トランナに来た経緯
今回はリアナ視点です。
あたし達がトランナに来ることになったのは、ひょんなことからだった。
あの日、あたしはクレリアと一緒に、ランドベルサで冒険者としての必需品の買い物をしていた。どんな依頼を受けたとしても最低限必要になる物を揃えておくのは、冒険者としての常識だ。
そんな時だった。あたし達が珍しい店が開いているのを見つけたのは。
あたし達には何軒か贔屓にしている店があり、その中の一つに近隣の街へ自ら赴いて珍しい品を仕入れてくる商人が営んでいる店がある。
その店は商人が一人で店を切り盛りしているから、商人が他の街へ行っている間は閉まっている。あたし達はいつも店が開いているか確認しているのだけど、大体は閉まっていることの方が多い。でも、あの日は商人が丁度ランドベルサへ帰ってきていたらしく店が開いていた。
その店に置いてある品の中には偶に思わぬ掘り出し物があるから、あたし達は店が開いている時は必ず店の中を見て廻る。その時も例に漏れず、あたし達は店に入って商品を物色していた。
結局、商品の中にこれといった掘り出し物は見つからなかった。だけど、トランナへ行っていたという商人からは掘り出し物より価値のある話を聞くことができた。
商人から聞いた話、それはトランナの近くにフェンリルが現れたというもの。
最初にそれを聞いたあたしとクレリアは、きっと誰かの見間違いか性質の悪い噂話だろうと思った。トランナなんて馬車を使えば簡単に行ける程近くにある街で、そんな場所にフェンリルが出たなんて考えられなかった。
だけど、商人の話を聞くにつれて、単なる噂話とは思えなくなってきた。たかが噂程度でギルドが街全体に規制を掛けるなんてあり得ないからだ。
もっと詳しい話を聞きたかったのだけど、商人は規制がかけられた当日にトランナを出発したため、その後どうなったかまでは知らないらしい。
商人から話を聞いた後、一旦ケインス達と合流してから事情を話して、手分けして情報収集をすることになった。商人の事を疑っているわけではなかったけど、簡単に信じられる内容でもなかったしね。
でも、再度全員と合流して情報を整理してみると、商人の話が真実だと認めざるを得なくなっていった。最近トランナから来たという人が、皆揃って同じ内容を口にしていたからだ。むしろ、これだけの情報があって、まだ嘘だと笑い飛ばせる人がいるなら見てみたい。
それに、この話が本当であった方があたし達にとっては都合が良い。
あたし達が今使っている装備は、冒険者ランクが銀になった時に造ってもらったもので、随分と消耗してきている。いつも点検はしているけれども、最近では整備に出す頻度も多くなってきていて、そろそろ装備を一新しなければならない時期だった。
そのことを一度皆で話し合った時、ガンザの提案で、いっそのこと装備をランク相当の良い物にしてしまおうということになった。どんな装備が良いかを各自で考えることになったのだけど、あたしとクレリアが候補として挙げたのがフェンリルの素材を使った装備だった。
フェンリルの素材を使った装備は魔力に対して適応力が高く、魔力を流し込むことで性能が向上する性質を持っている。戦士系の職業の人にも人気だけど、特に魔術師からすれば誰もが一度は憧れる一流の装備だ。当然、あたしもクレリアもその中の一人。
そういった理由で一応候補にしたのだけど、実際手に入るかと言われれば厳しいものがある。
まず、一流の素材はそれ相応の実力がないと扱えない。フェンリルの素材を使った装備というのは、ほとんどが一流の職人によって造られる。
当然のことながら、一流の職人によって造られる一流の装備というのは非情に高額だ。あたし達の予算全部を使ったとしても、たぶん一人分の装備を揃えるのが限界。あたし達がフェンリルの素材を手に入れることができれば安く造ってもらえるとは思うけれど、フェンリルの素材自体が結構な高値で取引されている。一度素材の値段を見たことがあったけど、あの値段なら素材を買って装備を造ってもらっても、費用を合計すれば大して安くはならない。
フェンリルを討伐して素材を手に入れようにも、フェンリルはフリフォニア王国よりもさらに北にある山に住む魔物であり、そこに行くだけで一苦労だ。さらに、普通の地面の上でならフェンリルと戦っても勝つ自信はあるけど、山には年中雪が降り積もっているから足場は非常に悪く、雪の上での戦闘に慣れていないと逆に危ない。
そういった理由があって、あたし達はフェンリルを一度候補から外していた。そこに、今回のフェンリル出現ときたのだから、黙っていられるはずがない。
そんなわけで、あたし達は早速ギルドに討伐依頼があるか確認にいった。もし既に討伐依頼が出ていたのなら、他の冒険者が依頼を受けた時に面倒なことになるからだ。
幸いなことに、ランドベルサの方ではフェンリルの討伐依頼は出ていなかった。トランナの方に出ている可能性はあるけれど、トランナにいる冒険者のランクは高くても銀ランクだったはずだから、そっちの方にフェンリルを討伐できる冒険者はいないことになる。
その場であたし達はギルドにフェンリルを討伐しに行く旨を伝えて、その日の中に急いでトランナへ向かうことにした。あまりに都合の良い展開に、この時のあたし達はフェンリルがいることを信じて疑わなかった。
そんなあたし達を待っていたのは、フェンリルがもういなくなったという情報だけだった。
トランナのギルドの職員の話では、数日前にフェンリルがいなくなったという情報がもたらされて、調査の結果、本当にいなくなっていたとのことらしい。つまり、フェンリルの討伐は既に不可能となっていたのだ。
だけど、あたしは簡単に引き下がることができなかった。
フェンリルがいなくなったと言われただけで、はいそうですか、と引き返してしまえば、態々ランドベルサからトランナに来た意味がない。それに、いなくなったという明確な証拠は一切なかった。それだけで信じろというのは無理がある。
だからあたしは、せめてフェンリルがいなくなったという情報を持って来た人物と話してみたかった。その人物なら何か事情を知っているかもしれなかったからだ。
職員とギルド長(最初見た時はギルド長とは思えなかった)は、その人物に関して何も教えてはくれようとはしなかったけれど、ケインスが冒険者だろうと鎌をかけてくれたおかげで、十中八九、その人物が冒険者だと分かった。
冒険者だと分かったのなら、後はギルドで待ち伏せていれば、いつかその人物に会えるはずだ。そう考えて、あたしはケインスと共にギルドで待ち伏せ作戦を実行することにした。
ギルドで張り込みをする際、あたしとケインスは時間帯を分けて交代で張り込むことにした。何故かケインスは嫌そうな顔をしていたけど、相談の結果、ケインスが夜から朝まで、あたしが朝から夜までという担当になった。
ちなみに、一度ケインスに張り込みを任せてあたしが宿に行った時、クレリアからギルドで何かあったのかと追及されることになった。戻ってくるのが夜になったことや、あたしが一人で戻ってきたことを疑問に思ったらしい。
あたしはクレリアに対して、フェンリルの問題が思った以上に複雑な状況になっていて正しい情報が得られるまでに時間がかかりそうだから、ケインスと交代で情報収集することになったと説明した。
真実を話したというわけではないけど、少なくとも嘘を言ってはいない。
だって、本当の事を言えばクレリアが間違いなくキレる。今まで何度も怒られてきたから分かるけど、またあの拷問染みた説教をされるのは御免だ。
クレリアはあたしの説明を聞いても訝しんでいたけど、ケインスが付いているのだから心配ないだろうと納得してくれた。不本意だけど、あたしとケインスでは信用に大きな差があるらしい。
そんなわけで何とかクレリアの説教地獄を回避したあたしは、今もこうして一人、ギルドで張り込みを続けている。
全部が上手くいくとは限らない。
次話は明日更新予定です。




