撤退後
日が傾き始め、あと少しすれば夜になろうかと言う頃、商隊は馬を休ませるために一旦休憩を取っていた。
ガーゴイルと戦っていた冒険者達は、あの後無事商隊に追いつき、ガーゴイルが見えなくなってからも足早に移動し続けた。自分達から見えていなくとも、ガーゴイルは後を追って来られる可能性を危惧したためである。
しかし、ガーゴイルの群れから逃れるためとはいえ、短時間で長距離を移動してきたのだ。冒険者はガーゴイルとの戦闘後、一度も休憩していない。それに重量のある馬車を引っ張る馬にもかなり無理をさせている以上、どうしても休息は必要になる。
だが、休憩中だからといって油断は禁物である。先程までのガーゴイルからは逃れられたとはいえ、ガーゴイルが出現するあの現象がまた起きないとも限らないのだ。そうでなくともここは街の外であり、周囲を警戒することは必須である。
特に、先程襲われた最後方が護衛場所となっている恵菜やケインス達の見張りは重要だった。
「……追ってくるガーゴイルはいないか」
「だな。執念深いガーゴイルがいなくてよかったぜ」
今まで自分達が移動してきた方向を確認するケインスの言葉に対して、同じく見張りをしていたガンザからも返事が返ってくる。
「はぁ~……やっと逃げ切ったのね」
「すみません。本当なら私達も見張りをしないといけないのですが……」
その報告を聞いて緊張感から解放されたのか、リアナは一気に脱力して仰向けに倒れ込み、クレリアも申し訳なさげな表情でその場に座り込む。前衛と後衛の体力差が目に見えて現れた結果だ。
「戦闘はともかく、見張りぐらいなら俺とケインスだけで何とかなるだろ。まかせとけって」
「あ~、頼んだわ……」
ガンザの言葉に甘えるように、力なく声を出すリアナ。普段ならそんな姿を馬鹿にするはずのガンザも流石に今回ばかりはリアナの頑張りを知っているので、からかう様な真似はしない。
その一方で――
「ところで、エナちゃんは休まなくていいのか? 今言ったように、見張りは俺らに任せて休んでてもいいんだぜ?」
「あまり疲れてませんし、大丈夫ですよ。それに周囲の警戒は得意ですから、ジッとしているよりは手伝いたいんです」
恵菜は休憩を取ることなく、ケインスやガンザと同じ様に商隊の後方の警戒を行っていた。
「……何でエナさんはあれ程までに元気なのでしょうか?」
「……あたしに訊かれても困るわ。ていうか、あたしが訊きたいぐらいよ」
同じ後衛であるはずなのに、疲れなど全然感じていないかのような恵菜の姿を見て、驚き半分呆れ半分といった様子のクレリアとリアナ。リアナは恵菜の体力の多さをギルドで既に一度見ているのだが、改めてその凄さを実感していた。
「体力もそうだけど、魔力量も底なしよね……あそこまで威力を強化した上級魔法のグラビティをあんなに広範囲に、それもあたし達が逃げ切るまで発動しておきながら魔力切れにならないなんて……」
「それに馬車の脱出を手伝いに行く前は戦闘にも参加していましたよね……確か冒険者ランクは銅と言っていましたけど、今ならランクが金って言われても信じてしまいそうですよ」
「ふっ、あたしはそれを数日前に知ったわ」
「どうして少し得意げなのですか……」
仰向けの状態でグッと親指を立てるリアナを、クレリアが呆れ百パーセントの目で見つめる。もしかすると、恵菜に関する事を自分が先に知っていたことに対して、リアナは優越感でもあったのかもしれない。
「にしても、あたしとほぼ同じ年齢なのに、あんな上級魔法まで見せられると、少し自信なくなるわ……」
「あら、リアナさんも上級魔法は使えませんでしたか?」
「使えるけど、あそこまで威力を高めたり効果範囲を広げたりするのは無理だし、詠唱を省略するのも厳しいわ。今は詠唱をしてやっとサラマンダーブレスが撃てる程度よ。まぁ、どうやらその詠唱の発音も少し違ってたみたいだけど」
まるで自らの実力が全然高くないように言うリアナだったが、上級魔法を発動することができるだけでも、一人前の魔術師を上回る実力を持っている証明となる。ただ、今回の場合は比較対象である恵菜の実力がおかしいだけなのだ。
「それに……適正属性が五つもなんて……」
「え?」
「あ、いや、何でもないわ」
どうやら、リアナの小さな呟きはクレリアの耳にも微かに届いていたようだ。ドキッとするリアナだったが、クレリアは上手く聞きとれていなかったらしく、何とか誤魔化すことに成功する。
恵菜が発動した魔法の中で、リアナが直接見たことがある属性は火、水、光、そして闇の四つだけだ。しかし、リアナは他の冒険者が話していた、馬車を脱出させるために恵菜が使った魔法の事を聞いて、土属性にも適正があると踏んでいた。
(五つも適正があるだけでも凄いのに、火と闇は上級魔法まで……いや、他の属性の技量も高かったし、もしかしたら……)
「本当に大丈夫なのですか、リアナさん?」
「も、問題ないわ!」
挙動不審なリアナの様子を見て訝しむクレリア。何か悪い事をしたのがバレるのを恐れて、それを隠しているのであれば、クレリアは鬼のような追求でリアナを追い詰めるのだが、リアナはギルドの問題事があって以降、大きな問題を起こしていない(草原火災は大参事にならなかったので不問)。
それにもし隠している事が個人の秘密であれば、それを無理に訊き出す行為は決して褒められるものではない。そのため、クレリアもそれ以上追及しようとはしなかった。
クレリアの尋問が無い事に安堵するリアナ。すると、クレリアは恵菜の方をチラリと見てから、リアナの耳元に顔を近づけ、若干声を落として話しかける。
「まあ、リアナさんの事は措いておくとして。エナさんは何故どのパーティにも入っていないのでしょうか? あれ程までの実力を持っているのなら、エナさんを欲しがるパーティは多そうですけれども」
「ん~、言われてみれば確かにそうね……」
パーティに入っているのといないのとでは、依頼達成の難度は大きく変わる。パーティで依頼を受けた時に適正ランクが変わるわけではないが、一人の時よりも複数人の方が依頼遂行中の安全性が増し、効率が良くなるからだ。
当然の事ながら、優秀な冒険者がパーティにいれば依頼の達成はより楽になる。既に充分戦力が足りているパーティなら必要ないが、そうでないパーティは常に優秀な冒険者を探しており、恵菜の様な冒険者が一人でいると知ったのなら即勧誘に走るはずだ。
相手の冒険者ランクがパーティ全体の平均からかけ離れている場合は、受けられる依頼に差があり過ぎるため、勧誘を躊躇って引き下がるパーティも多い。しかし、恵菜の冒険者ランクはまだ銅三であり、勧誘を自重する理由がない。
パーティに所属するメリットとデメリット、一人でいるメリットとデメリットをそれぞれ比較した場合、圧倒的にパーティに所属した方が良いというのが周知の事実だ。だからこそギルドでは毎日のように、パーティへ入れてもらおうと躍起になっている冒険者の姿が見られる。逆にパーティから勧誘されたとあれば、余程奇人変人の集まりでない限り、喜んで承諾するだろう。
勧誘はあるはずなのに、パーティに所属していない。その原因として挙げられるのは、恵菜がパーティ勧誘を全て断ったという可能性だけだ。クレリアとリアナもすぐその可能性に辿り着き、さらにその理由を考え始める。
「人付き合いが苦手とか?」
「全然そんな感じには見えませんでしたけれど……ほぼ初対面だった挨拶の時も普通でしたし……パーティでの報酬の山分けが嫌だからという理由も、いまいちピンと来ませんね」
「そうなると、勧誘されたパーティの冒険者が全員ロクでもない奴らばかりだった可能性があるわね。あの子可愛らしいから、変な下心持って近づく奴もいるんじゃない?」
「その可能性はないとも言い切れませんが……もしくは何か別の理由があるか、ですね」
だが、二人がいくら考えたところでそれらは推測の域を出ない。恵菜本人に訊けば簡単に答えが分かるかもしれないが、人に言いたくない個人的な事情が絡んでいる可能性もあるため、二人はおいそれと訊く気になれなかった。
ぼっちは誰ともつるみません(嘘)。
次話はできれば明後日(遅くても三日後)に更新予定です。




