常識破りの魔法
「後退停止! 前衛はその場で戦闘を維持してください! 後衛は前衛をすり抜けてきたガーゴイルを速やかに殲滅! 徐々に前へ出て、ガーゴイルを前方の一方向に固めます!」
全てのガーゴイルを足止めするとなると、一個体ではなく全体に影響を与えられる範囲魔法が必要となる。ならば、相手が一か所に固まっていた方が大きい効果を得られるはず。クレリアの指示は、そう考えたが故の指示だった。
だが、今まで後退していた中で、真逆の方向へ進むという突然の指示。例えその指示が、今まで冷静に全体の状況を見て的確な判断を下していたクレリアのものであったとしても、事情を知らない冒険者達には困惑が広がる。
そこに一際大きい爆発音が鳴り、全員の意識がその原因の方へと引っ張られた。
「皆、何迷ってんのよ! さっきからクレリアの指示はあたし達の助けになってたでしょ! ほら、早いとこ前に出るわよ!」
周囲を鼓舞しながら、リアナが率先してガーゴイルを次々に屠って前へと突っ走っていく。後衛で一番頑張っていたはずのリアナが休まずに戦い続けるその姿に、周囲の冒険者達も意思がはっきりと固まり始める。
「そうだ! あれ程的確な指示を出してた女神様だぞ! 今回も何か意図があるに違いねぇ!」
「それに炎上っ娘があんなに頑張ってんだ! 俺達も頑張らねぇとな!」
「うおおおおお! やってやるぜ!」
「ちょっと! 今の炎上っ娘ってあたしの事じゃないでしょうね!? ていうか言ったの誰よ!?」
いつの間にかクレリアが女神扱いされているのに対し、自分が不本意な呼ばれ方をされているのが気に入らないリアナが振り向きながら抗議の声を上げる。それを無視して励まし合うように(?)声を掛け合い、何故か妙に戦闘の士気が高まった冒険者達は、次々にガーゴイルを仕留めていった。
そんな後衛の頑張りに背中を押されるように、前衛をしている冒険者達の士気も上がっていく。
「おぉ!? 何か後衛が頑張ってんぞ、ケインス! 俺達も負けてらんねえな! おらぁ!」
「ああ、俺達も頑張らないと、な!」
ガンザがガーゴイルの振るう腕を取りながら、勢いそのままにガーゴイルを地面に向けて投げつけ、ケインスが二体同時に迫ってきたガーゴイルの胴を両断する。やる気に満ち溢れた冒険者達は一気にガーゴイルを前方へと追いやり、一匹たりとも後ろへ通さない。
しかし、前衛も後衛も少なからず消耗している身である。ケインスとガンザにはまだ余裕がありそうだが、その他の冒険者がこの戦闘をずっと維持することはできないだろう。
傷ついた冒険者達をサポートしながら、クレリアが後方で魔法の準備をしている恵菜の方を振り返る。必死に戦う彼女達は、もう既に何分以上も経っているような感覚に囚われていることだろう。
だが、実際にはまだ一分も経っていない。恵菜は未だにイメージを練り上げており、それに集中しているせいでクレリアに返事をする余裕はなかった。
「皆さん、もう少し頑張ってください!」
クレリアが周囲の冒険者を励ましながら、ガーゴイルの攻撃で傷ついた冒険者を魔法で癒す。全体の支援をしている彼女は、一人で恵菜の分まで働いていたリアナと同じように、魔力と集中力の消耗が激しいはずなのだが、自分の体に鞭を打って全体の支援を怠らない。
その支援に応える様に、冒険者は誰一人として倒れることなく、ガーゴイルを撃退し続けた。
そして、ついにその努力が実る。
「クレリアさん! 準備できました!」
クレリアの後方から、待ち望んでいた恵菜の声が届いた。
「冒険者は今すぐ全力で後ろへ退避! エナさんは魔法の発動を!」
クレリアの指示を聞いた瞬間、即座に冒険者達がその場を離れる。一瞬での出来事に、ガーゴイル達は反応ができず、冒険者との間に少し距離が空く。
その距離は恐らく数メートル程度しかないだろう。詰めようと思えば簡単に詰められる距離である。だが、その僅か数メートルがガーゴイル達にとっては、とてつもなく遠い距離となる。
『グラビティ』
ガーゴイル達が距離を詰めに動き出すと同時に、恵菜の魔法が唱えられる。その瞬間、今まで戦っていたガーゴイル達に異変が起きた。
「ギギャ!?」
「グギャッギャ!?」
今まで何の問題もなく二足歩行で歩いていたガーゴイル達が倒れ伏し、飛んでいたガーゴイルに至っては突如地面へと落下していく。必死に翼をはためかせて上昇しようとしながらも地面に向かって急降下していく様は、あまりにも不自然な光景だ。
もがき苦しむガーゴイル達の後ろでは、その異変に巻き込まれずに済んだ別のガーゴイル達が、何が起きたのか分からないといった様子で首をあちこちに振っている。
「何だ? ガーゴイルどもがいきなり倒れだしたぞ?」
「すげぇ、こんな魔法があんのかよ!」
その一方で、目の前で起きた突然の異変に、驚きと歓喜の声を上げる冒険者達。だが、そのほとんどは、今目の前で発動している魔法の本当の凄さを理解していない。理解しているのは一部の実力者ぐらいだ。
「これは……」
「嘘……これが、グラビティだっていうの?」
恵菜と同じ魔術師であるが故に、自らの頭の中にある知識と、目の前の魔法との違いに逸早く気づいたクレリアとリアナの表情が、驚きと戸惑いが入り混じったものへと変わる。
闇属性上級魔法グラビティ。効果範囲内の重力を変化させて相手の行動を阻害する魔法である。
重力を強くすることも弱くすることもでき、発動してからすぐに効果が現れるというメリットを持つ。魔力が続く限り効果が継続するため、恵菜が今やっているようにずっと重力を強くして相手を動けなくする事も可能である。魔法が発動している空間は、パッと見では周囲の空間と何ら変わりなく、魔法の発動範囲が見分けにくい。そのため、あらかじめとある地点に発動しておくことで、罠として用いることもできる。
これだけを聞くと、とても便利な魔法だと思う事だろう。だが、当然グラビティにもデメリットがある。
それはグラビティの効果、つまりは効果範囲と重力変化の強さによって消費魔力が大きく変化するというものだ。効果範囲を広くしたり、重力の強弱の度合いを増加させたりする程、消費される魔力は大きくなる。さらに、魔法を持続させている間も、相当な量の魔力が消費されていってしまうため、効果が強くて広範囲のグラビティを長時間維持させることは困難である。
今、恵菜が発動させているグラビティは、重力が通常の三倍、効果範囲に至っては、奥行きが数メートルで、縦と横の幅が百メートル以上といった広範囲だ。ちなみに、縦幅と横幅が異様に長いのは、ガーゴイルが効果範囲を迂回したり飛び越えたりして襲ってくるのを防ぐためである。
これ程までに大規模な魔法となると、かなり多くの魔力が持っていかれる。発動するだけなら最上級魔法に必要な魔力量よりも少ないだろうが、長時間維持し続ければその魔力量に匹敵し得る。恐らく、世間的に一流と評される魔術師であっても発動できるかどうかすら怪しく、できたとしても数分ともたないだろう。
そんな魔法が目の前で展開されている。
金ランクの冒険者になるまでの間、様々な魔法を見聞きして、魔法に関する知識を深めてきたクレリアとリアナ。だが、目の前で発動している魔法は、彼女達が知っている魔法を軽く凌駕している。その常識離れした光景に、彼女達の頭は処理が追い付かなくなっていた。
「クレリア! このまま撤退するんじゃないのか!?」
「え? あ、そうですね!」
ケインスから呼びかけられ、瞬時に頭の再起動を果たしたクレリアは、足止めのグラビティが切れる前に、早くガーゴイルから逃げなければならない事を思い出す。効果は魔力が切れるまでだと恵菜は言っていたが、それが具体的にどれだけ続くのか分からない以上、即座にガーゴイルから離れてしまった方が良い。
「皆さん! 急いでこの場を離れましょう!」
クレリアは未だ隣で呆然としているリアナの肩を叩いて我に返らせ、早くこの場を離脱するよう冒険者達に呼びかける。
それを聞いた冒険者が次々とその場から走り出す。冒険者の中には、今この瞬間が好機と見て、ガーゴイルに追撃しようと考えている者もいたが、グラビティは範囲内にいるもの全てに対して効果が及ぶ。効果範囲へ足を踏み入れたその瞬間、ガーゴイルと同じように地に倒れることになるだろう。既にその事を察しているケインス達の説得もあり、冒険者達は追撃をすることなく、先行している馬車の方へ駆け足になりながら移動し始める。
自分達から逃げていく冒険者達の姿を見て、ガーゴイル達は悔しげに奇声を放ったり、飛び跳ねたりしている。中には倒れているガーゴイルを乗り越えるか、それを避けるかして、どうにか冒険者達に襲い掛かろうと試みる個体もいたが、それらを待ち受けていたのは先に巻き込まれたガーゴイル達と同じ結末だった。
「ほら、エナも行くわよ!」
リアナが恵菜の手を取り、冒険者達の後を追おうとする。それに軽く頷いた恵菜は、後ろを見ながら皆と同じ方へと走る。少し危ない移動方法だが、リアナが手を取ってくれているおかげで、恵菜が他の冒険者にぶつかる心配はほとんどない。
恵菜が何故そのような行動をしているのか。それは視線を魔法から切ってしまうと、魔法の制御に少なからず影響が出てしまうからである。失敗が許されないこの状況では、万全を期すに越したことはない。
恵菜の視界に映るガーゴイルの姿が徐々に小さくなっていく。その距離は充分離れたと思われるぐらいであったが、尚も恵菜は視線を切らずに後ろを見ながら走っていた。
そして、先行していた商隊に追いつく頃には、ガーゴイルは完全に見えなくなっていた。
常識に囚われないが故の可能性。
次話は三日後に更新予定です。




