ヒルデの頼み事
今回は恵菜視点です。
薬屋から宿へ戻ると、宿の管理人のナセルさんが呼び止めてきた。
「ああ、エナちゃん。お客さんが来てるよ」
「お客さん、ですか?」
お客さんと言われ、先程まで話していた薬師の人が一瞬頭に浮かんだけど、ポーションの値下がりは四、五日後って言ってたから違うよね。
「さっき来たばかりだから、まだ食堂にいると思うよ」
「分かりました。行ってみます」
誰かは分からないけど、そのお客さんに会うために食堂へ向かう。私が朝食を食べたのは朝の早い時間帯で、その時はまだ食堂は空いてる方だったけど、今の時間はたくさんの人で賑わっていた。
「お? どうしたエナちゃんよ? さっき食った分じゃ足りなかったか?」
私のお客さんという人がどこにいるのか探す前に、片手で料理を運んでいたタールさんが話しかけてきた。ちなみに、食事はさっき食べた分で十分お腹いっぱいだ。体重が気になるから少し控えめに食べてるというわけじゃない。
……嘘じゃないよ?
「いえ、私に用事のある人が食堂にいるってナセルさんが言ってたので、タールさんはどこにいるか分かりますか?」
「ああ、それなら恐らくあそこにいる人だ。ギルドから来たって言ってたしな」
そう言ってタールさんが指で遠くを示す。その先にいたのは――
「ヒルデさん?」
間違いなくヒルデさんだった。いつもと変わらない服装で朝食を食べている。
「エナさん、おはようございます」
私に気付いたヒルデさんは、食べる手を止めて挨拶をしてきた。
「おはようございます。それにしても……」
「? どうかいたしましたか?」
「いえ、ヒルデさんがギルドの外にいるのは新鮮な感じがして……」
何気に、ギルド以外でヒルデさんを見たのは初めてだった。むしろ、今日ここでヒルデさんの姿を見つけるまでは、ギルドに常駐しているんじゃないかって思ってたぐらいだ。
「そうでしょうか?」
「だって、私がギルドに行くと、毎回ヒルデさんがいますし」
「エナさんがギルドに来る時間帯と、私の勤務時間が被っているためですよ。流石に、一日中ギルドにいるわけではありません」
ヒルデさんは毎日ギルドで働き続けている鉄人かと思ってたけど、どうやらちゃんと家に帰っているらしい。
「あれ? 一回だけ真夜中に依頼の報告にギルドへ行ったことがありましたけど、その時もヒルデさんは居たような気が……」
「……あの時は他の職員が来られなくなり、私がその代わりに勤務していただけです」
私の疑問に対して、ヒルデさんが尤もらしい理由を説明する。何だろう、今の変な間は。
「本当ですか?」
「本当ですよ」
念のため確認してみても、ヒルデさんは少しだけ笑みを浮かべながら肯定してきた。ちょっと怪しいけど、ヒルデさんがそう言うんなら信じるしかないのかな。
「そういえば、私に用事があるって聞いたんですけど」
「はい。少しエナさんにお伝えしておきたいことがありまして」
「何ですか?」
「ここでお話ししても良いのですが、できれば人目に付かない所の方が望ましいので、移動してからにしましょうか」
人目に付かない所と聞いて冷や汗が流れる。このパターンは私が何か変な事をして注意を受ける時と同じだ。最近は大人しくしてたはずなんだけど、何かヒルデさんに怒られるような事をやっちゃったかな……?
「そんなに重要な話なんですか?」
「少なくとも、エナさんにとっては重要な話です。それでは、行きましょうか」
そう言ってヒルデさんが席を立つ。いつの間にかテーブルの上にあった料理は綺麗に食べられてあった。
そのままヒルデさんの後に付いていくようにして食堂を出る。ヒルデさんは人目が付かない所へ行くと言っていたから、私はてっきりこのままギルドへ行くのだと思っていた。
だけど、宿を出たヒルデさんはギルドと反対方向へと歩き始める。
「あれ? ギルドに行くんじゃないんですね」
「そうしたいのはやまやまなのですが、ギルドへ行く前にお伝えしたいことなので、今回は私の家に行きましょう」
「ヒルデさんの家、ですか?」
「私一人しか住んでいないので、誰にも会話を聞かれることはありません」
ヒルデさん一人暮らしだったんだ。美人だから結婚相手がいてもおかしくないと思ったんだけど。それとも、他の街に働きに行ってるのかな?
しばらくヒルデさんの事について考えながら歩いていると、一軒の家の前でヒルデさんが立ち止まる。
「着きました。ここが私の家です」
ヒルデさんの家は、街の雰囲気に合った洋風の小さな家で、童話に出てきそうな外見だった。
「どうぞ、お入りください」
「お邪魔します」
ヒルデさんが扉を開けて中へと入り、私もその後に続く。そのままヒルデさんに付いていくと、ダイニングルームみたいな部屋へと案内された。
部屋の中には、テーブルや棚といった必要最低限の調度品以外にも花や絵が飾られてある。私の宿の部屋みたいな殺風景とは大違いだ。
「そちらへ座ってお待ちください」
ヒルデさんに促され、私は椅子に座る。少しすると、ヒルデさんが二人分の紅茶を持って来た。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
目の前に置かれた紅茶を一口飲むと、ほんのりとした甘味が口の中に広がり、爽やかな香りが鼻腔をくすぐっていった。
「美味しいです」
「そうですか、お口に合ったようで何よりです」
ヒルデさんに微かな笑みが浮かぶ。あまり紅茶を飲んだことはないけど、これは私の好きな味と香りがする紅茶だった。
「それで、話っていうのは何ですか?」
「……少し長くなるかもしれませんが、まずは昨日エナさんがギルドを出て行った後の出来事から説明していきます」
ヒルデさんの顔が真面目な顔へと戻る。今から真剣な話が始まるのかと思うと、自然と背筋が伸びる。
「エナさんがギルドを出た後、入れ替わるように二人組の冒険者がギルドへ来まして――」
入れ替わるように? もしかして……
「あの、その二人組の冒険者って男の人と女の人でした?」
「そうですが、知っているのですか?」
「いえ、ギルドを出た時にちょっとぶつかりそうになっただけで、その時に初めて会いました」
「そうでしたか」
「すみません、話を途中で切ってしまって」
「構いません。それに、一度会っているのなら説明し易いですので」
気になりすぎて、思わずヒルデさんが説明している途中で割り込んでしまった。ヒルデさんは気にしていないようだけど、質問のタイミングには気を付けなくちゃいけない。
「それで、彼らは普段ランドベルサを拠点に活動している冒険者でして、どうやらフェンリルが出たという噂を聞きつけ、討伐のためにトランナまでやってきたらしいのです」
「フェンリル……」
その単語を聞き、人との争いを避けようと、遠い北の山からここまでやってきたフルンというフェンリルの事を思い出す。ここまで移動してきても、冒険者は討伐しに来るらしい。山に帰しておいて本当に良かった。
「エナさんは当事者ですから、知っての通りフェンリルはもういなくなり、討伐は不可能になりました。しかし、その事を説明しても彼らは納得せず、フェンリルがいなくなったという情報を持って来た人物について教えてほしいと言ってきたのです」
「説明の時に、私の事は言わなかったんですか?」
「エナさんは目立つのが嫌いでしょうから、先日ギルドが街に公開した情報と同じ内容で説明いたしました。ですので、彼らはフェンリルがいなくなった理由を知りません」
なるほど。それなら情報提供者に直接話をしたくなるのも無理はないかな。
「そして、当然の事ながら、ギルドは個人情報を無闇に開示することは致しませんので、彼らにエナさんの事を教えてはいません。ですが……彼らは情報提供者が冒険者だろうと当たりを付けたのです」
ヒルデさんにそこまで言われ、私なんとなく今起きている事が予測できたけど、とりあえず最後まで話を聞くことにした。
「その結果、彼らは帰らずに、そのままギルドでその冒険者が来るのを待ち続けていまして……」
「え、昨日からずっとですか?」
「はい。少なくとも、どちらか一人はずっとギルドに残っています」
ヒルデさんが困ったような顔で肯定する。あの人達が私を探しているのかと思ったけど、まさかそこまでするなんて思わなかった。驚きを通り越して呆れてしまうぐらいの根性だ。
「ギルドにいるだけなら良かったのですが……彼らはギルドへ来る全ての冒険者に対して、フェンリルの事を執拗に聞いてまわっているのです」
「あー……それで冒険者の人達から苦情が来ているということですか……」
「……その通りです」
私の推測にヒルデさんが頷く。うん、知らない事をしつこく聞かれたら、誰だって良い思いはしないよね……
「それで、エナさんにお願いがあるのですが……」
「私がフェンリルを追い払ったという事を説明させてほしい、ということですね」
「ええ。真実を話しても、解決できるかは分かりませんが……」
ヒルデさんが少し不安げな表情でそう言う。私がフェンリルを追い払った原因だと、その二人は信じてくれないかもしれないからだ。
でも、本当の事を言わないままだと何も解決しないし、その分、他の冒険者の人に迷惑がかかる。それに、ギルドへ行けば私もフェンリルについて聞かれるだろうし、遅かれ早かれフェンリルの事はバレてしまうことになる。
それならいっそのこと、早く話してしまった方がいい。
「分かりました」
「……私から頼んだことですが、本当によろしいのですか? 真実を話せば、エナさんが注目される可能性は高いですよ?」
ヒルデさんの言う通り、本当の事を話せば、私のやった事が周囲に広まってしまうかもしれない。
「大丈夫です。これ以上、他の人達に迷惑をかけられません」
たしかに、目立つのは好きじゃない。変にトラブルへと巻き込まれかねないし、旅をする上でも新鮮な出会いや発見をしたいからね。
だけど、私の我儘でヒルデさんや冒険者の人に迷惑をかけてしまうのはもっと嫌だ。
「そうですか。では、彼らには私とギルド長の方から説明を――」
「いえ、私がその人達に話したいと思います」
「え、エナさんがですか?」
「あの出来事については、私が一番詳しく知っています。それに、直接会って話さないと失礼な気がしますから」
ヒルデさんには日頃からお世話をしてもらってる。まかせっきりじゃなくて、偶には私も頑張らないといけない。
「それなら、私とギルド長も同席させていただけないでしょうか?」
「構いませんけど、どうしてですか?」
「その、エナさん一人ですと、また何か揉め事を起こしそうなので……」
ヒルデさんが言いづらそうにそう説明する。どうやら私はヒルデさんにあまり信用されていないらしい。別に、私は進んで揉め事や面倒事を起こそうとしてるわけじゃないんだけどなぁ……
今回だって、ギルドであの人達とぶつかりそうになった時、私は面倒事に巻き込まれる前に離れたはずだった。でも、結局面倒事には巻き込まれてしまう運命だったらしい。
……あれ、もしかして私ってかなり運が悪い?
「も、申し訳ありません」
私が落ち込んでいるのは自分のせいだと思ったのか、ヒルデさんが謝ってくる。
「いや、謝らなくてもいいですよ。悪いのは私なんですから」
ヒルデさんは悪くない。むしろ私がいつも迷惑を掛けているのが悪いんだ。
「しかし――」
「そんなことより、問題の二人と話をするために、早くギルドに行きましょう」
「……そうですね」
何か言いたそうなヒルデさんだったが、私が立ち上がるのを見て、特に何も言うことなく同じように立ち上がる。
これ以上の面倒事が起きないことを願いながら、私はヒルデさんと一緒にギルドへ向かってヒルデさんの家を出た。
この世界に体重計なんてない(たぶん)から大丈夫。
……そういう問題じゃない?
次話は三日後に更新予定です。




