賑やかドタバタ旅
集団行動は、外敵から身を護るための一つの手段である。
小さな魚や草食動物などの一匹一匹が弱い生き物は、群れて行動することが多い。それらは群れて行動することで、狙いを付けにくくさせたり、襲ってきても数の力で返り討ちにしたりと、生き残る可能性を上げている。さらに、自分たちの中でもさらにか弱い存在である子供を護るため、群れを形成する時は子供を群れの内側に集め、親はその周囲を取り囲むことがほとんどだ。
そんな野生動物の習性は人の旅路においても取り入れられており、トランナからランドベルサへ移動している商隊は集団行動のそれそのものだ。何の撃退手段も持たない馬車や商人を、武装した冒険者達が護衛することで、移動の安全を確保している。
そんな商隊を魔物が襲おうとした場合、余程強力な魔物でない限り、単体の力ではほぼ不可能である。大規模な集団で一斉に襲い掛かれば、何台かの馬車を襲撃することは可能かもしれない。だが、この辺りに生息する魔物は、群れを作って行動する習性を持っていないため、襲うとなれば一匹、または偶然襲うタイミングが一致して少数同時というのが限界だろう。その程度であれば、連携して動く事の出来る冒険者の敵ではない。
しかし、人が欲に勝てずに無謀な行動を取ってしまうのと同じように、何匹かの魔物は商隊に向かって無謀にも単体での襲撃を試みようとする。それが何の策もなく馬鹿正直に突っ込んでくるだけなら対処も簡単なのだが、魔物の中にも狡猾、もしくは臆病故に賢いものがいる。
今もそういった魔物の一匹が、商隊の後ろから徐々に近づいてきていた。襲撃する相手の数が多いと見るや、成功確率を上げるために不意打ち、すなわち最後尾からの奇襲を狙おうと考えたのだろう。
魔物のその判断は間違ってはいない。だが、それはあくまで商隊の周囲を護衛する人物がいなければ、だ。
それに、今この時だけは、魔物の選択は最も愚かな選択だった。今この商隊の最後尾を護っている人物達は、並大抵の事では出し抜くことなどできない実力者なのだから。
「んー、後ろから何か来てんな」
自分達の進行方向とは逆方向から、徐々に近づいてくる気配。それに気づいたガンザが周囲にいる仲間へと知らせる。もっとも、ガンザがそれを口にせずとも、全員その気配には気づいていた。
「近づいてくる前に焼いておくわ、『ファイアバレット』」
リアナがめんどくさそうに、後ろを見ることなくその気配に向けてファイアバレットを放つ。
襲撃が気づかれないように商隊の後ろからコッソリと忍び寄っていた魔物は、一体何が起きたのかを理解することなく、突然目の前に飛んできた火の弾丸を避ける事が出来ずに絶命した。
その様子を横目で見ていたケインスの足が止まる。
「……おい、着弾した所の草が燃え始めているんだが」
「えっ、ああ!?」
ケインスに言われて初めて振り向いたリアナは、少し離れた地点に目を向けて慌てた声を上げる。
ファイアバレットの威力が強過ぎたのか、着弾地点では火が消えることなく燃え続けていた。目視することなく目標に命中させるリアナの技量には流石の一言だったが、威力の調整失敗も合わせれば見事にプラスマイナスゼロだ。むしろ、このまま草原に大きく燃え広がった場合の被害によっては、評価の針はマイナス側に振り切れる。しかし、火の広がりを止めようにもリアナは水属性の魔法が使えない。
「しょ、消火します! 『アクアボール!』」
もういっその事火の手が上がっている付近を消し飛ばしてしまおうかと、リアナがさらに事態を悪化させかねない方法を考えていた時、草原火災の危機を潰すために恵菜がいくつかのアクアボールを展開する。そのまま火の手が上がる場所に向かって飛んだアクアボールは、燃え広がりつつあった火を消し去った。
「あ、ありがと、エナ。助かったわ」
あのまま火の手が燃え広がっていれば、自分だけでなく周りの護衛や商隊の方に被害が出ていなかったとも限らない。完全にクレリアからのお説教コースだったリアナは、それを回避させてくれた恵菜に素直に感謝する。
「どういたしま――」
「おいおい、護衛が商隊に被害出すとかシャレになんねぇだろ。マジで頼むぜ、リアナさんよ?」
恵菜の言葉を遮り、いいおもちゃを見つけたかのようにガンザがニヤニヤしながらリアナを挑発し始めた。当然、リアナがその挑発を受け流せるわけもなく――
「結局馬車の方に被害は出てなかったでしょ! まるでもう被害が出たみたいな言い方しないでくれる!?」
「そりゃ結果論だぜ。エナちゃんがいたからどうにかなっただけで、どう考えてもあのままだったらヤバかっただろ?」
「結果論でも何でも、被害が出なかったんだからいいでしょ! つい最近宿で物を壊した誰かさんとは違ってね!」
「んなっ! そんなこと言ったら俺もつい最近、頭のネジが外れたどっかの誰かさんがギルドの訓練場をぶっ壊したって噂を聞いたんだが!?」
「ちょっと、その噂してた奴って誰よ!? 今からトランナに戻って懲らしめて来るから教えなさい!」
ガンザとリアナの口喧嘩が始まってしまった。ケインスが止めに入ろうとしているが、完全に蚊帳の外扱いである。
そんな様子を見て唖然としていた恵菜に、困ったような表情をしたクレリアが近づいてくる。
「すみません、エナさん。こんなお恥ずかしい所をお見せして」
「と、止めなくていいんですか? リアナさんもガンザさんも、ケインスさんの言う事を全然聞いてなさそうですけど……」
「いつもの事ですから。言い合っているだけならまだ良い方ですよ。さすがに人に迷惑を掛けそうなら止めますけど」
普段から一緒のパーティにいるだけあって、クレリアは二人の口論に慣れている。これで二人が周りに迷惑を掛けるような行動に出始めると、クレリアも説得(ほぼ脅迫に近い)に加わることになる。
「ところで、エナさんに少し聞きたいことがあるのですが」
「え? あ、何ですか?」
クレリアが未だに口論を続ける二人を無視して何かを尋ねてきたことに戸惑う恵菜だったが、すぐに気を取り直してクレリアの方を見る。
「少しリアナさんの様子が気になったので、知っていることがあれば教えてほしいのです」
「リアナさんの、様子?」
恵菜はクレリアからそう言われ、様子がおかしくなったのかと今度はリアナの方を見る。
たしかに、第三者から見れば、子供の悪口レベルの言い争いを続けているリアナの様子はおかしいといえばおかしい。だが、クレリアはあれをいつもの事だと言っていたため、おかしいのはそこではないはずだ。
「リアナさんが随分とエナさんを気にかけているようなので、一体どうしたのかと思いまして」
「普段は違うんですか?」
「ええ。普段は他人を心配するようなことはしませんし、何かあると今みたいにすぐ口論を始めますし」
「…………」
クレリアからリアナの普段がどうなのかを聞いた恵菜は、数日前にギルドであった事を思い出す。恵菜がグランの部屋でフェンリルの説明をしようとした時は、恵菜の言う事が信じられずに大声であれこれと捲し立ててきたし、ギルドの入口でぶつかりそうになった時は謝る様子は皆無だった。たしかに、そういった時が普段のリアナだったとするならば、今日の恵菜に対する反応はおかしいと思えなくもない。
「性格があんな感じですからね。しょうがないと言えばしょうがないのですが、ケインスさんに対してエナさんを私達のパーティと同じ場所へ配置するように提案した時は自分の目を疑いましたよ。何がリアナさんを変えたのか、とても不思議でして……ですが、私が知っているのは、リアナさんとエナさんがギルドで勝負をしたということだけです。その前後で何があったのかは分かりませんし、もしかするとエナさんなら何か知っているのではないかと思ったので」
クレリアの説明を聞いて、恵菜は何が原因なのかを考えるが、これといった理由は思い浮かばない。あの勝負後は特に口論になることもなく終わり、仲良く(?)全員で訓練場を元通りにする作業をすることになったが、それがリアナに変化をもたらしたかといえば微妙なところだ。
「……特にこれといって思い当たる理由がないです」
「そうですか……」
「すみません、何も教える事ができなくて」
「いいのですよ。特に知らなければならないという事でもありませんからね」
クレリアは些細な事だからと気にしていないようだが、クレリアから今の事を聞いた恵菜は少しずつ気になり始めていた。何かあるとすぐに気になり始めるのは恵菜の性格の問題だろうか。
「今日という今日は、その頭焼き直してあげるわ!」
「おう上等だ! 簡単に焼けると思ったら大間違いだぜ!」
そんな時、一際大きな声が恵菜とクレリアの耳に届く。そちらを見てみれば、今まで口論を続けていたはずの二人の怒りが頂点まできたのか、リアナとガンザが言葉による解決から暴力的な解決へと舵を切りつつあった。
「あらら、やっぱりこうなってしまいましたか。ちょっと周りに被害が出てくる前に止めてきますね」
「は、はい、お願いします」
恵菜があの一触即発の緊張感に包まれた場所へ突撃し、力で抑えることはできなくもない。だが、それだと被害が大きくなり過ぎる。言葉で説得しようにも、恵菜の言葉を聞くか分からない今、リアナとガンザを穏便に治める事はできそうにない。現に、ずっと近くにいたケインスでさえ、この状況に発展するまでどうしようもなかったのだ。
ここは普段からこういった状況に慣れているクレリアに任せた方がいいだろうと判断した恵菜は、邪魔をしないように引き下がり、クレリアが二人の所へと向かうのを見送った。
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そして、クレリアが止めに入って少しすると――
「「すみませんでした!」」
リアナとガンザが土下座をしながら謝る光景が恵菜の目に飛び込んできた。
さっきまでの威勢の良さからは想像もできない二人の豹変ぶりを見た恵菜は、クレリアがさぞ素晴らしい説得術を持っているに違いないと思い、クレリアに対する尊敬の念を持つことになった。
喧嘩するほど仲が良い、はず?
次話は明日に更新予定です。




