三人兄妹の長女で、名門プロスの姓を有している。
「お兄ちゃ……総司令官からの連絡でね」
少し抜けた部分がある方ですが、総司令官の右腕であり、司令室の雰囲気を良くしてくれる居なくてはならない存在です。
「アメッサにハドワへ7月20日から23日の4日間出張に行って欲しいの」
「出張!?……ですか、はい承知しました。内容はどのような?」
「アメッサ初めての出張だものね。毎年、両国交流会がハドワで行われている事は知っているわよね。その会場準備と当日総司令官の付き添いをアメッサに任せたいそうよ」
ハドワ。
東国の南西にある島で、東国にも西国にも属さず平和条約が結ばれている唯一の地域。
ハドワは南海の船の補給所としてとても優秀な位置にある。
北海は夏でも氷に覆われており、物流の主流は南海を使った海路だ。
ハドワが東国にある事も、西国にある事もどちらの国にとっても不都合。
当時の総司令官と東国の王が条約を交わし現代もそれは守られている。
「承知しました。私が同行するというのは今回の交流会、何か思惑でもありますか」
「そうねぇ、貴方の同行は女王様からの命令なのよ」
「女王様直々ですか、」
マイ副司令官はそう言いながら各要人の食の好みやアレルギー等の機密資料を手渡してきた。
毎年総司令官と付き添いで一名の司令官がハドワでの交流会に参加している。
通例であれば、私ではなく経験豊富な司令官が向かうはずだろう。
この任務を司令部の中で一番新人である私に任せたのは女王様なりの考えがあるのだろうか。
〈7月20日夕刻〉
私は列車と船を乗り継ぎハドワへ到着した。
宿泊、もとい交流会の会場にもなるハドワリゾートホテルの総支配人マリガンさんが案内してくれるはず。
港に到着し辺りを見回すと、一人長身のホテルマンが深々とお辞儀をしていた。
「お待ちしておりました。私ハドワリゾートホテル総支配人。マリガンと申します。アメッサ様でお間違いないでしょうか」
「はい、よろしくお願いします」
30代前半といった所だろうか、総支配人にしては随分と若く、クリーム色の髪を一つにまとめ、眼鏡をかけていた。
「お荷物お持ちしますね。ホテルまでは専用の通路がございます。少々歩きますがご了承ください」
夕日が輝くハドワビーチを横目にホテルまで歩く。
プロスと比べてここは随分と暖かい。
ハドワリゾートホテルはハドワで一番のホテルだと言われている。
館内は南特有の明るく綺麗な植物や花々で飾り付けてあった。
「こちらが、アメッサ様のお部屋でございます」
「ありがとうございます」
「お夕食は何時頃お部屋にお持ち致しましょうか」
「では、19時にお願いします」
マリガンさんが部屋を退出し、一人になる。
国際交流会の指揮と言っても、3月の時点で既に指示書は送っており、私は会場の下見や安全性の確認をすれば良い。
「……軽く会場を見てこようか」
夕食まで1時間はあるんだ、出歩いても大丈夫だろう。
部屋を出てロビーに行くとマリガン総支配人と出くわした。
「アメッサ様、どうかされましたか」
「あぁ、いえ、会場の安全確認をしたいと思いまして」
「そうでしたか。では、私がホテル内を案内致します」
マリガン総支配人に案内されたのは展示会場。
会場内には船や港の写真、穏やかな市場の風景、ハドワの歴史が展示されていた。
どれもこの国の理想の風景ばかり。
「凄く穏やかな島ですね」
「はい。私はハドワで生まれ育ちましたが、本当に良い島です。アメッサ様にも定住をご提案させて頂きたい」
「いいかもしれませんね。ですがハドワは二国の戦争に巻き込まれるような形になってしまった。島の住民は私たちをよく思っていないのでは?」
「えぇ、確かにそういう住民もおりますが、戦争が終われば全て解決することです」
「それに、この島内だけでも二国が穏やかに過ごせるのなら、私達は平和の手助けをしているようで嬉しいんです」
「そうですか……」
平和な土地にする為に出来ることは大きく二つあると私は考えている。
一つは島内で警備を敷き、警備会社の完全武装により厳しく取り締まること。
二つは武器を一切持ち込ませないこと。
ハドワは後者だ。
観光地としての華やかなイメージを守る為、ハドワへの出港前と船から降りる際に、厳しく荷物、身体検査を行っている。
小さな島だからこそギリギリ出来ている事で、国という大きな土地では到底無理なものだ。
だが、近年ヴァッサ湾やテクネ周辺での不審船の情報、5月の偽装船。
私はハドワがそれらの船の中継地点では無いかと睨んでいる。
アメッサは館内の避難ルートなどを確認しながら思考を巡らせていた。
船の大きさ、停泊位置によっては補給せずとも西国まで行けてしまうだろう。
優秀な船が西国で生まれる前に対策を練らなければならないが、不幸中の幸いか、歴史上西国は海路よりも陸路による戦いが得意で、そちらに力を入れている。
そして北海用の砕氷船を生産していたノイは今や東国のもの。
この戦争に名前が付く日が待ち遠しいな。
「そろそろお夕食の準備が出来ますので、会場に向かいましょうか」
「私は部屋で食べるから良いんだが、」
「是非当ホテルのレストランの空気と共に召し上がって頂きたいのです」
「では、お言葉に甘えて……いただきます」
食事は交流会と同じ食事を提供された。
アレルギー食品も使用されておらず、しっかりと指示書通りに提供されている。
食事の後は流されるままスパに勧められた。
テクネの伝統的な入浴法を流用していて、ハドワでも人気らしい。
「……食事はまだ分かる。だが何だこの致れり尽くせりは」
湯船に浸かりながら辺りを見回す。
マリガン総支配人のご好意かスパは貸切だった。
高級感のあるアロマが焚かれ、観葉植物やライトで彩られたスパは現実を忘れさせてくる。
スパから上がり、自室に戻ろうとするとマリガン総支配人に呼び止められた。
「アメッサ様よろしいでしょうか」
「えぇ、どうかされましたか」
明日の交流会の連絡だろうか。
「ルミエール国軍からお電話が来ております」
「電話……?」
急いでホテル内の電話機の元に向かう。
まだ市場に出回っていない電話機。
高い金を払い、それまでして私に知らせた内容。
「…………は……?」
それは、第1防衛ラインが決壊した知らせだった。




