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今すべきこと

 クレリアとリアナの二人がヒソヒソと話し合っている頃、恵菜もケインス達と少し話し込んでいた。


「あの、さっきのガーゴイルの群れはどうするんですか? あのままだと、私達以外の人も危ないんじゃ……」


 恵菜が使ったグラビティは、ガーゴイルの姿が見えなくなった頃に制御ができなくなっており、とっくの間に魔法の効果は消えてなくなっている。今頃は全てのガーゴイルが自由に動けるようになっているだろう。

 恵菜はそのガーゴイルが街の方へと向かって移動し、街の人に被害が出るのではないかと心配になり、気が気でないようだ。


 だが、ケインスはその心配に対して首を横に振る。


「ガーゴイルは近くに何もいなければ石像に化けて動かなくなる習性がある。俺達の姿を見失った時点で、あいつらはあそこから動くことはないから、トランナやランドベルサに被害が及ぶことはない」


「でも、何も知らない人が近づいていったら……」


 ガーゴイルが街を襲う可能性がないと分かった恵菜だが、次は逆にガーゴイルがいる場所へ人が向かう可能性を考え付く。

 ここにいる全員がガーゴイルの出現を知っていても、トランナやランドベルサにいる人々はその事を知らない。一応ランドベルサからトランナに移動してくる者がいれば、すれ違う際に引き留めることはできる。だが、トランナからランドベルサに向かう者は止めようがない。そうなれば自ら危険地帯へと飛び込むことになってしまう。


「でもよ、自分の正面に気味の悪い石像が大量に並んでいるのが見えたら、流石に誰も近づこうとはしないんじゃねぇか? それに街の外へ行く時ってのは、大体が護衛の冒険者を雇うんだ。よっぽど自分の腕を過信した冒険者じゃねえ限り、先へ進むのは止めると思うぜ。ガーゴイルも近くまで獲物が来ねえと石像のままだしな」


 しかし、新たに恵菜の頭に浮かんだその可能性を、今度はガンザが否定した。


 護衛依頼を受けている時の冒険者の多くは、他の依頼を受けている時に比べて慎重になりやすい。護衛依頼を失敗した時に冒険者が失うものが大き過ぎるからだ。いつもはいけしゃあしゃあと突き進んでいく冒険者であっても、護衛依頼の時はリスクのある行動を避けるぐらいなのだ。そんな冒険者達が、目の前に危険そうな場所が見えてきた時に、不用心な行動を取るとは思えない。


「……そうですね。確かに、それならガーゴイルの被害が出る可能性は高くないような気がしてきました」


「だが、君の言う通り、あのままガーゴイル達を放っておくことはできない。それでも正直に言って、今の人数だけではガーゴイルを倒しきるのは難しい。それに今俺達がやらないといけない事は、この商隊を無事にランドベルサまで届ける事だ」


 ケインスの言っている事はいたって正論だ。

 恵菜やケインス達がここにいる目的は商隊の護衛であり、ガーゴイルの討伐ではない。今からガーゴイルの討伐に向かうことは、商隊の護衛を放棄するに等しい行為である。いくら人のためとはいっても、ギルドや依頼主がそれを認めなければ、冒険者として重大な違反行為と見なされる可能性があるのだ。

 そうなった場合、冒険者としての評価が大きく下がるのは避けられない。既に一度ガーゴイルと戦闘になってはいるが、あれはガーゴイルが商隊を襲う可能性があったため、それを未然に防ぐために取らざるを得ない対処だっただけのこと。


 その時にガーゴイルを全滅させることが可能であったのなら、冒険者達もそうしていただろう。だが、冒険者の人数が足りず、戦力的に難しいと判断したからこそ、冒険者達は撤退という手段を取ったのだ。今からガーゴイルがいる所に向かっても、同じ戦力では解決できるとは思えない。


 だが、もし恵菜が全てのガーゴイルを倒すことができるような魔法、すなわち最上級魔法を使うというのなら話は変わってくるだろう。他の魔法とは一線を画する最上級魔法ならば一瞬で敵を殲滅し、ガーゴイル大量発生の原因と思われる場所へ一気に近づくことができるかもしれない。それ程までに、最上級魔法は強力なのだ。

 しかし、恵菜が最上級魔法を使えるという事実は、ケインスだけでなく、この場にいる全員が知らないため、そんな提案が出てくるはずがない。


 それに例え最上級魔法で敵を殲滅し、ガーゴイルの発生源に辿り着くことができたとしても、発生を食い止める事ができなければ何の意味もない。ガーゴイルが現れた原因が分かっていない以上、絶対に対処できるという保証はないのだ。そうなった場合、ガーゴイルが湧き出る中心地から、再び魔力や体力を費やしてガーゴイルから逃げなければならない。


 また、恵菜は広範囲のグラビティを長時間維持し続けたせいで、最上級魔法に必要な魔力に匹敵する量を既に消費していた。一応、全く戦えなくなったというわけではなく、まだ普段通りの戦いができるくらいは残っている。それでも、恵菜が今の状態で最上級魔法を発動した場合、それ以降何もできなくなる可能性が高い。

 恵菜が魔法を撃った後に、冒険者達がガーゴイル出現の原因を突き止めて解決できれば良いが、万が一再びガーゴイルから逃げるということになった場合、先程の逃走よりも難しくなることは目に見えている。


「ランドベルサに着いたら、ギルドや国に今回の異変を伝えられる。そうすれば、すぐに冒険者や軍で討伐隊が組まれるはずだ。だから、今は一刻も早くランドベルサに到着する事が第一だ」


 それは現状取り得る選択の中で、最も安全且つ合理的な選択だった。

 現在恵菜達が今いる場所からランドベルサまでは、商隊の移動速度でも半日とかからない。夜中の移動は危険ではあるが、ずっと移動し続けることができれば今日中に着くこともできる距離だ。


 もし今日中にランドベルサに到着し、ギルドや国へガーゴイルの事を伝えることができ、急ぎ討伐の準備が行われたと仮定するならば、明日の間にはガーゴイル達が出現した地点へ討伐隊が到着するだろう。それまでに被害が出る可能性が絶対にないとは言い難いが、あったとしても最小限に抑えられる。


「だな。くっそ~、しょうがないとはいっても戦いから逃げる事になるとはなぁ。俺としたことが情けない……」


 膝を付きながら拳を地面に落とすガンザ。赤子の手を捻るように、ガーゴイルを次々と倒すことができていながら、最終的に逃げる結果となった事が悔しいのだろう。


「別に負けて逃げてきたわけじゃないんだから、そんなに落ち込むことはないだろ。むしろ逃げ切った時点で俺達の勝ちとも取れる」


「それでも悔しいぜ……ていうか、いつ以来だ? 俺らが戦うのを止めて逃げることになったのって」


「最近は戦って勝つことが当たり前だったからな……最後に撤退することになったのは、確か俺達が金ランクに昇格するための討伐依頼を受けた時じゃないか?」


「あ~、そん時か。あれはヤバかったな!」


 ケインスとガンザが何気なく話していたその内容に恵菜が反応する。冒険者ランクが上がって色が変わる場合は、その色に相応しい実力があることを示すために、一つ上のランクの依頼を受ける必要がある。恵菜はまだ受けた事がないが、今のランクから上がる時には銀ランクの依頼を受ける事になるため、ランクの色が違うとどれくらい難易度が変わるのか気になったのだ。


「ランクの色が変わる時の依頼は、やっぱり難しいんですか?」


「受ける冒険者の実力にもよると思うが、今まで自分がいたランク帯の依頼と比べると全然違うな。銅から銀に上がる時も、銀から金に上がる時も、両方きつかった記憶がある」


「といっても、俺達が金ランクに昇格する時は、依頼と別の事でヤバかったんだけどな」


 そう言って苦笑いを浮かべるガンザ。言っている事から察するに、昇格のために受けた依頼よりも、もっと危険な事態に巻き込まれたようだ。


「何があったんですか?」


「俺達がその時に受けた依頼がレッサードラゴンの討伐だったんだが、思ったよりそいつの鱗が硬くて、なかなか決定打を与えられなかったんだ。全員で連携して攻撃することで何とか倒すことはできたんだが、その戦闘音を聞きつけた他のレッサードラゴンが何頭も押し寄せてきてな……」


「その後はもう全員で全力疾走だったぜ。いや~、あいつらって何であれぐらいの戦闘音でこっちに寄ってくんのかね」


「……お前がレッサードラゴンを地面に叩きつけた時の地響きと、リアナの魔法の爆発音は相当だったと思うが……いや、別にお前のせいだと言いたいわけじゃないんだが」


 当時のガンザとリアナは、目の前のレッサードラゴンとの戦闘に集中し過ぎてしまい、自分のいる所がレッサードラゴンの生息地だという事をすっかりと忘れていた。その結果、大きな音が出るような攻撃をしてしまい、レッサードラゴンを呼び寄せてしまう結果となったのだ。


 ちなみに、レッサードラゴンは小さな個体でも体長が人の二~三倍ぐらいある。当然のことながら体重もそれなりであり、それが地面に叩きつけられれば周囲にちょっとした地震が起きる。むしろ、よくそんな巨体を投げる事ができたものだと褒めるべきなのかもしれない。


「それにしても、あの逃げてる時のリアナの顔、マジで傑作だったぜ……ぷっ、今思い出すだけでも笑いが――って、うおわっ熱っ!?」


 命辛々逃げてくる羽目になった記憶も、今となっては良い(?)思い出となっているのだろう。だが、ガンザが当時の状況を思い出しながら笑っていると、突然後ろの方から火の球が飛んできてガンザの頭の横を掠めた。


 何事かと恵菜にケインス、そしてガンザの三人が同時に後ろを振り返ると、そこには上半身を起こして手を真っ直ぐガンザの方へと付き出したリアナの姿があった。


「……チッ、外したわ」


「おい! 外したわ、じゃねえよ! しかも何舌打ちまでしてんだてめぇ!?」


「あんたが何か余計な事を口走ろうとしてたから、その口塞いでやろうと思っただけよ」


「二度としゃべれなくなるじゃねえか! てか、よくその位置から聞こえたなおい!」


 ガンザとリアナとの距離は少し離れており、しかもガンザはリアナとは反対の方向を向いてしゃべっていたのだ。物凄い地獄耳である。


「そもそも休憩してんのに魔法ぶっ放すとか、休憩の意味ねえだろ! 体力も魔力もねえ頭のおかしい魔術師は大人しく休憩しとけ!」


「あ! また頭がおかしいとかって言った! さてはあんたでしょ!? あたしの事そう言いふらしてるの!」


「はっ! 何の事か全然分からねえな!」


 そこからはいつも通り、ガンザとリアナの口喧嘩が始まる。この護衛依頼中に何度も見た光景であり、恵菜もそれに慣れつつあった。


「……止めなくていいんですか?」


「……俺が言っても聞かないしな」


 ケインスも既に二人を止める事は諦めていた。パーティの纏め役がそれで良いのかとツッコみたくもなるが、ケインス以上の適役がいるのだからしょうがない。


 その後、リアナが再びファイアーボールをガンザに向けて飛ばそうとしたところで、いつもの第三者介入があり、二人の喧嘩は終息する。


 そして、赤く染まった空に、最大限の謝意を示す二人の声が同時に響き渡ることになった。


やっぱり仲が良いのかもしれない。


これで2章は完結となります。

次回からは、恵菜がランドベルサに到着してからのお話です。


ここで一つお知らせです。

今まで頑張って投稿してまいりましたが、私の生活が非常に忙しくなったため、今の投稿ペース(三日以内に一話更新を目標にしていました)を維持することが困難になってきました。

ですので、私の勝手ながら、しばらくの間は後書きの次話投稿予定日記載を止めて、投稿を不定期とさせていただきます(忙しさがなくなり次第、投稿ペースを戻し、次話投稿予定日の記載も再開する予定です)。

更新を楽しみにしていただいている読者の方には申し訳ありませんが、どうかご理解ください。


長々と説明してまいりましたが、今後ともよろしくお願いいたします。

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